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魔界はもう魔王を認めない
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「あの…季明様、今日は魔王様は…」
「今日も!…お出でにはならない」
宇然の側近である季明は、部下の言葉に苛立ちをぶつけた。
「ああ…すまない。君に当たってもしょうがないのに」
「いいえ、それで季明様のお心が少しでも晴れるならば、いくらでも当たってください」
「君は…秀清だったな。ありがとう。それは報告書か」
「はい…」
「良い知らせなど無いことは分かってる。渡してくれ」
「季明様、もう魔界の民の心は魔王様から離れてしまっています。魔王の成り立ちにまで疑問を持つようでは…」
大昔、勝手に争って勝手に負けた魔族は淘汰されてもう居ないのだから、我々が神仙の決めたとかいう魔王を崇め奉る必要は無い、と言い出したのが誰かは分からないが、その声は瞬く間に魔界中に広まった。
敗戦者の常として、悲劇を繰り返さないためにその歴史は克明に記されている。
好戦的な人間たちと手を組んで、神仙界に争いを挑んだ魔族は山の中に消えた。
争わなかった者、我に返って山から落ちることが出来た者たちで新たな魔界を造り上げようとした矢先、神仙の大主たちが魔界を治める魔王を決めて、押し付けてきたのだ。
以来、その魔王の一族が魔界を統べてきた。
反発する者たちはいたが、魔王は特別な力を持たされていた。
『滅』である。
長い生を全うして谷底に融けるはずの魔族を消し去る力を持つ魔王に逆らえる者はいなかった。
初めてその力が使われたのは、増え過ぎた王子たちの争いが激化した時だった。魔界を分断していがみ合う姿を見かねた魔王が、末っ子王子一人を残して兄王子たちと共にその命を滅したのだ。それを目の当たりにした魔族たちは震えあがってしまったのだった。
その代わりに魔王は、『暗』を使うことが出来なかった。
『暗』は、瞳の光を消すことで人間の女性の意識を奪う力で、そうしてから『取』で卵を取り出して受精させて子を成すのだが、始めから瞳に光を持たない魔王の一族は女性の合意が無ければ子は成せない。
女性の卵をもらうのは、男性から精を抜くのとは違い、難しいのだ。
だが歴代の魔王は魅力的な容貌を持つ者が多く、王子には困らなかった。
むしろ、先の魔王のように女好きだと多くなり過ぎて厄介なぐらいだった。
女性との関係もその時限りなことが多々有り、性交渉も有ったり無かったりで拘らなかった魔王が特定の王妃を持つようになったのは、前前魔王の宇龍の時からだった。
人間の女性を魔界に置くことは、その命を縮めることから避けられていたが、王妃を愛していた宇龍は決行した。
結界を張ることで守れたかと思われた王妃は二度目の妊娠では子種を飛ばさずに身籠もることを選んで、次男の宇然を産んだ時に儚くなってしまった。
次男を疎みながら長男の成長を待っていた宇龍は、時期を見て自らを滅し、王龍に魔王の座を譲った。
それを見ていたはずの王龍だったが、彼もまた一人の人間の女性を愛して王妃とした。
完全に囲い込んで守っていたはずの王妃は、母を求めた幼い王子に結界を破られて命を落とし、それを嘆いた王龍はただ一人だった王子と共にその存在を滅してしまった。
二代続けてそんなことがあったから、魔族たちは王妃の存在に懐疑的になっていた。
だから王龍から魔王の座を託された宇然の様子をおかしいと思った季明は、魔力を込めた産毛を忍ばせて探ったのだった。
極秘で塔に王妃を囲っていたことは理解出来た。
しかし、王妃付きの世話係が全くいないことや、王子が生まれてこないことが疑問だった季明は更に探り続けた。
そしてある時、産毛を通じて映し出された映像の中に、ベールを脱いだ王妃の透けるように輝く姿を見てしまった。
その時、人払いしてあったはずの自室を覗っていた者がいたようで、王妃が神仙だという噂は広まってしまった。
王妃が神仙だという禁忌は、魔族たちに受け入れられなかった。
三代続けての為体に、魔族たちは魔王を見限っていた。
「今日も!…お出でにはならない」
宇然の側近である季明は、部下の言葉に苛立ちをぶつけた。
「ああ…すまない。君に当たってもしょうがないのに」
「いいえ、それで季明様のお心が少しでも晴れるならば、いくらでも当たってください」
「君は…秀清だったな。ありがとう。それは報告書か」
「はい…」
「良い知らせなど無いことは分かってる。渡してくれ」
「季明様、もう魔界の民の心は魔王様から離れてしまっています。魔王の成り立ちにまで疑問を持つようでは…」
大昔、勝手に争って勝手に負けた魔族は淘汰されてもう居ないのだから、我々が神仙の決めたとかいう魔王を崇め奉る必要は無い、と言い出したのが誰かは分からないが、その声は瞬く間に魔界中に広まった。
敗戦者の常として、悲劇を繰り返さないためにその歴史は克明に記されている。
好戦的な人間たちと手を組んで、神仙界に争いを挑んだ魔族は山の中に消えた。
争わなかった者、我に返って山から落ちることが出来た者たちで新たな魔界を造り上げようとした矢先、神仙の大主たちが魔界を治める魔王を決めて、押し付けてきたのだ。
以来、その魔王の一族が魔界を統べてきた。
反発する者たちはいたが、魔王は特別な力を持たされていた。
『滅』である。
長い生を全うして谷底に融けるはずの魔族を消し去る力を持つ魔王に逆らえる者はいなかった。
初めてその力が使われたのは、増え過ぎた王子たちの争いが激化した時だった。魔界を分断していがみ合う姿を見かねた魔王が、末っ子王子一人を残して兄王子たちと共にその命を滅したのだ。それを目の当たりにした魔族たちは震えあがってしまったのだった。
その代わりに魔王は、『暗』を使うことが出来なかった。
『暗』は、瞳の光を消すことで人間の女性の意識を奪う力で、そうしてから『取』で卵を取り出して受精させて子を成すのだが、始めから瞳に光を持たない魔王の一族は女性の合意が無ければ子は成せない。
女性の卵をもらうのは、男性から精を抜くのとは違い、難しいのだ。
だが歴代の魔王は魅力的な容貌を持つ者が多く、王子には困らなかった。
むしろ、先の魔王のように女好きだと多くなり過ぎて厄介なぐらいだった。
女性との関係もその時限りなことが多々有り、性交渉も有ったり無かったりで拘らなかった魔王が特定の王妃を持つようになったのは、前前魔王の宇龍の時からだった。
人間の女性を魔界に置くことは、その命を縮めることから避けられていたが、王妃を愛していた宇龍は決行した。
結界を張ることで守れたかと思われた王妃は二度目の妊娠では子種を飛ばさずに身籠もることを選んで、次男の宇然を産んだ時に儚くなってしまった。
次男を疎みながら長男の成長を待っていた宇龍は、時期を見て自らを滅し、王龍に魔王の座を譲った。
それを見ていたはずの王龍だったが、彼もまた一人の人間の女性を愛して王妃とした。
完全に囲い込んで守っていたはずの王妃は、母を求めた幼い王子に結界を破られて命を落とし、それを嘆いた王龍はただ一人だった王子と共にその存在を滅してしまった。
二代続けてそんなことがあったから、魔族たちは王妃の存在に懐疑的になっていた。
だから王龍から魔王の座を託された宇然の様子をおかしいと思った季明は、魔力を込めた産毛を忍ばせて探ったのだった。
極秘で塔に王妃を囲っていたことは理解出来た。
しかし、王妃付きの世話係が全くいないことや、王子が生まれてこないことが疑問だった季明は更に探り続けた。
そしてある時、産毛を通じて映し出された映像の中に、ベールを脱いだ王妃の透けるように輝く姿を見てしまった。
その時、人払いしてあったはずの自室を覗っていた者がいたようで、王妃が神仙だという噂は広まってしまった。
王妃が神仙だという禁忌は、魔族たちに受け入れられなかった。
三代続けての為体に、魔族たちは魔王を見限っていた。
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