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13.翠玉皇女
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宮城と呼ばれる皇帝の住まいであり政治と文化の中心。
古くは皇帝が住まいと決めた場所が首都になり、その都度変わるものであったが、ここ二百年は変わらず城都は栄えている。
夜が明け切らぬ程の薄闇の中、城の国旗が半旗になった。
皇帝が崩御したのだ。
数年前に大病を患い、予後が思わしくなく体調を崩しがちだった瑪瑙帝はついに意識が混濁した。
宮廷のお召し用の飛行機と車、そして城内への七頭立ての美しい装飾の馬車で、聖堂から教皇が駆けつけて末期の儀式を受けて天寿を全うした。
その知らせが国内外に知らされて、つい先程から追悼の報道があちこちで放送されている。
しかし、宮城に関わる者達には、皇帝の死は粛々と受けいられると同時に、次なる皇帝の即位が十日後に決まるまではまるで生きているかの様に振る舞う習慣がある。
皇帝のたった一人の妃である皇后もいつも通りに過ごしている。
主人がその様子なのだから、女官達も同じ様に従う。
皇太子、またその妃達、家族も通常通りに生活をしている。
その日常を崩してはならないのだ。
この十日を何事も無く過ごせば、規程通り皇太子である翡翠が即位する。
だが、そこに一人、瑪瑙帝の総家令に伴われた来訪者があった。
若かりし頃の琥珀帝によく似た女。
前の女皇帝の同じ年頃を知る者はもう少ないが、それでもその面差しや雰囲気に何か心騒ぐ物があるのは同じ。
不思議なのはその彼女が漆黒の家令服を着ている事だ。
しかし、宮廷において見た顔の家令では無い。
「殿下。総家令の梟が随伴致しました。皇女様のお訪いでございます」
梟のみが慇懃な家令の礼をした。
自分では扉に触れる事も無く、総家令に開けさせてさも当然と言う様に女が翡翠の前に現れた。
ほぼ初対面に近い父親違いの妹。
母である琥珀女皇帝が離宮に移ってから産んだ最後の子。
彼女だけが母王の手元で育てられた。
その事実だけは知られていたが、父親の公表が無く様々に憶測されていたが、誰もが敢えて口にはしなかった。
教育もその身の一切も総家令の白鷹に任され、ある日を境に、彼女は皇譜を離脱し廷臣に降ったとされていた。
大抵は爵位を賜り臣下に降るものなのに、こうして家令になっていたと知られたら、騒ぎになるだろう。
父親は誰なのか。
そもそも母親が白鷹なのではないか。
あるいは他の女家令か。
かつて彼女の存在は宮廷の口さがない連中の格好の話題であった。
翡翠は梟に視線を向けたが、すぐにどうでもいい、と言う様に手で制した。
「私の身分はもう皇女じゃありませんでしょう、どうぞ真鶴とお呼びになって、梟お兄様」
いつに無く従順に言われて梟はゾッとした。
「お会いするのはほぼ初めてございます事ね。兄上殿下」
言いながら、無断でソファに座る。
母親によく似た面差しでそう言われて翡翠は嫌気が差した。
「瑪瑙叔父様がお亡くなりになりましたでしょう。まずはお悔やみを申し上げたく存じまして」
翡翠が首を振った。
「そんなもの申し上げてはならんのは知っていて言うわけだな」
崩御から十日間は、宮廷では皇帝は生きてはいないが死んではいないのだ。
真鶴、本名を翠玉と言うが、彼女は何とも明るく華やかに笑った。
「それは勿論。ザマアミロだわ。汚名を真珠《しんじゅ》だけに追っつけて。よくもまあその後も生きていられたもんよね。そもそも真珠を唆したのはあのじじいじゃないのよ。それで甥が背信で殺されて自分は皇帝になって、おリベラルやってるなんて。じじい、生きた心地もしなかったでしょうね。その甥を殺した下の甥に近くにいられたんじゃね。ま、生きてるしかなかったか。あの般若のような琥珀と人肉を喰らうダキニに睨まれてたんじゃね。ねぇ?ストレスで死んだんじゃないの?」
心から嬉しそうに言って立ち上がり、踊る様に軽やかな足の運びで真鶴はついと翡翠に近づいた。
「それから。さっき会って来たの。アンタのご正室様。あれは誰が考えたキャスティング?アンタ、妃は殺されるし。散々ね。ああ、おかげで家令達はてんてこまいだわ」
それまで窘めもせずただ聞いていた梟《ふくろう》が口を開いた。
「この件は我々の落ち度でもある。・・・宮城で妃は殺してもいかんし殺されてもいかんのだから。本来それを止めるのが我々の仕事だ」
「無かったことにするのもね」
真鶴は、大袈裟な装飾の硬いソファに舌打ちしながら座り直した。
それで、と翡翠が促した。
「宣戦布告か、妹姫」
「ええ。兄妹全員が殺し合うのも、王族らしくてよろしいでしょう」
「琥珀帝が言ったのか」
とんでもない、と真鶴はまた笑った。
「それで?お前を担ぐのはどの家令だ?あの犬か。それとも天才少女か」
鸚鵡と金糸雀の事。
「それとも、上の世代の家令達か」
「それでもいいしどれでもいいと思っていたけれど、話が変わったの。担いで貰わなきゃいけない末の妹がいてね。私の天の北極はその子に決めたの」
梟がギョッとしたように真鶴を見た。
天の北極、とは総家令の事だ。
皇帝は北極星、ならば総家令は存在の根拠を支える天の北極。
家令が好む表現だ。
天において揺らぐことのない北極星は尊称である。しかしそれは実は少しずれているのだ。
実際は、地球の自転軸を北にどこまでも伸ばした先と天球が交わるポイントである天の天の北極を中心にして星は回っている。
「なんとも不遜で、愛の重い表現かしらね」
ねえ、兄上様、そう思わない?と真鶴は微笑んだ。
古くは皇帝が住まいと決めた場所が首都になり、その都度変わるものであったが、ここ二百年は変わらず城都は栄えている。
夜が明け切らぬ程の薄闇の中、城の国旗が半旗になった。
皇帝が崩御したのだ。
数年前に大病を患い、予後が思わしくなく体調を崩しがちだった瑪瑙帝はついに意識が混濁した。
宮廷のお召し用の飛行機と車、そして城内への七頭立ての美しい装飾の馬車で、聖堂から教皇が駆けつけて末期の儀式を受けて天寿を全うした。
その知らせが国内外に知らされて、つい先程から追悼の報道があちこちで放送されている。
しかし、宮城に関わる者達には、皇帝の死は粛々と受けいられると同時に、次なる皇帝の即位が十日後に決まるまではまるで生きているかの様に振る舞う習慣がある。
皇帝のたった一人の妃である皇后もいつも通りに過ごしている。
主人がその様子なのだから、女官達も同じ様に従う。
皇太子、またその妃達、家族も通常通りに生活をしている。
その日常を崩してはならないのだ。
この十日を何事も無く過ごせば、規程通り皇太子である翡翠が即位する。
だが、そこに一人、瑪瑙帝の総家令に伴われた来訪者があった。
若かりし頃の琥珀帝によく似た女。
前の女皇帝の同じ年頃を知る者はもう少ないが、それでもその面差しや雰囲気に何か心騒ぐ物があるのは同じ。
不思議なのはその彼女が漆黒の家令服を着ている事だ。
しかし、宮廷において見た顔の家令では無い。
「殿下。総家令の梟が随伴致しました。皇女様のお訪いでございます」
梟のみが慇懃な家令の礼をした。
自分では扉に触れる事も無く、総家令に開けさせてさも当然と言う様に女が翡翠の前に現れた。
ほぼ初対面に近い父親違いの妹。
母である琥珀女皇帝が離宮に移ってから産んだ最後の子。
彼女だけが母王の手元で育てられた。
その事実だけは知られていたが、父親の公表が無く様々に憶測されていたが、誰もが敢えて口にはしなかった。
教育もその身の一切も総家令の白鷹に任され、ある日を境に、彼女は皇譜を離脱し廷臣に降ったとされていた。
大抵は爵位を賜り臣下に降るものなのに、こうして家令になっていたと知られたら、騒ぎになるだろう。
父親は誰なのか。
そもそも母親が白鷹なのではないか。
あるいは他の女家令か。
かつて彼女の存在は宮廷の口さがない連中の格好の話題であった。
翡翠は梟に視線を向けたが、すぐにどうでもいい、と言う様に手で制した。
「私の身分はもう皇女じゃありませんでしょう、どうぞ真鶴とお呼びになって、梟お兄様」
いつに無く従順に言われて梟はゾッとした。
「お会いするのはほぼ初めてございます事ね。兄上殿下」
言いながら、無断でソファに座る。
母親によく似た面差しでそう言われて翡翠は嫌気が差した。
「瑪瑙叔父様がお亡くなりになりましたでしょう。まずはお悔やみを申し上げたく存じまして」
翡翠が首を振った。
「そんなもの申し上げてはならんのは知っていて言うわけだな」
崩御から十日間は、宮廷では皇帝は生きてはいないが死んではいないのだ。
真鶴、本名を翠玉と言うが、彼女は何とも明るく華やかに笑った。
「それは勿論。ザマアミロだわ。汚名を真珠《しんじゅ》だけに追っつけて。よくもまあその後も生きていられたもんよね。そもそも真珠を唆したのはあのじじいじゃないのよ。それで甥が背信で殺されて自分は皇帝になって、おリベラルやってるなんて。じじい、生きた心地もしなかったでしょうね。その甥を殺した下の甥に近くにいられたんじゃね。ま、生きてるしかなかったか。あの般若のような琥珀と人肉を喰らうダキニに睨まれてたんじゃね。ねぇ?ストレスで死んだんじゃないの?」
心から嬉しそうに言って立ち上がり、踊る様に軽やかな足の運びで真鶴はついと翡翠に近づいた。
「それから。さっき会って来たの。アンタのご正室様。あれは誰が考えたキャスティング?アンタ、妃は殺されるし。散々ね。ああ、おかげで家令達はてんてこまいだわ」
それまで窘めもせずただ聞いていた梟《ふくろう》が口を開いた。
「この件は我々の落ち度でもある。・・・宮城で妃は殺してもいかんし殺されてもいかんのだから。本来それを止めるのが我々の仕事だ」
「無かったことにするのもね」
真鶴は、大袈裟な装飾の硬いソファに舌打ちしながら座り直した。
それで、と翡翠が促した。
「宣戦布告か、妹姫」
「ええ。兄妹全員が殺し合うのも、王族らしくてよろしいでしょう」
「琥珀帝が言ったのか」
とんでもない、と真鶴はまた笑った。
「それで?お前を担ぐのはどの家令だ?あの犬か。それとも天才少女か」
鸚鵡と金糸雀の事。
「それとも、上の世代の家令達か」
「それでもいいしどれでもいいと思っていたけれど、話が変わったの。担いで貰わなきゃいけない末の妹がいてね。私の天の北極はその子に決めたの」
梟がギョッとしたように真鶴を見た。
天の北極、とは総家令の事だ。
皇帝は北極星、ならば総家令は存在の根拠を支える天の北極。
家令が好む表現だ。
天において揺らぐことのない北極星は尊称である。しかしそれは実は少しずれているのだ。
実際は、地球の自転軸を北にどこまでも伸ばした先と天球が交わるポイントである天の天の北極を中心にして星は回っている。
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ねえ、兄上様、そう思わない?と真鶴は微笑んだ。
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