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「そもそもこみつは誰からそんな話を聞いたんだ」

「祝言の日に女中たちが……」

「あいつらか!」


わっ!と声を荒げたのは五曜だった。


「だからこみつの様子がずっとおかしかったんだ。急な話だったから、まだ気持ちが落ち着かないのだとばかり思ってたが、まさかそんなことを口にしていたとは」


なんて下品な者どもだ、といつになく乱暴な物言い。


「わかってほしい。北辰なんか関係ない、わたしはこみつを愛しているから娶ったんだ」


両手をぎゅうと握りしめられ、五曜から真剣な瞳で告げられてこみつの頬に熱が集まる。
愛してる、なんて閨でも言われたことがない。


「は、はい…」


「おーおー熱烈だな。でも俺なんかってなんだ」

「うるさい。そのままだ。邪魔するな」


揶揄する北辰に言い捨てる五曜。
北辰は小さく笑ってこみつを見た。


「こみつ、俺もおまえたちの婚姻を俺が指図したなんて話は否定する。あり得ない。そんなことする必要がない。もちろん雪村の家もだ」

「…はい」

「なあ、五曜はこういう男だ。ちょっと突っ走るところはあるが余所見は絶対しない」


おまえを幸せにしてくれるのはこいつなんじゃないのか?――俺などではなくて。


静かに告げられた言葉に、あわよくばといつまでも根を張っていた淡い恋心が決定的に絶たれる。いや、これは恋心なんかじゃない、過去の想いの残滓だ。


「はい」


こみつは俯いて顔を手で覆った。肩が震える。
けれどこみ上げる涙は悲しみやさみしさなどではなかった。終わりを認めたがゆえ。


「こみつ」


現にこみつは、痛ましそうにする五曜に肩を抱かれ、小さく泣き笑いながら顔を上げた。


「どうやらわたしの思い違いだったようですね」

「そうだ」


強く頷く北辰。

こみつはすぐそばにある五曜を見上げた。


「でしたら、どうしてわたしたちの結婚はあんなに急だったのでしょう?先に婚約していた北辰様がまだなのに、わたしたちの祝言がそれより早かったのにはやはり疑問が残ります」

「ううっ」


五曜が小さく呻いて不自然に顔を逸らす。
逃さないぞ、とこみつは彼の腕を捕まえた。

じっと見つめて夫の嘘を暴こうとする妻。
その距離の近さに、なんだやっぱりうまくやっているじゃないか、と北辰は眉を上げて口許を緩める。


「五曜はずっとこみつが好きだったんだよ」


だから北辰が先に口を割ってやった。慌てる親友ににやりと笑って。


「口を開けばこみつがかわいいとそればかり。俺たちの周りの男連中はみんな知ってたからな、契機を狙っているのはわかっていた。思った以上に事が早かったのには驚かされたが」


こみつは目を丸くして五曜を見る。


「契機というのは、北辰様の婚約のことでしょうか?」

「ううう。だって北辰が婚約したら、こみつにも縁談話がくるでしょう。その前にと思って…」

「こみつといっしょになりたいとか、俺には渡したくないとか、隣で散々聞かされてきたからな。俺もきちんとしなければと思った」


「まあ!!」


こみつは大きな声を出した。


「わたしの恋が報われなかったのは五曜様のせいですか!」

「こみつ、あなたの夫は、私!!」


言い合う夫婦の向かいで北辰が「わはは!」と腹を抱えて笑う。手酌で酒を注いで。


「万一、俺とこみつが夫婦になっていても、どうかな。幼なじみの延長だろう。やはりおまえは五曜といっしょになって正解だと思うぞ」

「北辰様……」

「五曜はこみつを幸せにしてくれる。そうだろう?」

「もちろん!!」


力強く頷く五曜の腕の中で、こみつは小さく笑った。



***
それからはこみつが知らなかった五曜の惚気話とか、先日のデートの話とか、晩餐会でのこととか、気のおけない仲間として盛り上がった。

上機嫌で酒も進み、すっかり酔いに染まった北辰が泊まっていくと言うので客間に案内する。

五曜はしばらく北辰と話をしていたが、こみつは夫婦の寝室で先に休むことにした。
楽しくてふわふわした気持ちのまま目を閉じる。北辰が来る前はそわそわして落ち着かなかったのに、この変わり様はなんだ。それすらおかしくなってしまう。


しばらくして五曜が潜り込んできて、包み込むように抱き寄せられるとほうと甘い心地がした。そのまますとんと眠りに落ちる。

なんだかとても満ち足りた気分だった。
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