タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~

ルッぱらかなえ

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第九章|蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み

蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ二

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三口竈(さんくちくど)の大口に五徳を置き、鍋を乗せる。鉄製の大釜は見た目よりもずっしりと重く、その厚みには安心感があった。

「それでは!よろしく頼みます!」

直は竈に柏手を打つと、深く一礼をした。これは直にとっての「儀式」のようなものだ。うまい酒を造れますように。そんな想いを込めて、材料や機材に祈りを捧げる。

それに従うように、喜兵寿、小西、つるも頭を下げた。

酒蔵の竈は、柳やで見たものよりもかなり大きい。酒造りに必要な火力を出す必要があるので当たり前の大きさなのだろうが、いざ前に立つとそこから発せられる熱に慄いた。

「なんだこれ、めっちゃ熱いな!つるはここで火の番をしてたのか……やべえな」

立ち上る熱気と肌がちりちりとあぶられるような感覚は、まるでサウナのようだ。

「そう?店でも煮炊きの火の番はやってるし。まぁ竈仕事で大変なのは、熱さよりも火加減の調整よね。どの薪をどれだけくべるか、とかで火の勢いって変わってくるから」

直の言葉に、つるは「ふふんっ」と自慢げに笑う。

「良い酒はよい火から、っていうでしょ。今回も火はわたしに任せてちょうだい」

ナラやクヌギをしっかりと乾燥させた薪が、酒造りには一番いい。火持ちが良く、火力が安定するから。そんな話をしながら、つるは竈の火を安定させていく。

「それで、どうやってびいるを造るんだ?」

肩を叩かれ振り返ると、待ちきれないといった表情の喜兵寿、そしてその後で精神統一をしている小西の姿があった。

直は「よっしゃ」と気合を入れると、奥歯をぐっと噛みしめた。

「まずは大釜に甘酒を。1時間、いや『一刻と半分くらい』か。とにかく沸騰させる。その間にホップを何回かにわけていれる。ここまでが第一段階だ」

甘酒をいれた大釜がぐつぐつと音を立て始めると、米特有の甘い香りが蔵に広がった。温度は一定に。火力を保つために、つると喜兵寿が火を見ながら交互に薪をくべ続ける。

直は大きく息を吸うと、静かに目を閉じた。

沸騰する液体の音、そして湯気に交じる濃厚な香りに意識を集中する。普段とは全く違う原材料、そして環境でのビール造り。イレギュラーだらけといえども、少しでも「違和感」に気づきたかった。

ビールは生き物だ。いや、生き物を使って醸す酒だ。目には見えない小さな世界で、彼らが起こす奇跡。それらをイメージしながら手助けすることが、造り手の役割なのだと直は思っていた。
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