三層世界カランコーレル~目覚めたら隣にいた女の子は神仙なのか魔族なのか?~

NO*NO(ののはな)

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魔界の火

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とんだ甘ちゃんだなと思った。

恵まれた体躯の、何気ない身のこなしの中に父の気配を感じては苛立った。

記憶が無いことは分かっていても、あまりにも飄々ひょうひょうとその日暮らしに満足している様を見ていると爆発しそうになった。

だけど、いきどおれば憤るほど僕は穏やかで冷静になれた。

そうやって生きてきたから。



僕の父は有名な剣豪で、魔王の一番の側近を任されていた。
ほとんどの子どもは赤子のうちから育成施設で育つが、特別優秀な父を持つ子の中には父の手元で育てられる者がいた。
僕も父の手元で、修行の日々を送った。

“剣豪俊英シュンエイの息子”として。

しかし僕にはその才能は無かった。
同じく小柄でも、父の強靱さと俊敏さを、僕は持ち得なかった。

僕が育成施設に入ったのは、僕が七つになる年だった。
それは子どもを手元に置ける上限だったから、ギリギリまで見限らないでいてくれたんだと思う。

父は何日も家を空けることが、度々あった。
魔族は食べることも出来るが、食べなくても生きていける。
身体のモードが切り替わるのだ。
幼くても大概のことは出来るように仕込まれていたし、父の先の息子(…兄という感覚はないけれど)たちが見守りにきてくれていた。
魔王が代替わりした後は側近を辞めていた父が何をしているのかは、知らなかった。
今思えば、消えた前魔王の行方を追ったり、人間界に行って一龍イーロンの世話をしたり、時には鍛えたりしていたんだろう。

育成施設に入った僕を待っていたのは、ドロドロの負の感情の坩堝るつぼだった。

剣豪の息子とは思えない貧弱な体への蔑み。
その才能を引き継げなかったことへの嘲笑。
七つまで父と共に過ごせたことへの妬み。
生贄を見付けたかのごとくの暗い悦び。

魔族は実力主義だ。
力のある者、そして発明の火をおこせる者が勝つ。
曲がりなりにも剣豪に鍛えられてきたのだから、多少体が大きいだけの相手には負けない。
攻撃をかわされたやつらは目を丸くしていたが、そんなものは脅威でも何でもなかった。
僕は、僕に向けられる意味も価値も無い思惑や理不尽など振り払って学び、学生のうちから数々の発明をした。

地位を確立するのに手っ取り早かったから理系分野での成功を選んだが、本当に興味があったのは歴史だった。
だから僕は、魔界の大学ではなくて人間界の大学に進んだ。

それを父に報告した時に、僕がこれから住む部屋の隣に居る一龍イーロンのことを聞かされたのだ。

母を殺し、父に消されたと言われている魔界の王子だと。
だけれども、自分が王子だと知らないし、それらの記憶は無いのだと。

初めて会った一龍イーロンは、その瞳を色付きのメガネで隠していた。
その意味も知らずに。

ふとした瞬間に、一龍イーロンの凄みに近い体幹の強さを感じた僕は、“妬み”という感情を実感した。
父の教えを体現出来る者への嫉妬が渦巻いたが、僕はその火を一瞬で消した。

当たり障りのないただの隣人でいようと思っていたが、気が変わった。
危害を加えたい訳じゃないしそんなこと出来るはずもないけど、でも何らかのトゲをチクリと刺してやりたくなったのだ。

僕は一龍イーロンに接近するためにボヤ騒ぎを起こした。
料理なんて初めてだという振りをして。
出来ないことを出来るように見せるのは難しいが、その逆は容易だ。
そして僕はちゃっかりと一龍イーロンの弟分に収まった。

だけど何も知らないと思っていた大家の雲嵐ウンランさんは、僕の素性を知っていた。
父である俊英シュンエイに仕込まれてきた魔界育ちの僕がボヤ騒ぎなど起こすはずがないと。
僕の行動に不穏な様子を感じた雲嵐ウンランさんは、世間話をするようにさり気なく一龍イーロンの辿ってきた境遇を語った。

知らない。

忙しがる父にかまってもらえない寂しさなど。

――父は共に居る時はいつも真摯に向き合ってくれたから。

愛し愛された母を失う悲しさなど。

――魔族の子は皆、母を知らないから。

たとえ記憶を失っていても、無かったことになどならない。
しかもその記憶を奪ったのは父親なのだ。

それがどんなことか、どれほどのことなのか。

僕の世話を焼こうとする人の良い一龍イーロンに、父には無かった暖かみを感じる度に僕は絆されていった。










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