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一章 海神様の化身
力の伝承
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*信じられねぐて……信じられなくて
*おなご……女の子
*とんと……全然
*~さ……~を、~に
***
「時に紗英」
紗英は茶柱を追いかけていた視線を、ゆっくりと静香に向けた。静香は微笑むように、口をモゴモゴと動かして、やがて言う。
「おいも歳だや。体も言うことさ、きかねえし、目もとんと、きかねぐなった」
「何言ってんのおばば。力は健在じゃない。
この間、南の戸口のあんちゃんが、時化さ当ててもらったって。おばばの海視は、最高だって言ってたよ」
「そりゃあ力は死ぬまで消えねえもの。んでも歳だなあ…ってよ、そう感じる事が、余計になったいっちゃ」
静香にそう言われてはじめて、紗英はハッとした。静香の頭は白髪だらけで、頭皮が見えるほどに薄くなっているし、顔はぺしゃっと潰れたトマトのように、しわくちゃだ。
その顔をなでる手の甲は、血管がモコモコと浮き出して、べったりとシミが、張り付いているかのようだった。
「紗英、海神様はな、おいの前には誰さ憑いてたかわかっか?」
静香の祖母は、静香よりも海神様の力が強かった。地震や津波、急な時化も言い当てて、それはそれは集落の男衆からは重宝がられたらしい。
「おばばのばあちゃん?」
あえて疑問系で返すと、静香は深くうなずいた。
「んだ、そのババが死ぬ前にな、おいに言ったんだ」
「なんて?」
「後は任せたどってな。んだからおいは、ババが逝ったあと、海神様の化身を継いだだよ」
はじめて聞く話に、紗英の胸が踊る。
「おばばの力って本物?」
ずっと気になっていた疑問が、ふいに口からぽろりと落ちていく。静香は穏やかに笑って、ゆっくりと「んだよ」と頷いてくれた。
「えー。本当はみんなが、おばばの力信じてるから、力がある振りしてるわけでねえの?」
失礼かとも思ったが、一度開いた紗英の口は止まらなかった。静香は紗英の膝を、ゆっくりと撫でながら、ふふんと笑う。
「実はな紗英」
「ん?」
「おいも、ばばの力、信じられねぐで、そう思ってただよ」
紗英は心底、驚いた。
力を全て使って人助けをする……そんな静香が、まさか紗英のように、海神様の存在を懐疑的に考えていた時期があったなど、まさに寝耳に水だったのだ。
静香はそんな紗英をひときわ、優しい眼差しで見つめた。
「だってなババが死になすまで、おい、力何ひとっつなくっでよ。なんも取り柄のねえ、おなごだったちゃよ」
突然、紗英の中で何かが音を立てる。これ以上踏み込んではいけないと、紗英の中の彼女が騒ぎ立てた。
けれど、静香はそれを制止するように、紗英を力強く見つめた。その穏やかな目の中の光はさながら、蛇の眼光のようだった。
捕らえた獲物は逃がさない。
「紗英……後は頼んだど」
その瞬間、ピシャッと雷に撃たれたように、体が痺れた。息が、出来ない。強い光を見たようにチカチカして、目の前がよく見えない。
動悸が激しくなる。胃液が込み上げてくるようだ。毒でも盛られたのだろうか……そんな思いが駆け巡った。倒れこんだ視線の先には、香台から立ち上る煙があった。
「オババ…何…これ……苦し……っ」
やっと口に出来たか否か、紗英は苦痛の中で、あっけなく意識を手離した。
「いっといで」
静香の声が……頭の上を、かすめていった気がした。
*おなご……女の子
*とんと……全然
*~さ……~を、~に
***
「時に紗英」
紗英は茶柱を追いかけていた視線を、ゆっくりと静香に向けた。静香は微笑むように、口をモゴモゴと動かして、やがて言う。
「おいも歳だや。体も言うことさ、きかねえし、目もとんと、きかねぐなった」
「何言ってんのおばば。力は健在じゃない。
この間、南の戸口のあんちゃんが、時化さ当ててもらったって。おばばの海視は、最高だって言ってたよ」
「そりゃあ力は死ぬまで消えねえもの。んでも歳だなあ…ってよ、そう感じる事が、余計になったいっちゃ」
静香にそう言われてはじめて、紗英はハッとした。静香の頭は白髪だらけで、頭皮が見えるほどに薄くなっているし、顔はぺしゃっと潰れたトマトのように、しわくちゃだ。
その顔をなでる手の甲は、血管がモコモコと浮き出して、べったりとシミが、張り付いているかのようだった。
「紗英、海神様はな、おいの前には誰さ憑いてたかわかっか?」
静香の祖母は、静香よりも海神様の力が強かった。地震や津波、急な時化も言い当てて、それはそれは集落の男衆からは重宝がられたらしい。
「おばばのばあちゃん?」
あえて疑問系で返すと、静香は深くうなずいた。
「んだ、そのババが死ぬ前にな、おいに言ったんだ」
「なんて?」
「後は任せたどってな。んだからおいは、ババが逝ったあと、海神様の化身を継いだだよ」
はじめて聞く話に、紗英の胸が踊る。
「おばばの力って本物?」
ずっと気になっていた疑問が、ふいに口からぽろりと落ちていく。静香は穏やかに笑って、ゆっくりと「んだよ」と頷いてくれた。
「えー。本当はみんなが、おばばの力信じてるから、力がある振りしてるわけでねえの?」
失礼かとも思ったが、一度開いた紗英の口は止まらなかった。静香は紗英の膝を、ゆっくりと撫でながら、ふふんと笑う。
「実はな紗英」
「ん?」
「おいも、ばばの力、信じられねぐで、そう思ってただよ」
紗英は心底、驚いた。
力を全て使って人助けをする……そんな静香が、まさか紗英のように、海神様の存在を懐疑的に考えていた時期があったなど、まさに寝耳に水だったのだ。
静香はそんな紗英をひときわ、優しい眼差しで見つめた。
「だってなババが死になすまで、おい、力何ひとっつなくっでよ。なんも取り柄のねえ、おなごだったちゃよ」
突然、紗英の中で何かが音を立てる。これ以上踏み込んではいけないと、紗英の中の彼女が騒ぎ立てた。
けれど、静香はそれを制止するように、紗英を力強く見つめた。その穏やかな目の中の光はさながら、蛇の眼光のようだった。
捕らえた獲物は逃がさない。
「紗英……後は頼んだど」
その瞬間、ピシャッと雷に撃たれたように、体が痺れた。息が、出来ない。強い光を見たようにチカチカして、目の前がよく見えない。
動悸が激しくなる。胃液が込み上げてくるようだ。毒でも盛られたのだろうか……そんな思いが駆け巡った。倒れこんだ視線の先には、香台から立ち上る煙があった。
「オババ…何…これ……苦し……っ」
やっと口に出来たか否か、紗英は苦痛の中で、あっけなく意識を手離した。
「いっといで」
静香の声が……頭の上を、かすめていった気がした。
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