旦那様なんて好みじゃないの

しおだだ

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ぱち、と目を開ける。部屋に白い光が差し込んでいる。朝だった。隣に五曜の姿はない。こみつはもぞもぞと起き出して身支度を整えた。

早朝の暗いうちから動き出している使用人たちの気配がする。

こみつがぱたぱたと食堂へ急ぐと、五曜が一人で茶を飲んでいた。


「おはようございます、五曜様」

「おはようこみつ」

「北辰様は?」

「うん。朝早くに帰ったよ」

「朝餉は召し上がっていかれました?」

「いいや。でも握り飯を作ってもらって持たせたから大丈夫」

「そうでしたか。五曜様は?」

「こみつを待ってた」


そう言ってにっこり笑う。こみつはちらと顔を赤くした。


「…お待たせしてすみません」


五曜とこみつの前に朝食が並ぶ。
五曜も暗いうちから起き出して出掛けてしまうことが多いので、朝食をともにするのはあまりない。穏やかな空気が流れる。


「昨日は楽しかったね」

「そうですね」

「また来てもらおう」

「ええ」


食事を終えて、こみつはまたぱたぱたと屋敷の中を動き回る。
今日は五曜も一日家にいるということで、書類にこもって大学の論文を読み書きしていた。時折、部屋から出ては、使用人たちと何やらやっているこみつを眺めて目を細める。

昼をだいぶ過ぎてから屋敷の全員で昼食にして、そのあと通いの者たちが帰って行った。残されたのは夜番の数名だけ。屋敷は人が少なくなってすっかり静かになる。


こみつが縁側で虫除けの香を焚いていると、五曜がやってきた。ゆったりと縁側に腰掛けて、こみつもなんとなく隣に並ぶ。

庭の片隅から以前の野良猫がちらりと顔を出し、ささっと走り去る。


「あの子たまに見かけるんです。餌付けしていらっしゃいませんよね?」

「ふふふ」


五曜は笑うばかりで否定しない。こみつは疑いの眼差しを向けた。


「今日、とても楽しそうに過ごしていたね」

「え?」

「料理長から聞いたよ。昨晩はこみつと献立を決めたって」


こみつはきょとんとする。
客人を迎えるにあたって、北辰と五曜の好物をそれぞれ提案した。それでも最終的にはみんなで話し合って決めたし、料理を作ったのは料理長だ。こみつはすこし口を挟んだだけ。


「うれしかったんだ」


五曜が言う。


「前はこみつはずっと遠慮していたし、はじめの女中たちはとんでもなかったし。でも戻ってきてから屋敷の中もこみつ自身もとても明るくなった。そしてちゃんと使用人たちを先導してくれている。それって、こみつが添島の家に馴染んでくれたってことだよね」

「それは、彼らがちゃんとわたしの話を聞いて行動してくれるからで…」

「そんなの雇われているなら当然のことだよ。こみつが言うから意味がある」


そうだろうか。そうかもしれない。
こみつは椿のように強くなりたいと思って、それでこの屋敷の女主人として使用人たちを主導できるようになったというなら、成功できたのかもしれない。


「そうでしょうか」


こみつはちょっとだけ声と顔を綻ばせる。


「昨日の話だけど」


五曜はすこしだけ声と表情を固くさせる。


「私達の婚姻が北辰の指示だって話、祝言のときに聞いてしまったって言ってたよね?」

「ええ。まあ、その前からなにか裏があるかなって思ってましたけど」


こみつがそう言うと、五曜は「ああー…」と顔を手で覆った。


「こみつが本家に行ってしまったとき、母さんから言われたんだ。こみつは使用人も、夫である私のことも信用していないと」


五曜の母である椿がそんなことを言っていたなんて。こみつは目を丸くする。


「お義母様が?」

「そのときの私は何を言っているんだと歯牙にもかけなかった。でもそうだよね。そんな風に思っていたのなら、信用なんてされなくて当然だ」


五曜は落ち込んだ声で言う。その横顔を眺めながら、こみつは「そうですね」と頷いた。


「正直がっかりしました。五曜様のことは全然好きじゃなかったけど、北辰様のご友人として多少ながら知っておりましたので。まあ全然好みでもなかったですけど」

「う……っ!」

「しかも五曜様はわたしに向けてよく謝っていたじゃないですか。謝るくらいならはじめから結婚などしなければいいのに、と何度も思いました」

「うう…っ!!」


五曜は胸を強く押さえて項垂れる。致命傷だ。苦しくて堪らない。


「……こみつは、まだ北辰が好き?」


どうせ苦しいのなら同じだと五曜は死にそうな声でそれを口にした。
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