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第三章
50.忘れられない人
しおりを挟む咲はコーヒーカップの取っ手をギュッと強く握りしめてから、口を開いた。
「翔くん、ちょっと聞きたい事があるの」
「何?」
「数年前になるけど……。私が最初に告白した時の事を覚えてる?」
「ゴメン。昔の事はあまり……」
「あっ、うん。……そっか」
彼があまりにも正直過ぎてショックを受けた。
合計三回も告白したのに、あまり覚えてないなんて……。
でも、一番最初の告白は3年前だから覚えてなくても仕方ない。
今まで告白してきた女の子は、きっと私だけじゃないだろうし。
咲は気持ちを切り替えると、話を核心へと迫らせた。
「翔くんが最初の告白を断った時、私に『忘れられない人がいる』って言ったの」
「あぁ」
「それで……、翔くんの忘れられない人って、どんな人だったのかなぁと思って」
気になる事を聞いたところまでは良かったけど、返事を聞くのが怖い。
次に出てくる言葉は私にとっていい事なのか、それとも悪い事なのか。
彼の心が閉ざされている分、不安に溺れてしまう。
咲は複雑な胸中のまま、手のひらで包んでいるコーヒーカップに目線を落とした。
だが、7、8秒経っても返事は届かない。
時間経過と共に不安は膨らんでいく一方に。
咲は意を決して顔を見上げた。
すると、翔は穏やかムードで話していた先程とは表情が一変。
眉間にシワを寄せて不機嫌な様子を露わにした。
「咲ちゃんには関係ないから……」
咲は威圧的な空気に耐えきれず、焦ってコーヒーカップへ目を向けた。
彼は普段からポーカーフェイスだから、こうやって感情を表沙汰にしたのは今日が初めて。
だから、恐怖で思わず背筋が凍りついた。
「ごめん、聞かなかった事に……」
初めて見せた凍てつく目つき。
まるで、これ以上自分の領域に入ってくるなと言わんばかりに……。
悔しい事に、忘れられない人への本気度が痛いほど伝わってくる。
でも、私には翔くんの忘れられない人が誰だかわかっている。
それは、ある人に小学生時代の卒業アルバムを見せてもらったあの日に翔くんの過去を知ってしまったから。
やっぱり、こんな質問しなきゃ良かった。
後悔の念に苛まれている咲は、怖々としながら翔に目線を向けると、翔は寂しそうな瞳で頬杖をつきながら、降り注ぐ日差しの窓の向こうの景色を眺めていた。
いま自分が一緒にいる事を忘れてしまっているかのように……。
翔くんはまだ彼女の事を忘れていない。
だから、恋煩いのような表情や仕草一つ一つが嫉妬心に溢れ返っている。
結局、最後まで『忘れられない人』について語られなかった。
ーー帰り際。
夕日に向かって前を歩く翔の後ろを小走りで追いかけた咲は、翔のTシャツの裾をギュッと掴んだ。
風船のように揺られている気持ちを繋ぎ止めるかのように……。
本当は手をつなぎたかった。
でも、今は裾を掴む以上の欲は叶えられない。
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