148 / 170
第九章|蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み
蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ参
しおりを挟む
「よし、最初のホップを入れよう」
沸騰が始まって間もなく、1度目のホップを甘酒へと投入する。長い船旅、嵐……どうにかこうにか手に入れたホップ。砕いたそれは、さらさらと大釜の中へと落ちていく。
「なんだか懐かしいな」
小西は目を細めながら言った。すべてのきっかけとなった啤酒花。ひと月も経っていないというのに、道修町薬種屋仲間の屋敷での出来事は、なんだかもう遠い昔のことのようだ。
「いやあ、まじでにっしーのおかげ!この大事な大事なホップは、3回にわけて入れます」
直は袋に入ったホップの三分の一を入れると、にっこりとほほ笑んだ。
ビール造りに欠かせないホップは、大きく2つの役割がある。それはビールに苦みと香りを与えること。煮沸段階で投入すればビールに苦みを与え、火を止めた後のホップは香りを与える。
ホップは300種類以上が存在し、本当は苦みを出すのが得意なホップ、香りを出すのが得意なホップなどを使いわけするのだが、そんな贅沢は言っていられない。この時代でホップを見つけることができたことが奇跡なのだ。
このホップからはどんな香り、苦みが出てくるのか……未知すぎて、想像もできない。でもだからこそ燃えるというものだ。
ホップの苦みと香りについて説明しながら、直はぶるっと武者震いをした。
最初のホップを投入してから四半時(約30分)。2回目のホップを投入する。ここで入れるホップは苦みと香りの中間になる。
「じゃあ次はにっしー、お願いします」
小西はうやうやしく袋を受け取ると、沸騰し続ける大釜の中へホップを投下した。しばらくすると、湯気と共に干し草のような香りが広がる。
「実際に口に入れた時とは、また異なる香りがするのだな。おもしろい」
喜兵寿も興味深そうに、くんくんと湯気に顔を近づけている。
通常直が使用しているホップとは、やはり異なる香りがした。シムコ―、シトラ、カスケード……普段はアメリカの香りが強いホップをメインに使用しているだから、そりゃああたりまえだ。
清から来たというこのホップは、少し薬草のような香りがする。
「ここからまた30分。火を止めたら最後のホップ投入だ」
煮沸は全部で1時間。時計はないが、外から聞こえてくる鐘の音で時間の経過はわかる。30分は……まあ感覚だ。
大釜の中でぐらぐらと沸く液体をみながら、直は次の工程をイメージしていた。蔵付き酵母を下ろすためには、どの場所が一番いいなどあるのだろうか。だいぶ朝晩は気温が下がるようになってきたから、冷却は一晩でいけるだろうか……
そんなことを考えていると、後ろから「おい」と肩を掴まれた。
「なあ、この酒は焦がしたりするのか?」
振り返ると、喜兵寿が真剣な顔でこちらを見ている。
「は?なんのことだ?」
「おそらくだが……火が強すぎる。釜の底でちりちりという音が聞こえる」
沸騰が始まって間もなく、1度目のホップを甘酒へと投入する。長い船旅、嵐……どうにかこうにか手に入れたホップ。砕いたそれは、さらさらと大釜の中へと落ちていく。
「なんだか懐かしいな」
小西は目を細めながら言った。すべてのきっかけとなった啤酒花。ひと月も経っていないというのに、道修町薬種屋仲間の屋敷での出来事は、なんだかもう遠い昔のことのようだ。
「いやあ、まじでにっしーのおかげ!この大事な大事なホップは、3回にわけて入れます」
直は袋に入ったホップの三分の一を入れると、にっこりとほほ笑んだ。
ビール造りに欠かせないホップは、大きく2つの役割がある。それはビールに苦みと香りを与えること。煮沸段階で投入すればビールに苦みを与え、火を止めた後のホップは香りを与える。
ホップは300種類以上が存在し、本当は苦みを出すのが得意なホップ、香りを出すのが得意なホップなどを使いわけするのだが、そんな贅沢は言っていられない。この時代でホップを見つけることができたことが奇跡なのだ。
このホップからはどんな香り、苦みが出てくるのか……未知すぎて、想像もできない。でもだからこそ燃えるというものだ。
ホップの苦みと香りについて説明しながら、直はぶるっと武者震いをした。
最初のホップを投入してから四半時(約30分)。2回目のホップを投入する。ここで入れるホップは苦みと香りの中間になる。
「じゃあ次はにっしー、お願いします」
小西はうやうやしく袋を受け取ると、沸騰し続ける大釜の中へホップを投下した。しばらくすると、湯気と共に干し草のような香りが広がる。
「実際に口に入れた時とは、また異なる香りがするのだな。おもしろい」
喜兵寿も興味深そうに、くんくんと湯気に顔を近づけている。
通常直が使用しているホップとは、やはり異なる香りがした。シムコ―、シトラ、カスケード……普段はアメリカの香りが強いホップをメインに使用しているだから、そりゃああたりまえだ。
清から来たというこのホップは、少し薬草のような香りがする。
「ここからまた30分。火を止めたら最後のホップ投入だ」
煮沸は全部で1時間。時計はないが、外から聞こえてくる鐘の音で時間の経過はわかる。30分は……まあ感覚だ。
大釜の中でぐらぐらと沸く液体をみながら、直は次の工程をイメージしていた。蔵付き酵母を下ろすためには、どの場所が一番いいなどあるのだろうか。だいぶ朝晩は気温が下がるようになってきたから、冷却は一晩でいけるだろうか……
そんなことを考えていると、後ろから「おい」と肩を掴まれた。
「なあ、この酒は焦がしたりするのか?」
振り返ると、喜兵寿が真剣な顔でこちらを見ている。
「は?なんのことだ?」
「おそらくだが……火が強すぎる。釜の底でちりちりという音が聞こえる」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる