40 / 111
二章
第40話 見えない悪意
しおりを挟む
「そうそう、陽菜子。」
その日、夕飯の支度をしていた母の由美子がハンドタオルで手を拭きながら台所から出てきた。
エプロンのポケットに手を突っ込み、どこにでも売っているような茶封筒を陽菜子に差し出す。
「あなた宛ての手紙が来てたわよ。」
「手紙?」
「そう。でも誰かしら。差出人の名前がなかったのよ。」
陽菜子が渡された封筒をひっくり返すと、たしかに差出人の名前はなかった。
陽菜子は首を傾げてしばらく考えていたが、なにか胸騒ぎを感じた。
手書きで書かれていたが、その字はあまりにも汚く、歪んでいた。
わざと下手に書いたとしか考えられないような字だった。
おそらく、筆跡を隠すために利き手ではないほうの手で書かれたものではないか。
陽菜子は夕飯を食べ終えると、自分の部屋に戻り、封筒を勉強机の上に置いた。
"差出人不明の手紙"
この中身はどのような内容なのかを、陽菜子は漠然と予感し始めていた。
封筒を開ける勇気がなかなか出ず、持ってきたオレンジジュースを飲んで気持ちを落ち着かせる。
10分ほど経っただろうか、ようやくの思いで陽菜子は封を切った。
ゆっくりとその中身を引き抜いた瞬間、陽菜子の口からひっ、とひゃっくりのような悲鳴が起きる。
そこには一枚の紙…そしてその紙は真っ赤なインクによってまるで血のように汚れていたのだった。
そしてその紙には一言だけ。
『天誅』
思わず、喉が震えた。
これは明らかに、脅迫だ。
特に具体的に書かれているわけではないが、これは明らかに陽菜子へ向けられた"悪意"だった。
何者かの強い悪意が自分に向けられている。
やはり、偶然なんかではない。
いたずら電話も、車で轢かれそうになったことも、この手紙も。
いたずらという一言ではもう済ませないレベルだ。
(いったいなぜ?)
(誰が?)
(どうしてこんなことを…)
もう何度、この問いかけを繰り返しただろうか。
見えない悪意に、何度怯えただろうか。
手に持っていた便箋が、ひらりと机の上に落ちた。
急に寒くもないのに悪寒を感じて陽菜子はタオルケットで体を包み込み、体を丸めた。
そしておろおろと視線を彷徨わせる。
そんなわけはないのに、その犯人に見られているようなそんな錯覚に陥る。
あるはずのないその人物の視線、今は聞こえるはずのないその人物の声。
その人物が、自分を嘲笑っているかのように耳に響く。
「やめて!」
思わず陽菜子は両手で頭を抱え、声を上げていた。
ひどい吐き気が襲ってきてポケットにあったハンカチを取り出して口を覆うと、思わず近くにあった椅子に身を預けた。
いつまでこんなことが続くんだろう。
誰が私を狙っているかは分からない。
なぜこんなことをされるのかも分からない。
でも、私は竜一くんと別れたくない。
こんなことで、犯人の思う壺に陥りたくはない。
陽菜子は再度落ちた封筒を拾い上げると、そのままゴミ箱に捨てた。
その日、夕飯の支度をしていた母の由美子がハンドタオルで手を拭きながら台所から出てきた。
エプロンのポケットに手を突っ込み、どこにでも売っているような茶封筒を陽菜子に差し出す。
「あなた宛ての手紙が来てたわよ。」
「手紙?」
「そう。でも誰かしら。差出人の名前がなかったのよ。」
陽菜子が渡された封筒をひっくり返すと、たしかに差出人の名前はなかった。
陽菜子は首を傾げてしばらく考えていたが、なにか胸騒ぎを感じた。
手書きで書かれていたが、その字はあまりにも汚く、歪んでいた。
わざと下手に書いたとしか考えられないような字だった。
おそらく、筆跡を隠すために利き手ではないほうの手で書かれたものではないか。
陽菜子は夕飯を食べ終えると、自分の部屋に戻り、封筒を勉強机の上に置いた。
"差出人不明の手紙"
この中身はどのような内容なのかを、陽菜子は漠然と予感し始めていた。
封筒を開ける勇気がなかなか出ず、持ってきたオレンジジュースを飲んで気持ちを落ち着かせる。
10分ほど経っただろうか、ようやくの思いで陽菜子は封を切った。
ゆっくりとその中身を引き抜いた瞬間、陽菜子の口からひっ、とひゃっくりのような悲鳴が起きる。
そこには一枚の紙…そしてその紙は真っ赤なインクによってまるで血のように汚れていたのだった。
そしてその紙には一言だけ。
『天誅』
思わず、喉が震えた。
これは明らかに、脅迫だ。
特に具体的に書かれているわけではないが、これは明らかに陽菜子へ向けられた"悪意"だった。
何者かの強い悪意が自分に向けられている。
やはり、偶然なんかではない。
いたずら電話も、車で轢かれそうになったことも、この手紙も。
いたずらという一言ではもう済ませないレベルだ。
(いったいなぜ?)
(誰が?)
(どうしてこんなことを…)
もう何度、この問いかけを繰り返しただろうか。
見えない悪意に、何度怯えただろうか。
手に持っていた便箋が、ひらりと机の上に落ちた。
急に寒くもないのに悪寒を感じて陽菜子はタオルケットで体を包み込み、体を丸めた。
そしておろおろと視線を彷徨わせる。
そんなわけはないのに、その犯人に見られているようなそんな錯覚に陥る。
あるはずのないその人物の視線、今は聞こえるはずのないその人物の声。
その人物が、自分を嘲笑っているかのように耳に響く。
「やめて!」
思わず陽菜子は両手で頭を抱え、声を上げていた。
ひどい吐き気が襲ってきてポケットにあったハンカチを取り出して口を覆うと、思わず近くにあった椅子に身を預けた。
いつまでこんなことが続くんだろう。
誰が私を狙っているかは分からない。
なぜこんなことをされるのかも分からない。
でも、私は竜一くんと別れたくない。
こんなことで、犯人の思う壺に陥りたくはない。
陽菜子は再度落ちた封筒を拾い上げると、そのままゴミ箱に捨てた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる