プラトニック ラブ

伊咲 汐恩

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第二章

9.マネージャー

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  養護教諭から電話連絡を受けたセイが保健室を出てから、およそ3分後。
  紗南は時間差で保健室を出ると、扉の向こうには成人女性が一人立っていた。

  サラサラのボブヘアーで黒いパンツスーツ姿。
  年齢は20代後半くらい。
  身長は160センチ前後で細身の身体。
  彼女は俯いたまま腕組みをして壁にもたれかかっている。

  紗南は見知らぬ女性の前を気に止めぬまま通過した。
  ところが、3歩先を進んだ辺りで彼女は口を開いた。



「あなた……、福嶋 紗南さん?」

「えっ、そう……ですけど」



  紗南は女性の方へ振り返って目が合うと、冷たい雰囲気にブルっと身震いがした。
  しかし、その嫌な予感は見事に的中する。



「私は風波エンターテイメントの、冴木 美波さえき みなみと申します」



  女性は紗南に近付き、黒いビジネスバッグから名刺ケースを取り出して名刺を手にして両手に持ち替えて差し出した。
  紗南は名刺を受け取って目を通すと、女性はセイが所属している芸能事務所の者だと知る。

  女性は反応を待たずに話を続けた。



「実は私、KGKのセイのマネージャーを務めている者です。突然足を引き止めてごめんなさい。実は貴方に大事な話があって来たの」

「私に……、何の話ですか?」



  紗南は恋人になりたてで若干後ろめたさを感じているせいか恐々と返事をしていた。
  一方の冴木は眉の1つも動かさない。



「セイが教室から荷物を取って戻って来たらすぐに現場に向かわなきゃいけないの。こちらから呼び止めておいてなんだけど、時間がないから要点だけを伝えるわ」



  セイの名前が上がった瞬間、紗南は妙な胸騒ぎがして額に冷や汗がじわりと滲む。



「……どんな話ですか」

「セイに近付かないで欲しいの」



  冴木から厳しい口調で予防線を張られた瞬間、紗南は落下した花瓶が粉砕するような強い衝撃を受けた。

  上目遣いの鋭い目線からは話の本気度が伝わってくる。
  目が釘付けられた瞬間、恐怖を覚えて全身の血の気が引いた。


  セイくんと恋人になってから、たったの2週間。
  その間会ったのは3回ぽっきり。
  恋はまだスタート地点なのに、彼女は私達の関係を察しているのだろうか。

  もしかして、セイくんの口から私の事を報告したのかな。
  芸能人は芸能事務所にプライベートの報告をする義務があるの?
  まだ何も聞いてないから憶測に過ぎないけど、彼女にカマをかけられている可能性もあるし、正直に答えたら自分が損するかもしれない。



「何の事でしょうか。私にはちょっとよくわからな……」
「勘違いしないで。これは忠告じゃない。………貴方への警告よ」



  冴木は強気な姿勢で間髪入れずに口を塞いだ。
  まるで、誤魔化し通そうとしている紗南の裏をかいているかのように。

  彼女は私達の関係をとっくに見抜いていた。
  だから、いきなりレッドカードを突きつけてきたんだ。
  注意を促すイエローカードではない。
  一発退場のレッドカードだ。
  芸能人と付き合い始めたから大体予想はしていたけど、まさかこんな早く最初のハードルが訪れるなんて。

  6年越しに手にした恋。
  大切に温めて行こうと思っていた矢先の出来事だった。



「貴方はまだ子供だからセイという商品価値がわからないのよ。まぁ、嫌と言っても少しずつ現実を知っていくわ」

「……」


「恋愛の深みにハマる前に、貴方の方から離れてくれない?  最終的に傷付くのはセイじゃない。貴方自身なのよ」

「………っ」


「それじゃあ、この辺で失礼するわ」



  冴木は言いたい事を言い終えると、返事を待たずに職員室の方へ消えて行った。

  彼女から一方的に告げられた厳しい警告は、まるで底なし沼に足を吸い込まれていくような感覚に近い。

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