タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~

ルッぱらかなえ

文字の大きさ
133 / 170
第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心

守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ弐拾

しおりを挟む
(つるが生きていることが知られている……)

話を聞きながら、喜兵寿は震えが止まらなかった。室温は高いはずなのに手足はどんどん冷たくなっていく。

いつどこで見られたのだろうか。そしていつから狙われているのだろうか

胸が波打ち、息が苦しくなる。強い恐怖と怒り。それらが身体中にどんどんたまっていき、今にも叫び出してしまいそうだった。

「本当に申し訳なかった」

話し終えた小西は、麹室の床に頭をつける。

「自分が迎えに行く、と言わなければこのような事態は起こらなかったはずだ。軽率だった」

一体だれが「道修町薬種屋仲間」の頭(かしら)の土下座を見たことがあろうか。部屋の空気が一気に張り詰める。

「ちょ……!小西様やめてください!」

喜兵寿は慌てて小西に駆け寄る。しかし小西は頑として頭をあげなかった。

「つるを危険な目にあわせたのは自分だ。申し訳ない」

緊張が張り詰める中、直は「まぁまぁ」と笑いながら二人の間に割って入った。

「あー、まあさ、誰だって失敗はあるよ。人間だもの」

そう言いながら、小西の肩をぽんぽんっと叩く。

「ま、よかったじゃん。結局無事なわけだしさ。ってかねねと甚五平まじでナイスな!」

「よかったじゃん、じゃないだろ!」

ドスの効いた喜兵寿の声が響く。

「元はと言えば、お前だ!お前がつるをここに呼ぼうと言ったんだろ!」

「……っ、まあそうだけどさ。だってつるがかわいそうだろ!一人だけ仲間外れみたいになってさ」

「俺は元々反対だったんだ!つるは死んだことになっているんだぞ。夜中だからと言って、やはり許すべきじゃなかった」

「そんなこと言って、ずっとつるをあそこに閉じ込めておくわけにはいかないだろ!?」

ひそひそ声で、でも今にも掴みかかりそうな勢いで2人は言い合う。

「いや、あの家から出るべきではなかったんだ!」

「でも出なかったらビールを造れないだろ!」

「びーる造りは命をかけるようなもんじゃないだろ!

喜兵寿の声に、「もうやめて!」とつるが叫んだ。

「……わたし……嬉しかった」

深く息をした後、つるは話し出す。

「わたしびーるを造るって決めてから、はじめて生きてるって思えたの。今までの自分がどんなに我慢をしていたのかを知ることができたの」

年頃になったら決められた人と結婚をして、家に入る。酒造りなんて夢のまた夢で、自分の気持ちには蓋をして生きていく。それが当たり前だと思っていた。

家を出る。お兄ちゃんを手伝って酒の仕事に関わる。それで満足したつもりでいた。でも本当はずっとずっと酒が造りたかったのだ。

直が「一緒にビールを造ろう」と言ってくれた日。あの日、あの瞬間につるは蓋をして見ないふりをしていた自分の本当の気持ちに気づいた。

「わたしもびーるを造りたい。お兄ちゃんごめんね。でもわたし、この命をかけてでもびーるを造りたい」

つるはまっすぐに喜兵寿を見つめ続ける。

「だから……小西様が迎えに来てくれた時、すごく嬉しかったの。みんなに迷惑がかかると思って言えなかったけど、本当はわたしも麹づくりをしたかった。どうやったらびーるを醸造できるか一緒に考えたかった」

「だから」つるは小西に向き直って深々と頭を下げる。

「迎えに来てくださって、ありがとうございます」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...