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やりたい

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タイミングを逃すってこの事だと思う。
すっかり元通り、すっかり腰を落ち着けた葵。
新しい事務所と新しい住居は快適だし、仕事も増えて何とか自活レベルにはなってる。
だから文句は無い。

実は、懸案だったガメラの問題も解決した。
電話では断られたのに、もう一度お願いに本人を連れて行くと、ガメラは大層な美人(棘が顕著で綺麗って意味らしい)と言う事で水族館が引き取ってくれたのだ。
風呂掃除は生臭いけどガメラはもう家族だったから何だか寂しくて泣きそうになった。

ともあれ食われたり、コンクリに固められて海に沈む……なんてなくて良かった。

後の問題は葵との関係がやけにさっぱりしてしまった事だ。
今は普通に男同士の同居になってる。

「………」

別にいいよ?!
セックスが目的じゃ無いからいいんだよ?
心は繋がってると思う。
好かれているとも思う。
葵にとって無くてはならない存在になってると思う。

だからいいんだけど。

……やっぱり男だからやりたいよな。

「そんな目で見れば葵は色っぽいだろ?」と椎名は言ったが、そんな目で見たく無いのに葵は色っぽいのだ。

夜になると子供のように寝落ちる葵は、眠くなると半目でトロンとする。
そんな時はいつもの童顔が途端に違う色を帯びて
そこに「ねえねえ健二さん」が襲う。

もう普通の顔をするのは必死。
隣で眠るのは決死。
昔に逆戻り。

そんなある日の事だった。
「葵くんも運転免許を取ってきなさい」と椎名の指示が飛んだ事で苗字と戸籍問題が再び浮上した。
勿論「結婚」って言うのは心意気の話で養子縁組とか戸籍をどうこうしようとは思ってない。

しかし、葵との間にプロポーズしたって話が振り返したのは天の恵みだった。

俺って神様に愛されてるなってつくづく思う。

シャワーから出るとベッドの端っこで膝を抱えた葵がもじもじと指を捏ねていた。
因みに今のベッドはダブルだ。
いつもの葵なら縦横無尽に遠慮無く寝ている。

「?……何してんの?もう寝ないと明日も仕事があるぞ?」

「あの……健二さん……」
「ん?」

「……俺が嫌い?」
「は?何言ってんの?好きに決まってるだろ?」
「だって……」



健二と体を重ねたのは途中で笑い出したあの時が最後だ。前の事務所の時と違い、今度は選択肢が他にあっての同居を決めたのだ。だからそのうちに何かあるんだろうなって覚悟をしていたのに何も無い。

「………」

セックスがしたいんじゃ無いよ?
嫌だよ?
何が嫌だって「葵」の本性を見られるのが嫌だったけど、そんな意味ならもう2.5回やったから遅いし、実生活の中では暴れたし、酔って吐いたし、死のうとしたし、殺そうとしたし、もう健二に見せて困る物は何も無い。

だから好きにしてくれればいいのに健二は知らん顔なのだ。
好きだとか結婚しようなんて言ってたのは気の迷いだと気付いたのかな?って思う。

ガメラの預け先が決まった時の帰る間際、あの切なそうな顔。苦渋の決断に顔を歪め、泣きそうになりなりながらも頑張って笑う健二を見ていると、何ならガメラが羨ましかったよ。

今「嫌い?」と健二に聞いたけど、実は嫌われる心配なんかしないし出来ないのだ。

少し卑怯な言い方だなって思うけど、もう興味がないのかあるのか試してみたかった。

だけど死ぬ程恥ずかしい。
死ねるんじゃないかと思う程恥ずかしい。
お酒を飲んでおけば良かったと後悔してる。

え?お酒?
体質的に飲めないって人以外は慣れだと思う。
最近は飲んでも速攻寝るなんて事は無いのだ。笑うけど、覚えてないけど、「飲み会」が出来るようになってる。
大人だからな。

色々考えて、ちょっと黙り込むと「どうした?」って下げた顔を覗き込んでくる健二に恥ずかしくて燃えそうになった。

でも言う。ずっとモヤモヤしたまま今日こそは思っていたから言う。
さあ言うぞと、意気込んだ割に出てきた声は拗ねて僻んだ子供みたいに弱々しくなった。


「…何も……しないから…嫌いなのかなって……」

ああ……
健二の目が驚きで丸くなった。
これでは葵は淫乱だ。淫乱の葵。
最悪。
言わなければよかった。

もう消えてしまいたくて毛布に潜って丸まるとズシンと健二が乗っかってきた。
そしてワッハッハって笑うのだ。
健二はいつでもどこでも安定のキラキラ。
アクリル毛布の粗い繊維からシュコーって馬鹿の息が入って来る。
丁度耳だよ。

「……くすぐったい……重い」
「葵……顔を出して」

「………笑ったくせに…」
「そりゃ笑うよ、嬉しい時とか、楽しい時は笑うだろ?葵はさ、セックスって何なのか勘違いしてると思うよ」

してない。
してるか馬鹿。

所詮は生理的な欲の捌け口なのだ。
それだけなのだ。
だから大した事じゃない……筈だけど、何も無いと何だか寂しい。

それは……しつこい位に何回も言うけどセックスがしたいのでは無いのだ。
もうはっきり言ってしまえば、健二の目が他の誰かに移ってしまうのが怖い。

え?
健二が好きだと言ってくれるから調子に乗ってるんじゃ無いよ?
じゃあ健二を好きなのか?って?

す……好きだよ。

だからって恋人同士になりたいかって聞かれればわからないけど、健二の博愛は具《つぶさ》に見てきたのだ。
返事もしない無表情の怪獣亀にすら惜しみなく降り注ぐ無償の愛だ。

ガメラとの別れにオロオロしながら半泣きになっている健二には同情どころか笑いを堪えるのに忙しいくらいだったけどガメラが羨ましかった。

そして事務所まで帰ってきた健二は生臭い風呂場に向かって言うのだ。

「今まで楽しかったよ、お前の幸せを願ってる」

二本の指を立ててチャッと振った時には堪らなくなってトイレに逃げて笑ったけどモヤモヤした。

話が逸れたけど、つまり、やっぱり俺は神様から沢山の贈り物を貰ってる健二を独占したいと思ってる。
新しく入って来る「可哀想な若者」に取られたく無いのだ。

浅ましいって言うなら言え。
欲しいもんは欲しいのだ。
暴力団を経由して堅気になった奴なんて可哀想に決まってる。可哀想であるならある程健二は心を砕き、ある意味夢中になる。
「葵」にもそうだったように……。



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