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第三章
16.ポスターの中の彼
しおりを挟むーーセイから留学話を伝えられてから、3日後の日曜日の夕方。
紗南は自宅で勉強しつつも身に入らず、壁に貼ってある2枚のポスターを眺めて重く深いため息をついた。
「はぁ⋯⋯」
セイくんが留学してしまうショックは大きい。
建前ではエールを送りつつも離れたくないと思うのが本望だった。
アメリカに2年間なんて長過ぎるよ。
最近は週1で会えていたし、CMや音楽番組に引っ張りだこだからテレビで見ない日なんてなかった。
普段はテレビを見る習慣がないのに、皆川くんがセイくんと判明したあの日からテレビは毎日つけるようになっていた。
彼が出演しているCMが放送される度に、テレビの前で胸をドキドキさせている。
他人からしたらバカみたいと思うかもしれないけど、これが恋する今の自分。
実際に会えなくても、彼が映っているシーンを観ているだけで身近に感じている。
だから、なおさら実感が湧かない。
寂しいよ。
ただですら、事前に約束しなければ会えない関係なのに。
しかも、留学したらモニター越しですら顔が見れなくなってしまう。
セイくんがアメリカに滞在しているうちは、テレビCMは順次新しいものへシフトしていき、出演していたCMはいずれ別のキャストに変わってしまうだろう。
隣で歌ってくれた《For you》も。
カーテンの下から渡した星型の飴も。
保健室のベッドに横になるセイくんの胸の中で力強く抱きしめてくれたあの瞬間も。
有りだったはずの時間は、彼がいなくなると同時に無しの時間に様変わりする。
まるで目に見えない空気のように……。
そうだ!
今から両親に頼んで私もアメリカに留学させてもらおうかな。
セイくんの後を追って行けば、日本で2年間待ち続けているよりは寂しくないかもしれない。
ううん……。
やっぱりそれはダメ。
ひとり娘の私が留学で2年間も家を空けたら、きっと両親は寂しがる。
特に父親は私を溺愛しているから、留学したいだなんて言ったら反対するだろうな。
それに、留学理由が好きな人を追いかける為になんて知られたら、立腹どころか勘当されちゃうかも。
よく考えたら、彼はアメリカに留学した方が自由な時間が持てるのかな。
週1度の限られた時間しか会えずに忙しくてメッセージや電話が繋がらない今と。
留学で今よりも時間が生まれてメッセージや電話が繋がるけど、遠くて簡単に会えなくなってしまう未来。
彼にとっては、一体どっちの方が幸せなんだろう。
本当は嫌だよ……。
『誰よりも応援してるから頑張って!』なんて強がりを言ってしまったけど、本当はアメリカになんて行って欲しくない。
ずっと傍にいて欲しいよ。
自身の幸せな時間と引き換えになる、彼の将来。
夢を追い求める彼を想って応援したが、覚悟が追い付いて来ない。
街の看板やポスター。
それにテレビ業界からKGKが姿を消した未来を想像しているうちに悲しくなって、ポツポツと手元のノートに涙の雨が降り注いだ。
紗南は留学の日程が変更になった件を、まだ知らされていない。
だから、セイが日本にいる残り1ヶ月間で恋人として何が出来るのかと少しずつ考え始めていたところだった。
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