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第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心
守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ弐拾
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(つるが生きていることが知られている……)
話を聞きながら、喜兵寿は震えが止まらなかった。室温は高いはずなのに手足はどんどん冷たくなっていく。
いつどこで見られたのだろうか。そしていつから狙われているのだろうか
胸が波打ち、息が苦しくなる。強い恐怖と怒り。それらが身体中にどんどんたまっていき、今にも叫び出してしまいそうだった。
「本当に申し訳なかった」
話し終えた小西は、麹室の床に頭をつける。
「自分が迎えに行く、と言わなければこのような事態は起こらなかったはずだ。軽率だった」
一体だれが「道修町薬種屋仲間」の頭(かしら)の土下座を見たことがあろうか。部屋の空気が一気に張り詰める。
「ちょ……!小西様やめてください!」
喜兵寿は慌てて小西に駆け寄る。しかし小西は頑として頭をあげなかった。
「つるを危険な目にあわせたのは自分だ。申し訳ない」
緊張が張り詰める中、直は「まぁまぁ」と笑いながら二人の間に割って入った。
「あー、まあさ、誰だって失敗はあるよ。人間だもの」
そう言いながら、小西の肩をぽんぽんっと叩く。
「ま、よかったじゃん。結局無事なわけだしさ。ってかねねと甚五平まじでナイスな!」
「よかったじゃん、じゃないだろ!」
ドスの効いた喜兵寿の声が響く。
「元はと言えば、お前だ!お前がつるをここに呼ぼうと言ったんだろ!」
「……っ、まあそうだけどさ。だってつるがかわいそうだろ!一人だけ仲間外れみたいになってさ」
「俺は元々反対だったんだ!つるは死んだことになっているんだぞ。夜中だからと言って、やはり許すべきじゃなかった」
「そんなこと言って、ずっとつるをあそこに閉じ込めておくわけにはいかないだろ!?」
ひそひそ声で、でも今にも掴みかかりそうな勢いで2人は言い合う。
「いや、あの家から出るべきではなかったんだ!」
「でも出なかったらビールを造れないだろ!」
「びーる造りは命をかけるようなもんじゃないだろ!
喜兵寿の声に、「もうやめて!」とつるが叫んだ。
「……わたし……嬉しかった」
深く息をした後、つるは話し出す。
「わたしびーるを造るって決めてから、はじめて生きてるって思えたの。今までの自分がどんなに我慢をしていたのかを知ることができたの」
年頃になったら決められた人と結婚をして、家に入る。酒造りなんて夢のまた夢で、自分の気持ちには蓋をして生きていく。それが当たり前だと思っていた。
家を出る。お兄ちゃんを手伝って酒の仕事に関わる。それで満足したつもりでいた。でも本当はずっとずっと酒が造りたかったのだ。
直が「一緒にビールを造ろう」と言ってくれた日。あの日、あの瞬間につるは蓋をして見ないふりをしていた自分の本当の気持ちに気づいた。
「わたしもびーるを造りたい。お兄ちゃんごめんね。でもわたし、この命をかけてでもびーるを造りたい」
つるはまっすぐに喜兵寿を見つめ続ける。
「だから……小西様が迎えに来てくれた時、すごく嬉しかったの。みんなに迷惑がかかると思って言えなかったけど、本当はわたしも麹づくりをしたかった。どうやったらびーるを醸造できるか一緒に考えたかった」
「だから」つるは小西に向き直って深々と頭を下げる。
「迎えに来てくださって、ありがとうございます」
話を聞きながら、喜兵寿は震えが止まらなかった。室温は高いはずなのに手足はどんどん冷たくなっていく。
いつどこで見られたのだろうか。そしていつから狙われているのだろうか
胸が波打ち、息が苦しくなる。強い恐怖と怒り。それらが身体中にどんどんたまっていき、今にも叫び出してしまいそうだった。
「本当に申し訳なかった」
話し終えた小西は、麹室の床に頭をつける。
「自分が迎えに行く、と言わなければこのような事態は起こらなかったはずだ。軽率だった」
一体だれが「道修町薬種屋仲間」の頭(かしら)の土下座を見たことがあろうか。部屋の空気が一気に張り詰める。
「ちょ……!小西様やめてください!」
喜兵寿は慌てて小西に駆け寄る。しかし小西は頑として頭をあげなかった。
「つるを危険な目にあわせたのは自分だ。申し訳ない」
緊張が張り詰める中、直は「まぁまぁ」と笑いながら二人の間に割って入った。
「あー、まあさ、誰だって失敗はあるよ。人間だもの」
そう言いながら、小西の肩をぽんぽんっと叩く。
「ま、よかったじゃん。結局無事なわけだしさ。ってかねねと甚五平まじでナイスな!」
「よかったじゃん、じゃないだろ!」
ドスの効いた喜兵寿の声が響く。
「元はと言えば、お前だ!お前がつるをここに呼ぼうと言ったんだろ!」
「……っ、まあそうだけどさ。だってつるがかわいそうだろ!一人だけ仲間外れみたいになってさ」
「俺は元々反対だったんだ!つるは死んだことになっているんだぞ。夜中だからと言って、やはり許すべきじゃなかった」
「そんなこと言って、ずっとつるをあそこに閉じ込めておくわけにはいかないだろ!?」
ひそひそ声で、でも今にも掴みかかりそうな勢いで2人は言い合う。
「いや、あの家から出るべきではなかったんだ!」
「でも出なかったらビールを造れないだろ!」
「びーる造りは命をかけるようなもんじゃないだろ!
喜兵寿の声に、「もうやめて!」とつるが叫んだ。
「……わたし……嬉しかった」
深く息をした後、つるは話し出す。
「わたしびーるを造るって決めてから、はじめて生きてるって思えたの。今までの自分がどんなに我慢をしていたのかを知ることができたの」
年頃になったら決められた人と結婚をして、家に入る。酒造りなんて夢のまた夢で、自分の気持ちには蓋をして生きていく。それが当たり前だと思っていた。
家を出る。お兄ちゃんを手伝って酒の仕事に関わる。それで満足したつもりでいた。でも本当はずっとずっと酒が造りたかったのだ。
直が「一緒にビールを造ろう」と言ってくれた日。あの日、あの瞬間につるは蓋をして見ないふりをしていた自分の本当の気持ちに気づいた。
「わたしもびーるを造りたい。お兄ちゃんごめんね。でもわたし、この命をかけてでもびーるを造りたい」
つるはまっすぐに喜兵寿を見つめ続ける。
「だから……小西様が迎えに来てくれた時、すごく嬉しかったの。みんなに迷惑がかかると思って言えなかったけど、本当はわたしも麹づくりをしたかった。どうやったらびーるを醸造できるか一緒に考えたかった」
「だから」つるは小西に向き直って深々と頭を下げる。
「迎えに来てくださって、ありがとうございます」
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