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第二章
親しい仲
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習慣とは恐ろしいもので、カイリの足は無意識に訓練場へと向かっていた。
門の辺りの人影に気づいて振り向けば、そこにいたのは用事を済ませて三堂に戻ってきた一華だった。
「一華様! おかえりなさい」
「カイリ」
一華は微笑んで軽く頭を下げた。
一華が泰土に来ているという噂はあっという間に広がり、治療や指導の依頼が滞在先である三堂に殺到した。
彼女が在籍している万平院の理念の一つが『医師の育成』。
多くの人が平等に質の良い治療を受けられる世の中を目指して、万平院の優秀な医師たちは各地に赴き、その土地の医師に万平院が代々培ってきた知識や技術を惜しみなく伝授する活動を行なっている。
一華も医師として働きながら、各地を巡る生活をこの数年続けているそうだ。
カイリたち以外にも患者を抱え、調合の知識や症状の見極めなど医師たちに知識を伝授する日々はとても忙しい。しかし、疲れた様子を周りに見せることはなく、どんな時も凛とした姿に変わりはない。彼女の医師としての信念と高い志にカイリは敬服せずにはいられなかった。
「一華様、泰土で風邪や食中毒が流行っていると聞きました。お忙しいと思いますが、お休みになっていますか?」
「ええ、ちゃんと休んでいますよ。お気遣いありがとう」
「いえ……」
一華に見られるとなんとなく恥ずかしい。カイリは視線を下に落とした。
「清流は? もしかして……」
「訓練場にいらっしゃいます。今すぐお呼びしましょうか?」
ため息を漏らして首を横に振った一華は、訓練場に連れていってほしいとカイリに頼んだ。
並んで歩く一華は噂どおり聡明で、背筋を伸ばして歩く姿は彼女の美しさをより際立たせている。すでに何度も顔を合わせているが、カイリは会うたびに彼女の美しさに見入ってしまっていた。
「カイリ、体の方はどうですか?」
「もうすっかり良くなりました。小花も快方に向かっていますし、母はもう普通に生活しています。一華様にはとても感謝しています」
一華は一度だけ頷き、控えめな笑顔を見せる。会話を二つ三つ続けたカイリたちは、訓練場の前で足を止めた。
半球の結界が張られ、その中で清流は白狼と撃ち合っている。
高身長で見た目以上に筋肉のついた体ではあるが、その動きは滑らかでまるで舞を舞っているかのように美しい。練色の髪が軽やかに揺れ、現実と切り離された別世界のようだ。
「カイリ……、清流は素晴らしい術師です。彼からたくさん学んでください。そして、目を覚ました母君のためにも、この三堂を継いで安心させてあげられると良いですね」
「はい……」
まだカイリの心の中には当主になることへの迷いがあるため、頼りなく弱々しい返事となってしまった。
「――あっ、一華! おかえり!」
こちらに気づいた清流が、白狼を収め笑顔で駆けてくる。清流と一華が見交わした時、カイリは思わずドキッとしてしまった。
「清流、ただいま」
常に冷静な彼女が、可憐な少女のように笑ったからだ。そしてコロッと表情を変えて「せぇーりゅー!!」と腰に手を当てて睨みを利かせている。
「あなた、私が言った言葉忘れたの?」
「えっ? 何か言ってたかな……」
清流は、お得意の苦笑いを浮かべ、一華の怒りを回避するつもりだ。
「ほら、やっぱり聞いてない! 訓練はしてもいいけど、激しい動きはダメ。見せて」
一華が清流の左袖を捲り上げると、包帯の巻かれた二の腕が現れた。
「師匠、そのケガ! 大丈夫なのですか!?」
「ええ、全然大丈夫ですよ」
にこにこ笑う清流に対して、一華の表情が更に険しくなった。
「大丈夫じゃない! あんなにえぐれていたのよ……」
尻すぼみになっていく一華の声。下を向いて黙ってしまった彼女の震える睫毛に気づいたカイリは、一華が泣いてしまったのかと思った。
誰にでも淡々と接していた彼女からは、想像もつかない人間味溢れる姿。清流を見るその目は、カイリたちに向けられるものとまるで違う。
「一華、本当にもう大丈夫だから……あっ、ほら、白湯! 一華も飲む? 疲れは頭痛の元、一緒に休憩しよう」
清流の敬語でない喋りも、彼女が特別だということを意味しているのだろう。
「それを言うなら風邪は万病の元……でも先に包帯変えなくちゃ……汗で濡れてる」
「そうだね、包帯変えてもらおうかな」
清流はくれぐれも激しい訓練を控えるようにカイリに念を押すと、一華と共に訓練場をあとにした。
◇◇◇
二人が立ち去ったあと、カイリは訓練場に黒狐を放って自由に遊ばせ、自分は脇の木陰に腰を下ろした。何を考えるわけでもなく、ぼうっと空を眺める。
ほんの少し瞼を閉じていたはずが、いつの間にか意識の浅いところをふわふわと漂っていたようだ。カイリは両脇に誰かが座ったことで、一気に目を覚ました。
「あっつー。カイリー、蝉黙らせて」
「それができるなら、とっくに私がやってる。誰も風の札持ってないとか地獄ね……」
と、右のキョウに左の響。
訓練場には彼らの使い魔である白狐と赤狐も放たれ、黒狐とじゃれ合っている。
本格的に修行を再開して早く実力を上げたい三人だが、まだ激しく体を動かすことを禁じられているため、できることが限られている。
思いっきり動けない物足りなさとこの暑さ。監視役がいなければ締まりもなくなり、木陰で雑談することが多くなるのも無理はない。騒がしい蝉の鳴き声がピタリと止んだ時、響が口を開いた。
「小花、いい子だね」
「うん」
すると、キョウもすかさず質問する。
「なあ、あの子って何者? ただの浄化師じゃないよね」
「……そのうち知盛様が俺たちを呼ぶだろうから、その時に話す」
会話は膨らまず、早々に途切れてしまった。再び鳴き始めた蝉の声だけが、耳を刺激し続ける。
「――じゃあ、カイリは小花のことどう思ってるの?」
「えっ……」
彼らは赤ん坊の頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染。カイリが今に至るまで響以外の女の子とほぼ無縁だったことはよく知っている。
そのカイリが初めて女の子を連れてきた。
たとえ目的が母親に取り憑いた妖を浄化するためだったとしても、ケガをした彼女の部屋に毎日足を運び、世話を焼いてとても大事にしているのだ。キョウと響にとって大事件だったに違いない。
実際、双子が知りたかったのは先ほどの質問よりもこちらではないだろうか。
質問の主である響は、大好物の恋話がまさかカイリの口から聞けるのかと、体を前のめりにして瞳を輝かせている。キョウはそれほど興味津々といった様子は見せず、両手を後ろについたまま視線だけをカイリに向けた。
「どうって……」
(どう思ってるんだろう……)
確かに小花は可愛い。何度も胸が高鳴った。小花が死んでしまうと思った時、とても冷静ではいられなかった。
特別だと感じてはいる。
「あの子結構可愛いじゃん? 俺は好きだけどなぁ」
考え悩むカイリに対して、キョウが痺れを切らしたらしい。後ろに反らしていた体を前に傾け、カイリの顔を覗き込んで煽るように微笑んだ。
「お前は女なら誰でも好きだろ……でも、一華様にはグイグイいかないんだな」
「ああ……」
キョウは一瞬明後日の方向に視線を向けたが、パッといつもの脳天気な顔に戻る。
「俺、勝ち目のない争いはしない主義なの」
「あっそう」
カイリと響の声が綺麗に揃った。
「そうだ、暇だし小花に会いに行こっかなー」
「暇じゃない! ほら、使い魔と陣の稽古があるだろ。それに、あんまり小花に構うなよ……柊殿に怒られるぞ」
キョウは一瞬まじめな顔になると、次の瞬間「ふっ」と吹き出した。
「あははははは!! やめろよ、傷と腹が痛いって!!」
キョウの笑いはなかなか止まりそうにない。カイリは、なぜキョウが腹を抱えて笑っているのかわからずに、置いてけぼりをくらって目を丸くしている。
「あー苦しっ! なあ、それ本気で言ってる? 怒るのは『柊兄』じゃなくて『カイリ』の間違いでしょ。それに邪魔者は今、屋敷の裏でお仕事中ですよ。さーてと、小花のとこに遊びに行こっ」
「小花はまだ目が覚めてから日が浅いし、振り回すのはやめろよ。それに、なんで俺が怒るんだよ!」
「気になるなら、カイリも一緒に行く?」
キョウの余裕の表情にカイリの目が細められ、メラメラと怒りの炎が燃え上がる。
「キョウ……おま――」
「カイリー! 清流様にお客様ー!」
本日、来客対応の当番である時之介がカイリを呼んだ。一華同様に清流が三堂に滞在しているという噂も泰土中に流れてしまい、時折こうして客がやってくる。
話を中断されてカイリの心はスッキリしないままだが来客優先、仕方がない。カイリは残りの不満をこの一瞥にすべて注ぎ込むと、気持ちを切り替えた。
「ごめんね、話してる最中に」
「時之介、お疲れ様。弟子の申し込みと手合わせはお断りして。妖退治なら内容を聞いてから清流様に相談。しつこい客なら俺が断るよ」
「ありがとう、多分大丈夫。あとキョウ兄にもお客様……女の子の。お見舞いに来たって言ってるよ」
訓練場の端におめかしをした女の子が立っている。
悔しいがカイリと違ってキョウは女の子からの人気が高い。大蛇との戦いでケガを負ったキョウを心配して入れ代わり立ち代わり女の子が会いにくるのだ。
立ち上がったキョウは、時之介の頭をぐちゃぐちゃに掻き回して己の欲求を満たすと、爽やかな笑顔を纏って女の子のもとに歩いていった。
「ケガならとっくに治ってるくせに……」
「あの二重人格のどこがいいんだか。時之介、うちのバカ兄貴がごめんね」
カイリのぼやきに響も続く。
「僕、キョウ兄好きだよ」
ここに一人キョウの味方がいたようだ。
時之介は響に髪の毛を整えてもらうと、持ち場に戻っていった。
キョウは確かに軽いが、口下手なカイリは彼のように女の子と話すことはできない。
(キョウと話してるあの子、楽しそうだな……)
再び地面に座り込んだカイリは、嬉しそうに会話を弾ませる少女と小花を重ねて胸がぎゅっとなった。
「あのさ……静かな人より、よく喋る人の方が……す、好きだったりする?」
「…………え、ええっ!?」
カイリの質問の内容に、響は軽く叫んでしまった。膝を抱えて座るカイリは、顔の半分をうずめながら隣に座る響を横目で見ている。
「大声出してごめん。声が小さくてよく聞こえなかったから」
いや、全部ハッキリ聞こえている。
「だ、誰のこと?」
「普通の……女の人……」
カイリは、この手の話題になると途端に歯切れが悪くなってしまう。顔を半分隠しているが、彼の顔は真っ赤だ。恥を忍んで質問したというのに、肝心の響はこちらを食い入るように見ているだけで返事がない。
「ごめん、やっぱりいい。なんでもないから」
カイリはこの間に耐えきれずに反対側を向いてしまった。『聞かなきゃ良かった……』と後悔が押し寄せる。
「――静かな人が好きな子もいるよ。好みは人それぞれなんじゃない?」
少し遅れて返ってきた答えを聞いて、カイリはもう一度ゆっくり響に顔を向けた。
「うん」
おかしなことに、そのあとの響ときたらなぜかずっと口角が上がりっぱなしなのだ。カイリを見る目もいつもと違う気がする。
「何……?」
怪しむカイリに、響はそわそわしながら「ん? 別に」とだけ答えたのだった。
門の辺りの人影に気づいて振り向けば、そこにいたのは用事を済ませて三堂に戻ってきた一華だった。
「一華様! おかえりなさい」
「カイリ」
一華は微笑んで軽く頭を下げた。
一華が泰土に来ているという噂はあっという間に広がり、治療や指導の依頼が滞在先である三堂に殺到した。
彼女が在籍している万平院の理念の一つが『医師の育成』。
多くの人が平等に質の良い治療を受けられる世の中を目指して、万平院の優秀な医師たちは各地に赴き、その土地の医師に万平院が代々培ってきた知識や技術を惜しみなく伝授する活動を行なっている。
一華も医師として働きながら、各地を巡る生活をこの数年続けているそうだ。
カイリたち以外にも患者を抱え、調合の知識や症状の見極めなど医師たちに知識を伝授する日々はとても忙しい。しかし、疲れた様子を周りに見せることはなく、どんな時も凛とした姿に変わりはない。彼女の医師としての信念と高い志にカイリは敬服せずにはいられなかった。
「一華様、泰土で風邪や食中毒が流行っていると聞きました。お忙しいと思いますが、お休みになっていますか?」
「ええ、ちゃんと休んでいますよ。お気遣いありがとう」
「いえ……」
一華に見られるとなんとなく恥ずかしい。カイリは視線を下に落とした。
「清流は? もしかして……」
「訓練場にいらっしゃいます。今すぐお呼びしましょうか?」
ため息を漏らして首を横に振った一華は、訓練場に連れていってほしいとカイリに頼んだ。
並んで歩く一華は噂どおり聡明で、背筋を伸ばして歩く姿は彼女の美しさをより際立たせている。すでに何度も顔を合わせているが、カイリは会うたびに彼女の美しさに見入ってしまっていた。
「カイリ、体の方はどうですか?」
「もうすっかり良くなりました。小花も快方に向かっていますし、母はもう普通に生活しています。一華様にはとても感謝しています」
一華は一度だけ頷き、控えめな笑顔を見せる。会話を二つ三つ続けたカイリたちは、訓練場の前で足を止めた。
半球の結界が張られ、その中で清流は白狼と撃ち合っている。
高身長で見た目以上に筋肉のついた体ではあるが、その動きは滑らかでまるで舞を舞っているかのように美しい。練色の髪が軽やかに揺れ、現実と切り離された別世界のようだ。
「カイリ……、清流は素晴らしい術師です。彼からたくさん学んでください。そして、目を覚ました母君のためにも、この三堂を継いで安心させてあげられると良いですね」
「はい……」
まだカイリの心の中には当主になることへの迷いがあるため、頼りなく弱々しい返事となってしまった。
「――あっ、一華! おかえり!」
こちらに気づいた清流が、白狼を収め笑顔で駆けてくる。清流と一華が見交わした時、カイリは思わずドキッとしてしまった。
「清流、ただいま」
常に冷静な彼女が、可憐な少女のように笑ったからだ。そしてコロッと表情を変えて「せぇーりゅー!!」と腰に手を当てて睨みを利かせている。
「あなた、私が言った言葉忘れたの?」
「えっ? 何か言ってたかな……」
清流は、お得意の苦笑いを浮かべ、一華の怒りを回避するつもりだ。
「ほら、やっぱり聞いてない! 訓練はしてもいいけど、激しい動きはダメ。見せて」
一華が清流の左袖を捲り上げると、包帯の巻かれた二の腕が現れた。
「師匠、そのケガ! 大丈夫なのですか!?」
「ええ、全然大丈夫ですよ」
にこにこ笑う清流に対して、一華の表情が更に険しくなった。
「大丈夫じゃない! あんなにえぐれていたのよ……」
尻すぼみになっていく一華の声。下を向いて黙ってしまった彼女の震える睫毛に気づいたカイリは、一華が泣いてしまったのかと思った。
誰にでも淡々と接していた彼女からは、想像もつかない人間味溢れる姿。清流を見るその目は、カイリたちに向けられるものとまるで違う。
「一華、本当にもう大丈夫だから……あっ、ほら、白湯! 一華も飲む? 疲れは頭痛の元、一緒に休憩しよう」
清流の敬語でない喋りも、彼女が特別だということを意味しているのだろう。
「それを言うなら風邪は万病の元……でも先に包帯変えなくちゃ……汗で濡れてる」
「そうだね、包帯変えてもらおうかな」
清流はくれぐれも激しい訓練を控えるようにカイリに念を押すと、一華と共に訓練場をあとにした。
◇◇◇
二人が立ち去ったあと、カイリは訓練場に黒狐を放って自由に遊ばせ、自分は脇の木陰に腰を下ろした。何を考えるわけでもなく、ぼうっと空を眺める。
ほんの少し瞼を閉じていたはずが、いつの間にか意識の浅いところをふわふわと漂っていたようだ。カイリは両脇に誰かが座ったことで、一気に目を覚ました。
「あっつー。カイリー、蝉黙らせて」
「それができるなら、とっくに私がやってる。誰も風の札持ってないとか地獄ね……」
と、右のキョウに左の響。
訓練場には彼らの使い魔である白狐と赤狐も放たれ、黒狐とじゃれ合っている。
本格的に修行を再開して早く実力を上げたい三人だが、まだ激しく体を動かすことを禁じられているため、できることが限られている。
思いっきり動けない物足りなさとこの暑さ。監視役がいなければ締まりもなくなり、木陰で雑談することが多くなるのも無理はない。騒がしい蝉の鳴き声がピタリと止んだ時、響が口を開いた。
「小花、いい子だね」
「うん」
すると、キョウもすかさず質問する。
「なあ、あの子って何者? ただの浄化師じゃないよね」
「……そのうち知盛様が俺たちを呼ぶだろうから、その時に話す」
会話は膨らまず、早々に途切れてしまった。再び鳴き始めた蝉の声だけが、耳を刺激し続ける。
「――じゃあ、カイリは小花のことどう思ってるの?」
「えっ……」
彼らは赤ん坊の頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染。カイリが今に至るまで響以外の女の子とほぼ無縁だったことはよく知っている。
そのカイリが初めて女の子を連れてきた。
たとえ目的が母親に取り憑いた妖を浄化するためだったとしても、ケガをした彼女の部屋に毎日足を運び、世話を焼いてとても大事にしているのだ。キョウと響にとって大事件だったに違いない。
実際、双子が知りたかったのは先ほどの質問よりもこちらではないだろうか。
質問の主である響は、大好物の恋話がまさかカイリの口から聞けるのかと、体を前のめりにして瞳を輝かせている。キョウはそれほど興味津々といった様子は見せず、両手を後ろについたまま視線だけをカイリに向けた。
「どうって……」
(どう思ってるんだろう……)
確かに小花は可愛い。何度も胸が高鳴った。小花が死んでしまうと思った時、とても冷静ではいられなかった。
特別だと感じてはいる。
「あの子結構可愛いじゃん? 俺は好きだけどなぁ」
考え悩むカイリに対して、キョウが痺れを切らしたらしい。後ろに反らしていた体を前に傾け、カイリの顔を覗き込んで煽るように微笑んだ。
「お前は女なら誰でも好きだろ……でも、一華様にはグイグイいかないんだな」
「ああ……」
キョウは一瞬明後日の方向に視線を向けたが、パッといつもの脳天気な顔に戻る。
「俺、勝ち目のない争いはしない主義なの」
「あっそう」
カイリと響の声が綺麗に揃った。
「そうだ、暇だし小花に会いに行こっかなー」
「暇じゃない! ほら、使い魔と陣の稽古があるだろ。それに、あんまり小花に構うなよ……柊殿に怒られるぞ」
キョウは一瞬まじめな顔になると、次の瞬間「ふっ」と吹き出した。
「あははははは!! やめろよ、傷と腹が痛いって!!」
キョウの笑いはなかなか止まりそうにない。カイリは、なぜキョウが腹を抱えて笑っているのかわからずに、置いてけぼりをくらって目を丸くしている。
「あー苦しっ! なあ、それ本気で言ってる? 怒るのは『柊兄』じゃなくて『カイリ』の間違いでしょ。それに邪魔者は今、屋敷の裏でお仕事中ですよ。さーてと、小花のとこに遊びに行こっ」
「小花はまだ目が覚めてから日が浅いし、振り回すのはやめろよ。それに、なんで俺が怒るんだよ!」
「気になるなら、カイリも一緒に行く?」
キョウの余裕の表情にカイリの目が細められ、メラメラと怒りの炎が燃え上がる。
「キョウ……おま――」
「カイリー! 清流様にお客様ー!」
本日、来客対応の当番である時之介がカイリを呼んだ。一華同様に清流が三堂に滞在しているという噂も泰土中に流れてしまい、時折こうして客がやってくる。
話を中断されてカイリの心はスッキリしないままだが来客優先、仕方がない。カイリは残りの不満をこの一瞥にすべて注ぎ込むと、気持ちを切り替えた。
「ごめんね、話してる最中に」
「時之介、お疲れ様。弟子の申し込みと手合わせはお断りして。妖退治なら内容を聞いてから清流様に相談。しつこい客なら俺が断るよ」
「ありがとう、多分大丈夫。あとキョウ兄にもお客様……女の子の。お見舞いに来たって言ってるよ」
訓練場の端におめかしをした女の子が立っている。
悔しいがカイリと違ってキョウは女の子からの人気が高い。大蛇との戦いでケガを負ったキョウを心配して入れ代わり立ち代わり女の子が会いにくるのだ。
立ち上がったキョウは、時之介の頭をぐちゃぐちゃに掻き回して己の欲求を満たすと、爽やかな笑顔を纏って女の子のもとに歩いていった。
「ケガならとっくに治ってるくせに……」
「あの二重人格のどこがいいんだか。時之介、うちのバカ兄貴がごめんね」
カイリのぼやきに響も続く。
「僕、キョウ兄好きだよ」
ここに一人キョウの味方がいたようだ。
時之介は響に髪の毛を整えてもらうと、持ち場に戻っていった。
キョウは確かに軽いが、口下手なカイリは彼のように女の子と話すことはできない。
(キョウと話してるあの子、楽しそうだな……)
再び地面に座り込んだカイリは、嬉しそうに会話を弾ませる少女と小花を重ねて胸がぎゅっとなった。
「あのさ……静かな人より、よく喋る人の方が……す、好きだったりする?」
「…………え、ええっ!?」
カイリの質問の内容に、響は軽く叫んでしまった。膝を抱えて座るカイリは、顔の半分をうずめながら隣に座る響を横目で見ている。
「大声出してごめん。声が小さくてよく聞こえなかったから」
いや、全部ハッキリ聞こえている。
「だ、誰のこと?」
「普通の……女の人……」
カイリは、この手の話題になると途端に歯切れが悪くなってしまう。顔を半分隠しているが、彼の顔は真っ赤だ。恥を忍んで質問したというのに、肝心の響はこちらを食い入るように見ているだけで返事がない。
「ごめん、やっぱりいい。なんでもないから」
カイリはこの間に耐えきれずに反対側を向いてしまった。『聞かなきゃ良かった……』と後悔が押し寄せる。
「――静かな人が好きな子もいるよ。好みは人それぞれなんじゃない?」
少し遅れて返ってきた答えを聞いて、カイリはもう一度ゆっくり響に顔を向けた。
「うん」
おかしなことに、そのあとの響ときたらなぜかずっと口角が上がりっぱなしなのだ。カイリを見る目もいつもと違う気がする。
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