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1991年香港・13Kからの脱退

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 それからの3年間は、がむしゃらに働いた日々だった。シノギを上げることだけを優先的に頭に置いて、毎日生きていた。
 俺は、13Kのナワバリを広げることに注力した。いろんな奴らと交渉し、何度も他のグループのボスとも話し合った。できるなら、暴力で解決するようなことはしたくなかった。話し合いで解決できるなら、それが一番だ。
 ボスは、撃たれた怪我が原因で、身体が前のように動きづらくなった様だった。その後遺症のせいか、それとも俺に任せていたのか、ボスは前のようにあまり表立って動くことが少なくなった。その分俺が動く必要があった。それと同時に、俺は部下の育成にも手をかけていた。仲間の中で、チェンは他の奴らより抜きん出て仕事ができた。頭の回転も早く、仲間からの信頼も厚かった。俺はよくチェンを、ボス同士の話し合いの場や、重要な商談の場などに連れていった。次のリーダーは、チェンがいいかもしれないと、ぼんやり思っていた。
 ヤンは相変わらずいつも俺のすぐそばにいた。ヤンは相変わらず、俺の女房役みたいな存在で、俺のサポートをしたり、くだらない話をしたりする仲だった。特に無茶苦茶仕事ができる訳ではないが、ヤンみたいな聞き上手な存在は俺としても、グループとしても必要な存在だった。
 ジェイドはその後、看護学校に合格し、看護学校生として日々忙しい日々を送っていた。毎日、レポートや実習などで忙しそうだったが、その中でも2人で会う時間はなるべくとっていた。
慌ただしい日々の中、ジェイドと会う時間がホッと一息つける時間だった。特に、二人でご飯を食べることは日課にしていた。ジェイドと食べる飯は、相変わらず美味しかった。
 喧嘩もすることはあったが、ジェイドとはそんな風にうまくいっていた。


 そして俺はついにシノギを10倍にすることを達成した。それは、九龍城取り壊しの2年前のことだった。
 俺はいつもの様にボスの部屋のドアをノックした。
 いつものように「入れ」と声がした。ドアを開けて入っていく。
 ボスが例のゆったりとしたデカイ椅子に腰掛けてこっちを見ていた。俺が来るとわかっていたようだった。
 俺はしっかりボスの目を見て話し始めた。
「言われていたシノギの10倍を達成しました。俺は今日で13Kを辞めさせてもらいます」
 ボスは顔の前で手を組んで肘をテーブルにつけていた。何も言わなかった。
 数分間の沈黙の後、ボスは口を開いた。
「お前には俺の後を継いでもらいたいと思っている。それは今も昔も変わらない。お前には黒社会でやっていく才がある。お前なら全ての組織のトップになれるかもしれないぞ」
「以前から約束をしていたように、俺は辞めます。そうおっしゃていたと思います」

 ボスはでかい机の中から銃を取り出した。それは黒光りし、小ぶりの銃だった。ボスはそれの銃口を俺に向けた。
「今、俺がここでお前を殺すといってもか」
 俺は微動だにしなかった。絶対ボスから目を離すまいと決めていた。
「、、、殺されても俺は行きます。」
 部屋の中に緊張した空気が高まるのを感じた。5分ぐらい俺たちは何も話さなかった。
 ボスは睨みつけるように俺から目を離さなかった。そして永遠とも思える時間が経った後、ボスは銃をバン!と机に叩きつけるように置いた。
「行っちまえ!俺の前から消えろ。もう2度と姿を現すな」
 俺はボスに深く礼をし、振りかえって部屋から出ていこうとした時だった。俺の足元に何かが飛んできて転がった。
 それはボスの大事にしていたロレックスだった。いつも肌身離さず腕につけていた、先代のボスからもらったもの。
 ボスは低い、小さな声で言った。
「持っていけ。俺からの餞別だ。お前にやる。、、、本来ならお前が13Kのボスになった時に渡すつもりだった。」
 俺は黙ってそれを拾い、手に握りしめた。その時計は俺の手の中でずしりとした重さを感じた。
「、、、ありがとうございます。俺は、、、ボスに拾ってもらえて幸せでした。親に捨てられた俺を、拾って育ててくれた。ボスのことを父親のように思っていました。」
ボスはもう俺の顔を見なかった。椅子ごと窓側を向いて俺に背を向けた。
「せいぜいお前の女を大切にしろ。、、、馬鹿野郎が」
 俺はもう一度深く礼をして、ボスの部屋をでた。
 すると、仲間たちが立って俺のことを待っていたようだった。皆、なんとも言えない悲しげな表情で俺のことを見つめた。
 俺は皆の前に立った。
「お前ら、俺は今日で13Kを辞める。これが俺のリーダーとしての最後の言葉だ。今まで、俺をリーダーとしてついてきてくれて感謝する。俺の後任はボスから通達があるだろう。、、、俺が辞めることに対して、複雑な胸中の奴もいると思う。ただ、俺は13Kでやるべきことをやりきったと思う。新しいリーダーは、チェンだ。」
チェンは神妙な面持ちで頷いた。
「兄貴、、、!」
 みんな俺の言葉を黙って聞いていた。泣いている奴も何人かいた。ヤンは、俺のすぐそばで周りの目も気にせずに号泣していた。
「兄貴、、、行かないでください。俺、、兄貴がいなくなったらどうしたらいいか」
 涙でぐしゃぐしゃの顔でヤンは嗚咽しながらそういった。俺は、そんなヤンの肩に手をおいた。
「、、、ボスのこと、頼んだぞ。ヤン、お前は馬鹿だが、一生懸命にやるところがいいところだ。新しいリーダーの事を聞いて、頑張れ。お前と仕事できて楽しかった」
 俺はそうして微笑んだ。
 そうして俺は13Kを、九龍城を後にした。行きたい場所があった。何回も通った道を歩く。5分ほど歩くと、いつもの見慣れた場所に辿り着く。
 九龍城が見渡せる公園だった
 俺は立って九龍城を眺めていた。
 もう二度とここには来ないだろう。俺の生まれた場所、育った場所、13Kとして生きた場所、サムが死んだ場所、そしてジェイドと出会った場所。俺の半生がここと共にあった。
 俺はしばらくそこで、九龍城で起こった数々の出来事を思い出していた。
すると、聞き慣れた声が俺の背後から聞こえた。
「キョン」
 振り向くとジェイドがいた。
 驚いた、、。なぜ、ここにいるのか。ジェイドは仕事上がりだったのだろう、黒のシャツとストライプのタイトスカートという服装をしていた。そして仕事用のバッグを持って俺の事を優しく見つめていた。
「ジェイド、、、、!なんでここにいるんだ?」
「なんとなく、あなたがここにいると思ったの」
 ジェイドは笑ってそういった。歩いてきて俺の隣に立ち、両腕を組んで九龍城を見つめる。
 こいつにはかなわない。俺は自分の行動が読まれているようで可笑しくなる。
「お前、仕事上がりなのか?」
「そうよ。今日は急患が多くて疲れちゃった。でも、あなたが今日九龍城に行く最後の日っていうのを知っていたから、頑張って仕事終わらせてきたのよ」
 そういうジェイドは、九龍城から目を離さず見つめている。
「九龍城はあの頃と何も変わらないわね、、、。あれから、4年経ったのね。」
「ああ、、、俺らは年をとったけど、九龍城は変わらない」
「誰が年よ。まだ25歳と22歳よ」
 ジェイドはグーで俺の肩をこづき、さらにパンチを俺に浴びせようとする。
 俺は笑って、ジェイドのパンチを受け止める。そのまま、ジェイドの手をつなぐ。
「全て終わったの?キョン」
「ああ、、、。終わった。ボスと仲間に挨拶をした。」
 ジェイドは俺を見つめ、微笑んでこういった。
「、、、お疲れ様、キョン。13Kで目標を成し遂げることができたわね。本当にすごいわ。それから、『13Kじゃない、普通のキョン』になれたね」
 俺は頷く。
「もう来年には取り壊されるんだ。その前に九龍城を見ておきたかった。本当にいろいろなことがあった、、。少し、思い出して感傷的になってたんだ」
 俺は苦笑する。ジェイドも微笑む。すると、俺とつないだ手を見つめた。その目の先にあるのは、右手につけられているロレックスの腕時計だった。
「この腕時計どうしたの?」
「ああ、これか」
 俺は手を離し、ジェイドの目の前で古いロレックスを見せる。そしてこういった。
「かっこいいだろ?俺の親父がくれたんだ」



 それから俺たちはしばらくベンチに座って話をした。出会った時のこと。サイファのさよならパーティで、ジェイドが来ていたドレスのこと。ドクター李のこと。サイファのオーナー、ホウの沙田の店が繁盛しているらしいこと。ジェイドと俺は時には笑って思い出話を続けた。
 そして、俺はサムのことを初めてジェイドに話した。今まで、わざと話さなかった訳じゃない。、、、けど、話すきっかけがなかったからだ。今、ジェイドにサムのことを知ってほしいと思った。
 ジェイドは黙ってその話を聞いていた。そして、サムの事を全て話し終わったあと、ジェイドは少し何か考えていて、口を開いた。
「サムは、きっと喜んでいるわね、、、。あなたが13K以外の場所で活躍することを。」
「そうかもな。俺に、13K以外の場所で生きるべきだといってくれたのはサムだけだった。あいつに感謝しないとな」
「サムが亡くなってしまったのは悲しい話だけれども、今こうしてサムと見た同じ景色を見て、同じベンチに座り、今日がキョンが13Kを辞めた日であることを不思議に感じるわ。サムが導いてくれたというか、、。」
 そして、ジェイドは俺の背中を見た。
「あなたの背中の昇竜、サムと一緒だったのね。どうりで、あなたを守ってくれる気がしたわ」
 ジェイドは微笑んで俺の背中に優しく触れてポンポンと叩いた。
「まだこれからだけどな。これからさらに頑張らなきゃならない。普通のキョンとして」
「応援してる。」

 俺がカタギとしてこれから成功できたら、、、、。一人前になったその時には、目の前にいるジェイドに俺の気持ちを伝えたい。

 目の前で微笑んでいるおまえをもっと幸せにしたいんだ。
 それまでもう少し待っててくれ。

 俺は必ず成功してみせるから。
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