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第十二話

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 コンコンコンコン、と扉をノックしてから、ヴィンスは中のヘンリーに声をかけた。
「おはようございます、ヘンリー殿。ちょっとお時間よろしいですか」

 ヘンリーの自室に招かれたヴィンスは、出されたお茶を一口飲んでから話し始めた。
「昨晩はお父上に余計な話をしてしまったようで、申し訳ありませんでした」
「いえ、ダグラスさんは実際に起こった話をされただけですから、お気になさらないでください。父を怒らせてしまったのは、自分の行いが原因ですので……」

 ヴィンスはそのまま話の核心に迫ることにした。
「ヘンリー殿は、婚約者であられるジェニー嬢とは長いお付き合いなんですか?」
「実のところ、婚約の話が出たのもアカデミーに入学する直前なので、この2年ほどです。兄は幼い頃から義姉と交流がありましたが、僕は次男なんで、父にとって僕の婚約はさほど重要じゃなかったんでしょうね。たまたまアカデミーの同級生に、我が家の交易ルート上に領地を持つワトソン子爵のご令嬢が居る、という事で決められた婚約です」
「なるほど。……実に聞き辛い質問なのですが、昨日お会いしたエマさんとの方が親しくお付き合いをされている、のでしょうか?」
ヴィンスの些か不躾な質問に、ヘンリーは困ったような笑顔を見せた。
「ははっ。昨日の様子を見られたダグラスさんには隠さずにお答えするしかないですよね。ええ、エマとはとても親しくしています」
「そうでしょうね。私も昨日のあなた方の様子を見てわかっていました。夕食時に差し出がましくお父上に意見をしてしまったくらい、確信を持っていました」
「……エマとは、本当に気が合うんですよ。何というか、心と心が繋がっているような。それに、何度も会っているエマの家族も良い人たちで、彼らと過ごす時間は僕にとって掛け替えのないものなんです」
「しかしヘンリー殿。お父上のお言葉はご最もですよ。あなたは現在、ジェニー嬢と婚約中なのでしょう?」
「ええ、ええ。わかっています。僕だって爵位家の端くれですから、自分の立場も、父の駒としての役割も、頭ではわかっているんです。でも、エマやその家族たちと過ごす内に、父の期待通りに人生を送っている兄や、社交界の中心に君臨して家門に貢献している母のように、この家の駒の一つとして生きるのが幸せなのか、と疑問に思ってしまったのです」
「では、この伯爵家から離脱する覚悟はおありですか?」
「え……⁈どういう意味ですか?」

 戸惑うヘンリーに対し、実は、とヴィンスが続ける。
「王都のあちこちを視察に回っていますので、いろんな情報を耳にする事ができました。その中で、昔この国の王太子が、婚約者に多大なる慰謝料を払って婚約を解消し、王位継承権どころか身分も捨てて想い人と一緒になった、という出来事があったと聞きました。ヘンリー殿は、それだけの覚悟はお持ちですか?」

 ヴィンスの話に、ヘンリーは深刻そうな表情を浮かべて考え込んでいた。
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