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第一章
条件
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妖退治を終え、再び屋敷に戻ってきたカイリ、小花、時之介。門番は彼らの姿を見つけると、大急ぎで夫人を呼びに屋敷の中へと入っていった。
「皆さん戻られたのですね! 良かった」
「ご主人に取り憑いていた妖の退治は、無事に終わりました。もう大丈夫です。医術師が到着するまでは、私が気の巡りを確認いたします。それから、一度妖に取り憑かれると、しばらくの間妖の標的になりやすい。この者はまだ若いですが、結界術の腕は確かです。屋敷の各所に結界の札を貼り侵入を防ぎましょう」
時之介の頬がほんのり赤く染まる。
「わかりました。結界師様、よろしいですか?」
「あっ、は、はい!」
時之介は、使用人と共に屋敷の奥へと入っていった。
「あの……このお嬢さんはケガを?」
夫人は、目隠しをした小花を指摘した。
今の彼女は前が見えないため、転ばないようにカイリが手に持つ杖の先を遠慮がちに掴んでいる。
「大丈夫です。この者は、昼間にお話ししました私の連れです。それから、結界師は私と同じ部屋を使わせていただいてもよろしいでしょうか。お願いしていた人数より増えてしまい申し訳ありません」
夫人は気にしなくても大丈夫だとカイリに答えると、別の使用人に小花を部屋に案内するように伝えた。しかし、目隠しをした小花はなかなか動こうとしない。差し出された使用人の手を拒むように、杖を握る手に力を込めた。
(仕方ない……連れていくか)
「すみません、この者も同席して構いませんか?」
夫人は同行者が一人増えようが二人増えようがまったく問題ないようで、一度頷くと「さっ、行きましょう」と二人を連れて主人の部屋へと向かった。
◇◇◇
「……ふぅ」
息を漏らしたカイリは、優しく握っていた屋敷の主人の手をゆっくりと戻した。
「気の巡りは、一通り整えました。二、三日もすれば目を覚ますでしょう。決して無理をしてはいけません。ゆっくり養生なさってください」
ホッとした夫人の目からは涙が溢れ、両手を床につきカイリに向かって深く頭を下げた。
「奥様。気になることがあるので、あの琥珀をもう一度拝見したいのですが」
「琥珀……ですか? は、はい……どうぞ」
カイリは手渡された琥珀をじっくり眺める。
(やっぱり……)
妖気を放っていた琥珀は、中身が空っぽになっている。今は何も感じない、ただの琥珀だ。
「今回のことは、この琥珀が原因かと」
「でも、この琥珀はお礼に頂いた物で、主人は人助けをしたんですよ?」
「悪意があってのことなら、人としてあるまじき行為です。これをご主人に渡した人物について何か聞いていませんか? 性別や外見、どんなことでも構いません」
「……女性ではないと思います」
夫人は少し言いにくそうに下を向いた。
「この歳にもなってお恥ずかしいのですが、主人が若い女性を助けてお礼をもらったのかと、少しやきもちを焼きまして……」
夫人が相手について尋ねると、主人は老人だと答えたそうだ。深く頭巾を被っていたため顔は見えなかったが、声と琥珀を持つ手から多分男性ではないか、とのことだった。
「主人がこのことを知ったら、とても傷つくはずです」
「そうですね……原因が琥珀だということは、伝えても伝えなくてもどちらでも構いません。お任せします。差し支えなければ、この琥珀を持ち帰って調べてもよろしいですか」
「いいえ、差し上げます! こんな物騒な物、いりません」
夫人が激しく首を横に振った時だった。
――グゥゥウ……キュルキュルキュル……
静かな部屋に、絞り出すような音が響いた。まったくもって、この場に相応しくない音だ。
(お腹の……音? まさか……)
「……お、お話し中に、すみません」
小花は見えていないはずのカイリと夫人の視線を避けるように、ぎゅっとお腹を押さえて俯いている。力の入った唇は一文字になり、頬は真っ赤だ。この時ばかりは、目隠しをしていて良かったと思っただろう。
――グルグルグルゥゥウ!!
すぐさま第二弾が鳴り響く。
お腹が空いたのか……と眉を下げたカイリだったが、『いや、さっき結構食べてたぞ』と真顔に戻る。
その間も、小花はお腹をさすったり揉んだり、ポカポカと軽く叩いたり。オロオロしながらどうにかしてお腹の音を止めようと慌てふためいていたが、次の瞬間、すべての努力は呆気なく砕け散った。
――グゥォォオオオオ!!!!
「……!?」
見間違いだろうか、意識の無い屋敷の主人の指先がピクッと動いた気がする。
目を見開いたカイリと夫人の視線の先で、小花はポンポコとお腹を叩く狸のように固まったままだ。
(み、見ちゃダメだ……見るな俺……)
カイリは口の端が動くのを必死でこらえた。少し強めに拳を口元に押しつけていたが……
「――グッ」
我慢しきれなかった。
小花はピクリと反応すると、自分を笑った犯人に向かってゆっくり顔を動かしていく。首を傾げてにんまりと笑ってみせた。
まるで、『えっ? ひょっとして、今笑ったのかな』とでも言いたげな視線を目隠しの下から感じる。恐怖だ……先ほど退治した妖よりよっぽど怖い。
慌てて顔を背けたカイリの耳に、小さな笑い声が届いた。
「食事にしましょうか」
小花のお腹の音は、この夫婦が再び日常を取り戻した合図となったようだ。夫人は穏やかに微笑んだ。
◇◇◇
「お下げしますね」
片づけられていく空になったお椀やお皿。お腹が満たされた三人だったが、カイリと小花の二人はずっと浮かない様子だ。
「ごはんも食べ終わったし小花は部屋に行く? 目隠ししたままは危ないから、僕が連れて行こうか?」
「う――」
「話がある」
カイリは小花の返事を遮った。
「…………うん」
「どうして言わなかった。今夜赤眼だとバレなければ、そのまま別れるつもりでいたのか?」
いつも冷静に話すカイリの口調が荒ぶっている。
「ごめんなさい! カイリの力になりたかったけど、赤眼のことは外の人に言っちゃダメだって術師様が……。カイリが赤眼を探している理由もわからなかったし、たくさん助けてもらったのに本当にごめんなさい」
部屋の空気が重い……。
妖退治も終わりお腹も満たされた。あとは寝るだけだと思っていたのは、時之介だけだったらしい。
「ちょ、ちょっと待って! とりあえず二人とも、伝えてなかったことを全部話そうよ」
「……確かに理由は話してなかった。一方的に責めてすまない」
「ごめんね、僕は部外者だけど話に入らせてもらうよ。茶屋で僕もカイリから赤眼について聞かれたけど、赤眼を探している理由は何? まずはそこから聞かせてもらえる?」
時之介は二人が落ち着いて話せるように、その場を仕切った。
「……この先の北部に……泰土という町がある。俺の家は代々そこで祓除師をしてきた」
「泰土って術師の町だよね! 僕聞いたことあるよ」
「うん。半年ほど前に、泰土の北の山を切り開くことになったんだ。でも、その山には大蛇の妖が住み憑いていて――」
カイリと彼の父を含めた十数名の術師が退治に向かったが、大蛇は驚くほど強かった。
カイリの父と相打ちになった大蛇は『お前の最も愛する者に取り憑き殺す』と言い残して逃げ去り、深傷を負った父はそのすぐあとに力尽き……死んだ。
カイリはなんとかこの事を知らせようと、残りの力を振り絞って使い魔を送ったが、すでに妖が母に取り憑いたあとだった。
「茶屋で言ってた上級っていうのは、その大蛇の妖だったんだね」
カイリは小さく頷いた。
「力なんて残ってないはずなのに、何度祓除を試してもダメなんだ。深く絡みついて母から離れない……。どんな妖も浄化する『赤眼の一族』を信じて、俺はここまで旅してきたんだ」
カイリは小花を見据える。
「小花、お前は俺が探している赤眼の一族で間違いないか?」
小花の頭がゆっくり縦に揺れた。
「…………うん、間違いない。でも、少し違ってる」
カイリは見開いた目を細めた。
「赤眼の一族って言うけど、一族の中でも赤眼が生まれるのは数百年に一度。力が使えるのはその一人だけで、赤眼を持たない人たちは陰の気と妖を引き寄せること以外、普通の人と何も変わらないの」
「じゃあ、今赤眼なのは……」
「うん。多分、今この世に存在する赤眼は私だけ。力を使えるのも……私だけ。それにね、いつでも力が使えるわけじゃない、条件がいくつかあるの。時之介、この部屋から月が見えるかな」
時之介は障子を開けて縁側から空を見上げる。
「うん、ここから見えるよ」
「じゃあ、私をそこまで連れていってもらえる? あと、カイリはこの旅で使った封印の札を全部出して」
「わかった」
二人は言われたとおりに動き、小花は縁側に腰を下ろした。
「浄化するために必要な一つ目の条件は『満月の夜』であること……それ以外の日の夜は赤くならないの。それから、二つ目の条件は『浄化する対象が動かないこと』」
「動かなければ封印されていなくても?」
「うん、封印に使った札や物はもちろん、取り憑かれた状態でも。もっと言えば、動かなければ妖のままでも大丈夫」
(本当にそんなことが……)
カイリは胸が高鳴っていくのを感じた。これから小花がしようとしていることに期待が膨らみ、ぞわぞわと気持ちが疼く。
小花はするりと目隠しをほどくと、瞼を閉じたまま「カイリ、お札をもらってもいい?」と呟いた。
「三つ目の条件は、『赤眼に満月を映した状態で対象物に触ること』。動くものがダメなのはそのため……」
小花は封印の札を手にすると、目を開けて月を見上げた。
――赤眼に満月が映る。
一つ、また一つ、封印の札から湧き出る小さな光。
数匹の蛍のようなその光は小花の周りをふわり、ふわりと漂い、カイリと時之介が瞬きもせずに見入っていたその時――。
封印の札から一気に光が溢れ出した。何百、何千、いや、何万もの小さな光が小花の手から舞い上がり部屋中を埋め尽くしていく。眩いほどに輝き、体が星屑の中に浮かんでいるかのような息を呑むほどの幻想的な情景。
その光は次第に外へ向かい上空へ昇ると、すべての光が天へ還っていった――。
「な、な、何今の!? 僕こんなにすごいの初めて見た! 小花すごいよ! 息するのも忘れてた!」
浄化は他の術と違って手順も多く難しい。妖の種類によっては浄化を終えるまでに何時間も術を使い続けることもあるのだ。
それをこんなにも簡単にやり遂げた。
(すごいなんてもんじゃない……)
小花は少し不安そうな表情を浮かべ、カイリの方を向いた。遠慮がちに時々伏し目になりながら、何か声をかけてもらうのを待っている。
「…………こんなに美しい浄化は初めて見た」
小花は顔を赤らめて俯くと、「二人ともありがとう」と照れながら小さく答えた。
「小花、俺と一緒に泰土に来てほしい。お前しか頼める者がいない……母を助けてください」
「えっ、ちょっと、顔上げて! カイリが助けてくれたように、私もカイリを助けたい! だからいつまでも頭下げてないで、ねっ?」
「ありが……とう」
「……うん」
小花は下を向いたままのカイリの声と肩がわずかに震えていたのに気がついたようだった。
カイリは一度鼻をすすると、平常心を取り繕って顔を上げる。
「お前の夢を邪魔して申し訳ない。このお礼は必ずする。泰土までにかかる費用も俺がすべて出すから、心配しないでほし――」
「ちょーっと待って!!」
突然割って入ってきた時之介に、カイリと小花はぽかんと振り向いた。
「僕も! 僕も一緒に行きたい! 小花を守る結界師が必要でしょ?」
これはまた、何やらほかの狙いがあるようだ。
カイリは時之介が張った結界を思い出して少し考える。
(いい結界を張っていたな……)
「わかった。時之介も一緒に行こう。母の浄化が終わるまでよろしく頼む」
時之介は承諾してもらい『わぁっ』と顔をほころばせながら、もう一声カイリの口から出てくるのを待っている。
「もちろん、結界師としての仕事分は支払うから安心しろ」
カイリは微笑んだ。
「やったぁ!! よろしく、カイリ、小花!!」
よっぽど嬉しかったのか、時之介は両手に拳を作るとグッと力を込めた。
「よろしくね、時之介! ――と、ところで話は変わるんだけど……私、一人で寝るのが怖くて、一緒にここで寝てもいい?」
「いーよいーよ、今日は怖い思いしたもんね。僕、家族で寝てたから大勢で寝る方が落ち着くし、やっぱり一人は寂しいよね」
「そうそう、寂しいよね。良かったぁ」
「おい、勝手に決める――」
「あっ、僕少しやることがあるから先寝てて」
「何するの?」
「あのね――」
「…………」
二人にはカイリの言葉がまったく聞こえていないようだ。
いつものカイリならここでもう一言注意するだろう。しかし、今夜の彼は違う。クスッと笑って目を細めた。
「皆さん戻られたのですね! 良かった」
「ご主人に取り憑いていた妖の退治は、無事に終わりました。もう大丈夫です。医術師が到着するまでは、私が気の巡りを確認いたします。それから、一度妖に取り憑かれると、しばらくの間妖の標的になりやすい。この者はまだ若いですが、結界術の腕は確かです。屋敷の各所に結界の札を貼り侵入を防ぎましょう」
時之介の頬がほんのり赤く染まる。
「わかりました。結界師様、よろしいですか?」
「あっ、は、はい!」
時之介は、使用人と共に屋敷の奥へと入っていった。
「あの……このお嬢さんはケガを?」
夫人は、目隠しをした小花を指摘した。
今の彼女は前が見えないため、転ばないようにカイリが手に持つ杖の先を遠慮がちに掴んでいる。
「大丈夫です。この者は、昼間にお話ししました私の連れです。それから、結界師は私と同じ部屋を使わせていただいてもよろしいでしょうか。お願いしていた人数より増えてしまい申し訳ありません」
夫人は気にしなくても大丈夫だとカイリに答えると、別の使用人に小花を部屋に案内するように伝えた。しかし、目隠しをした小花はなかなか動こうとしない。差し出された使用人の手を拒むように、杖を握る手に力を込めた。
(仕方ない……連れていくか)
「すみません、この者も同席して構いませんか?」
夫人は同行者が一人増えようが二人増えようがまったく問題ないようで、一度頷くと「さっ、行きましょう」と二人を連れて主人の部屋へと向かった。
◇◇◇
「……ふぅ」
息を漏らしたカイリは、優しく握っていた屋敷の主人の手をゆっくりと戻した。
「気の巡りは、一通り整えました。二、三日もすれば目を覚ますでしょう。決して無理をしてはいけません。ゆっくり養生なさってください」
ホッとした夫人の目からは涙が溢れ、両手を床につきカイリに向かって深く頭を下げた。
「奥様。気になることがあるので、あの琥珀をもう一度拝見したいのですが」
「琥珀……ですか? は、はい……どうぞ」
カイリは手渡された琥珀をじっくり眺める。
(やっぱり……)
妖気を放っていた琥珀は、中身が空っぽになっている。今は何も感じない、ただの琥珀だ。
「今回のことは、この琥珀が原因かと」
「でも、この琥珀はお礼に頂いた物で、主人は人助けをしたんですよ?」
「悪意があってのことなら、人としてあるまじき行為です。これをご主人に渡した人物について何か聞いていませんか? 性別や外見、どんなことでも構いません」
「……女性ではないと思います」
夫人は少し言いにくそうに下を向いた。
「この歳にもなってお恥ずかしいのですが、主人が若い女性を助けてお礼をもらったのかと、少しやきもちを焼きまして……」
夫人が相手について尋ねると、主人は老人だと答えたそうだ。深く頭巾を被っていたため顔は見えなかったが、声と琥珀を持つ手から多分男性ではないか、とのことだった。
「主人がこのことを知ったら、とても傷つくはずです」
「そうですね……原因が琥珀だということは、伝えても伝えなくてもどちらでも構いません。お任せします。差し支えなければ、この琥珀を持ち帰って調べてもよろしいですか」
「いいえ、差し上げます! こんな物騒な物、いりません」
夫人が激しく首を横に振った時だった。
――グゥゥウ……キュルキュルキュル……
静かな部屋に、絞り出すような音が響いた。まったくもって、この場に相応しくない音だ。
(お腹の……音? まさか……)
「……お、お話し中に、すみません」
小花は見えていないはずのカイリと夫人の視線を避けるように、ぎゅっとお腹を押さえて俯いている。力の入った唇は一文字になり、頬は真っ赤だ。この時ばかりは、目隠しをしていて良かったと思っただろう。
――グルグルグルゥゥウ!!
すぐさま第二弾が鳴り響く。
お腹が空いたのか……と眉を下げたカイリだったが、『いや、さっき結構食べてたぞ』と真顔に戻る。
その間も、小花はお腹をさすったり揉んだり、ポカポカと軽く叩いたり。オロオロしながらどうにかしてお腹の音を止めようと慌てふためいていたが、次の瞬間、すべての努力は呆気なく砕け散った。
――グゥォォオオオオ!!!!
「……!?」
見間違いだろうか、意識の無い屋敷の主人の指先がピクッと動いた気がする。
目を見開いたカイリと夫人の視線の先で、小花はポンポコとお腹を叩く狸のように固まったままだ。
(み、見ちゃダメだ……見るな俺……)
カイリは口の端が動くのを必死でこらえた。少し強めに拳を口元に押しつけていたが……
「――グッ」
我慢しきれなかった。
小花はピクリと反応すると、自分を笑った犯人に向かってゆっくり顔を動かしていく。首を傾げてにんまりと笑ってみせた。
まるで、『えっ? ひょっとして、今笑ったのかな』とでも言いたげな視線を目隠しの下から感じる。恐怖だ……先ほど退治した妖よりよっぽど怖い。
慌てて顔を背けたカイリの耳に、小さな笑い声が届いた。
「食事にしましょうか」
小花のお腹の音は、この夫婦が再び日常を取り戻した合図となったようだ。夫人は穏やかに微笑んだ。
◇◇◇
「お下げしますね」
片づけられていく空になったお椀やお皿。お腹が満たされた三人だったが、カイリと小花の二人はずっと浮かない様子だ。
「ごはんも食べ終わったし小花は部屋に行く? 目隠ししたままは危ないから、僕が連れて行こうか?」
「う――」
「話がある」
カイリは小花の返事を遮った。
「…………うん」
「どうして言わなかった。今夜赤眼だとバレなければ、そのまま別れるつもりでいたのか?」
いつも冷静に話すカイリの口調が荒ぶっている。
「ごめんなさい! カイリの力になりたかったけど、赤眼のことは外の人に言っちゃダメだって術師様が……。カイリが赤眼を探している理由もわからなかったし、たくさん助けてもらったのに本当にごめんなさい」
部屋の空気が重い……。
妖退治も終わりお腹も満たされた。あとは寝るだけだと思っていたのは、時之介だけだったらしい。
「ちょ、ちょっと待って! とりあえず二人とも、伝えてなかったことを全部話そうよ」
「……確かに理由は話してなかった。一方的に責めてすまない」
「ごめんね、僕は部外者だけど話に入らせてもらうよ。茶屋で僕もカイリから赤眼について聞かれたけど、赤眼を探している理由は何? まずはそこから聞かせてもらえる?」
時之介は二人が落ち着いて話せるように、その場を仕切った。
「……この先の北部に……泰土という町がある。俺の家は代々そこで祓除師をしてきた」
「泰土って術師の町だよね! 僕聞いたことあるよ」
「うん。半年ほど前に、泰土の北の山を切り開くことになったんだ。でも、その山には大蛇の妖が住み憑いていて――」
カイリと彼の父を含めた十数名の術師が退治に向かったが、大蛇は驚くほど強かった。
カイリの父と相打ちになった大蛇は『お前の最も愛する者に取り憑き殺す』と言い残して逃げ去り、深傷を負った父はそのすぐあとに力尽き……死んだ。
カイリはなんとかこの事を知らせようと、残りの力を振り絞って使い魔を送ったが、すでに妖が母に取り憑いたあとだった。
「茶屋で言ってた上級っていうのは、その大蛇の妖だったんだね」
カイリは小さく頷いた。
「力なんて残ってないはずなのに、何度祓除を試してもダメなんだ。深く絡みついて母から離れない……。どんな妖も浄化する『赤眼の一族』を信じて、俺はここまで旅してきたんだ」
カイリは小花を見据える。
「小花、お前は俺が探している赤眼の一族で間違いないか?」
小花の頭がゆっくり縦に揺れた。
「…………うん、間違いない。でも、少し違ってる」
カイリは見開いた目を細めた。
「赤眼の一族って言うけど、一族の中でも赤眼が生まれるのは数百年に一度。力が使えるのはその一人だけで、赤眼を持たない人たちは陰の気と妖を引き寄せること以外、普通の人と何も変わらないの」
「じゃあ、今赤眼なのは……」
「うん。多分、今この世に存在する赤眼は私だけ。力を使えるのも……私だけ。それにね、いつでも力が使えるわけじゃない、条件がいくつかあるの。時之介、この部屋から月が見えるかな」
時之介は障子を開けて縁側から空を見上げる。
「うん、ここから見えるよ」
「じゃあ、私をそこまで連れていってもらえる? あと、カイリはこの旅で使った封印の札を全部出して」
「わかった」
二人は言われたとおりに動き、小花は縁側に腰を下ろした。
「浄化するために必要な一つ目の条件は『満月の夜』であること……それ以外の日の夜は赤くならないの。それから、二つ目の条件は『浄化する対象が動かないこと』」
「動かなければ封印されていなくても?」
「うん、封印に使った札や物はもちろん、取り憑かれた状態でも。もっと言えば、動かなければ妖のままでも大丈夫」
(本当にそんなことが……)
カイリは胸が高鳴っていくのを感じた。これから小花がしようとしていることに期待が膨らみ、ぞわぞわと気持ちが疼く。
小花はするりと目隠しをほどくと、瞼を閉じたまま「カイリ、お札をもらってもいい?」と呟いた。
「三つ目の条件は、『赤眼に満月を映した状態で対象物に触ること』。動くものがダメなのはそのため……」
小花は封印の札を手にすると、目を開けて月を見上げた。
――赤眼に満月が映る。
一つ、また一つ、封印の札から湧き出る小さな光。
数匹の蛍のようなその光は小花の周りをふわり、ふわりと漂い、カイリと時之介が瞬きもせずに見入っていたその時――。
封印の札から一気に光が溢れ出した。何百、何千、いや、何万もの小さな光が小花の手から舞い上がり部屋中を埋め尽くしていく。眩いほどに輝き、体が星屑の中に浮かんでいるかのような息を呑むほどの幻想的な情景。
その光は次第に外へ向かい上空へ昇ると、すべての光が天へ還っていった――。
「な、な、何今の!? 僕こんなにすごいの初めて見た! 小花すごいよ! 息するのも忘れてた!」
浄化は他の術と違って手順も多く難しい。妖の種類によっては浄化を終えるまでに何時間も術を使い続けることもあるのだ。
それをこんなにも簡単にやり遂げた。
(すごいなんてもんじゃない……)
小花は少し不安そうな表情を浮かべ、カイリの方を向いた。遠慮がちに時々伏し目になりながら、何か声をかけてもらうのを待っている。
「…………こんなに美しい浄化は初めて見た」
小花は顔を赤らめて俯くと、「二人ともありがとう」と照れながら小さく答えた。
「小花、俺と一緒に泰土に来てほしい。お前しか頼める者がいない……母を助けてください」
「えっ、ちょっと、顔上げて! カイリが助けてくれたように、私もカイリを助けたい! だからいつまでも頭下げてないで、ねっ?」
「ありが……とう」
「……うん」
小花は下を向いたままのカイリの声と肩がわずかに震えていたのに気がついたようだった。
カイリは一度鼻をすすると、平常心を取り繕って顔を上げる。
「お前の夢を邪魔して申し訳ない。このお礼は必ずする。泰土までにかかる費用も俺がすべて出すから、心配しないでほし――」
「ちょーっと待って!!」
突然割って入ってきた時之介に、カイリと小花はぽかんと振り向いた。
「僕も! 僕も一緒に行きたい! 小花を守る結界師が必要でしょ?」
これはまた、何やらほかの狙いがあるようだ。
カイリは時之介が張った結界を思い出して少し考える。
(いい結界を張っていたな……)
「わかった。時之介も一緒に行こう。母の浄化が終わるまでよろしく頼む」
時之介は承諾してもらい『わぁっ』と顔をほころばせながら、もう一声カイリの口から出てくるのを待っている。
「もちろん、結界師としての仕事分は支払うから安心しろ」
カイリは微笑んだ。
「やったぁ!! よろしく、カイリ、小花!!」
よっぽど嬉しかったのか、時之介は両手に拳を作るとグッと力を込めた。
「よろしくね、時之介! ――と、ところで話は変わるんだけど……私、一人で寝るのが怖くて、一緒にここで寝てもいい?」
「いーよいーよ、今日は怖い思いしたもんね。僕、家族で寝てたから大勢で寝る方が落ち着くし、やっぱり一人は寂しいよね」
「そうそう、寂しいよね。良かったぁ」
「おい、勝手に決める――」
「あっ、僕少しやることがあるから先寝てて」
「何するの?」
「あのね――」
「…………」
二人にはカイリの言葉がまったく聞こえていないようだ。
いつものカイリならここでもう一言注意するだろう。しかし、今夜の彼は違う。クスッと笑って目を細めた。
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