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五章 化身の正体
イチの望み
しおりを挟む「勘助、頼みがある」
イチは、勘助を見据える。勘助は姿勢を整え、きりりとした男の表情を浮かべた。
「おらに出来ることなら何でも言ってすけろ」
イチは、必死に乞う。
「明日、私も共に、連れていけ、沖へ」
「……本気で言ってるだか」
勘助は目をむいて、問いかける。イチは、返事をしないかわり、勘助の目をじっと見つめた。無言の訴えだった。勘助はほとほと困りきって、首を振る。
「海神様、そいつは出来ねえ」
「何故だ、容易いではないか。連れていけ、共に行くのだ」
捲し立てるような言葉。荒立ったイチの声は、洞窟内に大きく響く。今にも泣き崩れそうなイチを、とうとう勘助は抱きとめ、そして苦虫を噛んだような表情を浮かべながらも、穏やかに言うのだ。
「海神様は平太郎と祝言っこあげて、幸せになるだよ。ほんで……跡継ぎば作らねば。おらなんかに、かまけてては駄目だべさ」
紗英はこちらに来る前に見ていた油紙を思い出す。平太郎はイチの名に添うように書かれた男の名だった。
勘助は笑う。しかしその声は、震えていた。声ばかりではない。よくよく感ずれば、勘助の指先も、肩も、体全体が小刻みに震えた。イチはその心中を察して、優しく勘助を抱き返す。
「平太郎なぞ、名しか知らん。そんな男と祝言などあげん。ふざけるな。私は……勘助と共にいきたい」
それは、イチにとって一世一代の告白だったに違いない。「勘助……後生だ、頼む」そして、心からの願いだった。
紗英にはよくわかる。まるでシンクロするように、滔々と流れ込んでくるのだ。イチの感情……気持ち、想いが。勘助への愛情は、紗英の幹太への想いとよく似ている。
涙が、溢れてとまらない。
勘助は迷ったあげく、イチを一層強く抱き締めた。肌と肌が直接に触れ合う。
「本当に、それでいいだか」
「それが……望みだ」
勘助はイチが吐息のように告げる本音を待って、その唇を塞ぐ。舌が絡んだ。勘助はイチの細い肩や背を撫でる。イチは、口づけのたび、勘助の背に申し訳程度かかった着物を、ぎゅ、ぎゅっと強く握った。息遣いが紗英の耳にも届いて、二人の時間を盗み見ていることに、罪悪感を覚える。
「海神様……おらも、あんたんこと」
「勘助……私もだ、勘助、もっと強く抱いてくれ」
イチの懇願に勘助はたまらず、
何度も首筋に口づけを落とした。
やがて、勘助とイチは、祭壇前の大岩の上に寝そべる。小波の音に乗じて、何度も何度も、互いの体をまさぐり、背にも、腹にも、手にも汚れた足にすら、口づけを交わしあった。
指先を絡ませ、膝小僧を擦り合わせ、肌を寄せる。呼吸を荒げて、互いの欲の限りを求め合った。やがてイチは足を開く。勘助は男である印を、彼女の中に埋め、イチを強く抱き締める。イチは、勘助と混じり合うたびに、切なそうに涙さえ浮かべて、悦びの声をあげた。
頭が沸騰するというのは、この事を言うのだろうか。紗英は、軽い目眩さえ覚える。さすがにいたたまれなくなって、紗英は洞窟の入り口へとやって来た。
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