プラトニック ラブ

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第二章

10.恋を応援してくれる菜乃花

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  ーー同日の昼休み。
  紗南の親友である同じクラスの菜乃花なのかは、お弁当袋を持って紗南の机の前の空席の椅子を後方へくるりと回転させて、ドカッと腰を落とした。



「ねぇねぇ!  さっき、保健室で例の彼氏と会えたの?」



  菜乃花はニヤケ顔を近づけ、お弁当袋の紐をスルリと解く。
  紗南は机の横のフックにかけているカバンを膝に置いてお弁当袋を取り出した。



「あ……うん。少しだけね」

「超絶羨ましい~~っ!  彼氏の名前を言えないのは残念だけど、まさかあの人が紗南の彼氏だなんてね」


「シーっ!  ちょっと声が大きい……」



  菜乃花はセイとの恋愛をクラス中にバラしてしまいそうな勢いで声を大にして語る。
  紗南は慌てて口元に人差し指を当てて周囲を軽く見回す。



「心配性なんだから。彼氏の名前を口にしてないから大丈夫だって」

「それでも、ダメ!  秘密の恋愛が世間にバレたら大ごとになっちゃう。だから、絶対に内緒!」



  一際テンションが高い菜乃花は、前髪厚めのストレートでミディアムヘア。
  彼女は芸能界に無関心な自分とは対照的で超がつくほどミーハー。
  芸能人に会う目的で猛勉して念願の本校に入学。
  いま以上の目標がないようで、将来の夢は白紙だとか。

  家業の病院を継ぐ為に医師を目指している自分からすると、自由奔放な彼女が羨ましく思う。
  医師を目指すのは本望ではないのだから。


  彼女は同校に在学してると噂されている《Beans》という5人組歌手グループのリーダー ハルくんの熱狂的なファン。
  授業の合間の休み時間の度に教室の窓から顔を突き出し、西校舎にいると思われるハルくんの行方を探している。

  空想や夢では何度も親密にお会いしてるようだが、残念な事に校内では一度もお見かけした事はない。


  ーーあれは、数ヶ月前の放課後
  セイくんが履いている★マークの上履きをあてにして、芸能科のクラスを調べに行く為に(菜乃花はハルくん目的)、菜乃花と2人で紺のブレザーを脱いで西門から芸能科がある西校舎の下駄箱に侵入した事があった。

  外風が冷たかったからワイシャツ一枚じゃ寒くて風邪を引くかと思った。
  でも、それ以上に彼のクラスを知りたかった。
  因みにその日は校舎内にいたのか、彼の上履きは見つからなかった。
  一方の菜乃花は、ハルくんのマークを知らぬまま侵入を試みるなんて無謀すぎる。

  本来上履きに書かなければならない名前の代わりセイくんが★マークを書いてるのは、盗難防止の為。
  芸能人同士でも売れてる子の人気を妬んで、私物を盗みネット販売をする人もいるとか。



「今日は彼に会えていい事もあったけど、嫌な事も抱き合わせでね」



  紗南は冴木の顔を思い浮かべて深いため息をつく。
  ところが、芸能関係絡みなら何でも知りたがりな菜乃花は、ボソッと呟いたひと言が引っかかり興味津々に目を光らせた。



「いい事も嫌な事もあったの?  へぇ……、両方聞きたいから手始めにいい事から先に聞いちゃおっかなぁ~」



  菜乃花はお弁当のハンバーグを箸で突っつき、いやらしい目つきで美味しい情報から引き出そうとしていた。

  しかし、つい口を滑らせてしまったそのいい事とは、保健室の1つのベッドの中でセイくんの胸の中で抱きしめられた事。
  あの時の感触を思い返すだけでもカアッと赤面に。



「あ……、えっ?  っあ……」



  紗南は動揺するあまり怪しげな吃り声に加えて目を逸らす。
  親友として素直に伝えるべきなのだろうか。
  それとも、彼を思って誤魔化すべきか…。
  小さな発展だが誰にも言えないのが秘密の恋。


  ちなみに、彼との交際をカミングアウトしたのは菜乃花だけ。
  本当は親友でも交際を内緒にしておくのがベストだと思うけど、彼と出会った当初からちょくちょく報告していたし、菜乃花の事を親友として一番に信用しているから。



「何よーっ、勿体ぶらないで早く教えて。聞きたい、聞きたい、聞きたい!」

「あの、ここじゃちょっと……」


「まさか……!」



  菜乃花はハッと目を見開いて妄想を膨らませると、キスを連想させるように唇を窄ませた。



「チューしたんでしょ。チュー」

「バババ……バカぁ!  いきなりそんな訳ないでしょ」


「……えっ、違うの?」

「違うってば!  勝手に妄想を膨らませないでよ」


「残念。大スクープかと思ったのに」



  菜乃花は期待外れの返事に口をへの字に結んだ。

  恋の報告には危険がいっぱい潜んでいると、念頭に置かなければならない。

  さっきは、冴木さんに警告されて嫌な思いをしたけど、彼の事を1度考え始めるとすぐに頭が一杯になってしまう。
  ひょっとしたら、嫌な事はいい事は勝てないのかもしれないね。
  恋はまだスタート地点。

  これから訪れる障害については、重く考え過ぎないようにしよう。

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