―海神様伝説―

あおい たまき

文字の大きさ
28 / 88
五章 化身の正体

イチの望み

しおりを挟む

「勘助、頼みがある」
 イチは、勘助を見据える。勘助は姿勢を整え、きりりとした男の表情を浮かべた。

「おらに出来ることなら何でも言ってすけろ」
 イチは、必死に乞う。
「明日、私も共に、連れていけ、沖へ」
「……本気で言ってるだか」
 勘助は目をむいて、問いかける。イチは、返事をしないかわり、勘助の目をじっと見つめた。無言の訴えだった。勘助はほとほと困りきって、首を振る。

「海神様、そいつは出来ねえ」
「何故だ、容易いではないか。連れていけ、共に行くのだ」
 まくし立てるような言葉。荒立ったイチの声は、洞窟内に大きく響く。今にも泣き崩れそうなイチを、とうとう勘助は抱きとめ、そして苦虫を噛んだような表情を浮かべながらも、穏やかに言うのだ。


「海神様は平太郎と祝言っこあげて、幸せになるだよ。ほんで……跡継ぎば作らねば。おらなんかに、かまけてては駄目だべさ」

 紗英はこちらに来る前に見ていた油紙を思い出す。平太郎はイチの名に添うように書かれた男の名だった。


 勘助は笑う。しかしその声は、震えていた。声ばかりではない。よくよく感ずれば、勘助の指先も、肩も、体全体が小刻みに震えた。イチはその心中を察して、優しく勘助を抱き返す。

「平太郎なぞ、名しか知らん。そんな男と祝言などあげん。ふざけるな。私は……勘助と共にいきたい」
 それは、イチにとって一世一代の告白だったに違いない。「勘助……後生だ、頼む」そして、心からの願いだった。


 紗英にはよくわかる。まるでシンクロするように、滔々とうとうと流れ込んでくるのだ。イチの感情……気持ち、想いが。勘助への愛情は、紗英の幹太への想いとよく似ている。

 涙が、溢れてとまらない。

 勘助は迷ったあげく、イチを一層強く抱き締めた。肌と肌が直接に触れ合う。


「本当に、それでいいだか」
「それが……望みだ」
 勘助はイチが吐息のように告げる本音を待って、その唇を塞ぐ。舌が絡んだ。勘助はイチの細い肩や背を撫でる。イチは、口づけのたび、勘助のせなに申し訳程度かかった着物を、ぎゅ、ぎゅっと強く握った。息遣いが紗英の耳にも届いて、二人の時間を盗み見ていることに、罪悪感を覚える。


「海神様……おらも、あんたんこと」
「勘助……私もだ、勘助、もっと強く抱いてくれ」
 イチの懇願こんがんに勘助はたまらず、
何度も首筋に口づけを落とした。


 やがて、勘助とイチは、祭壇前の大岩の上に寝そべる。小波さざなみの音に乗じて、何度も何度も、互いの体をまさぐり、背にも、腹にも、手にも汚れた足にすら、口づけを交わしあった。


 指先を絡ませ、膝小僧を擦り合わせ、肌を寄せる。呼吸を荒げて、互いの欲の限りを求め合った。やがてイチは足を開く。勘助は男である印を、彼女の中に埋め、イチを強く抱き締める。イチは、勘助と混じり合うたびに、切なそうに涙さえ浮かべて、悦びの声をあげた。


 頭が沸騰するというのは、この事を言うのだろうか。紗英は、軽い目眩さえ覚える。さすがにいたたまれなくなって、紗英は洞窟の入り口へとやって来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...