タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~

ルッぱらかなえ

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第九章|蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み

蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ参

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「よし、最初のホップを入れよう」

沸騰が始まって間もなく、1度目のホップを甘酒へと投入する。長い船旅、嵐……どうにかこうにか手に入れたホップ。砕いたそれは、さらさらと大釜の中へと落ちていく。

「なんだか懐かしいな」

小西は目を細めながら言った。すべてのきっかけとなった啤酒花。ひと月も経っていないというのに、道修町薬種屋仲間の屋敷での出来事は、なんだかもう遠い昔のことのようだ。

「いやあ、まじでにっしーのおかげ!この大事な大事なホップは、3回にわけて入れます」

直は袋に入ったホップの三分の一を入れると、にっこりとほほ笑んだ。

ビール造りに欠かせないホップは、大きく2つの役割がある。それはビールに苦みと香りを与えること。煮沸段階で投入すればビールに苦みを与え、火を止めた後のホップは香りを与える。

ホップは300種類以上が存在し、本当は苦みを出すのが得意なホップ、香りを出すのが得意なホップなどを使いわけするのだが、そんな贅沢は言っていられない。この時代でホップを見つけることができたことが奇跡なのだ。

このホップからはどんな香り、苦みが出てくるのか……未知すぎて、想像もできない。でもだからこそ燃えるというものだ。

ホップの苦みと香りについて説明しながら、直はぶるっと武者震いをした。

最初のホップを投入してから四半時(約30分)。2回目のホップを投入する。ここで入れるホップは苦みと香りの中間になる。

「じゃあ次はにっしー、お願いします」

小西はうやうやしく袋を受け取ると、沸騰し続ける大釜の中へホップを投下した。しばらくすると、湯気と共に干し草のような香りが広がる。

「実際に口に入れた時とは、また異なる香りがするのだな。おもしろい」

喜兵寿も興味深そうに、くんくんと湯気に顔を近づけている。

通常直が使用しているホップとは、やはり異なる香りがした。シムコ―、シトラ、カスケード……普段はアメリカの香りが強いホップをメインに使用しているだから、そりゃああたりまえだ。

清から来たというこのホップは、少し薬草のような香りがする。

「ここからまた30分。火を止めたら最後のホップ投入だ」

煮沸は全部で1時間。時計はないが、外から聞こえてくる鐘の音で時間の経過はわかる。30分は……まあ感覚だ。

大釜の中でぐらぐらと沸く液体をみながら、直は次の工程をイメージしていた。蔵付き酵母を下ろすためには、どの場所が一番いいなどあるのだろうか。だいぶ朝晩は気温が下がるようになってきたから、冷却は一晩でいけるだろうか……

そんなことを考えていると、後ろから「おい」と肩を掴まれた。

「なあ、この酒は焦がしたりするのか?」

振り返ると、喜兵寿が真剣な顔でこちらを見ている。

「は?なんのことだ?」

「おそらくだが……火が強すぎる。釜の底でちりちりという音が聞こえる」
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