ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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15.雛鳥ではいられない

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 「真鶴まづるがいなくなった。もう帰ってこないからね」と藪から棒に白鷹はくたかに告げられて、孔雀くじゃくはショックで泣き出した。

鳥達の庭園ガーデンに戻ってきてそのまま寝込んだ兄弟子の鸚鵡おうむの監視を命じられ、数日。
世話や看病ではなく監視とはどういう事だと孔雀くじゃくは不審に思ったが、もっと困惑したのは、あの真面目で優しかった鸚鵡おうむが、部屋から出て来ないで呑んだくれていた事。

ついに昨日、急性アルコール中毒になり白鷹はくたかに呼ばれた宮城の典医でもある黄鶲きびたきが大慌てて駆けつけて手当てした。
その隣に孔雀くじゃくも酔っ払ってひっくり返って居たものだから黄鶲きびたかは激怒した。

鸚鵡おうむはお育ちがボンボンだからワインだけどね、孔雀くじゃくは去年柿の渋抜きに使った焼酎の残りにかき氷シロップ入れてガブ飲みしたらしいです。吐かせたら真っ青な水出てきて腰が抜けたわ。・・・そもそも鸚鵡おうむ医師ドクター孔雀くじゃくは未成年ですよ。このままでは二人とも身を持ち崩しますよ!」
黄鶲きびたきのその話を聞いて、白鷹はくたかがため息をついた。
 

白鷹はくたかお姉様が呼んでる」
神妙な顔つきでそう呼びに来た姉弟子の顔を孔雀くじゃくは見上げた。
犬を抱いて、たまらなく悲しい顔をして巻毛をかしている。
その顔は泣きすぎてまぶたは腫れ上がり、目から下はカピカピだ。
親からも学校からも引き離されたこの妹弟子にとってこの元半ノラ犬が唯一の友達といったところ。
緋連雀ひれんじゃくは、あまりの哀れっぽさに吹き出した。
緋連雀ひれんじゃくはウェットティッシュで力一杯孔雀の顔を拭いた。
アルコールがたまらなくしみて、孔雀《くじゃく》はまた泣き出した。
「早く来な。・・・ま、吊るし上げよね。仕方ないけど」
いつの頃からか表情に硬い物を感じるようになった姉弟子が、ふっと肩をすくめて笑って、犬をブラッシングしながら随分しょんぼりしている妹弟子の頬を小突いた。
「そんな雑種いくらとかしたってモジャモジャだって。用意しな」
ああ、もうこのチビも雛鳥ヒヨコではいられない。
緋連雀ひれんじゃくは、嬉しく、そして悔しくも思った。
そもそも宮廷家令が子供でいられる時間なんて短いものだけれど。
それでも、突然自分たちの世界に引っ張り込まれたこの妹弟子が、もう少しゆっくり大人になれればと願っていたのに。

犬の毛だらけの孔雀くじゃくの服を着替えさせ、おさげを編み直すと手を繋いで促した。
孔雀は痛む目と顔をこすった。
白鷹はくたかから打擲ちょうちゃく折檻せっかん等、これまで何度も受けた。
別に、今更どうってことはない。


緋連雀ひれんじゃく孔雀くじゃくを連れて参りました」
「お入り」
白鷹はくたかが白と銀の雪景色の屏風絵の前で、妹弟子を迎えた。
人間国宝が描いたもので、外車が買える値段らしい。
仕えた女皇帝からたまわったもので、継室も欲しがったものを、皇帝が倍の値段を出して総家令に買い与えた、とかなんとか。
その時の継室達の悔しそうな顔ったら、とかなんとか。
鳥達の庭園ガーデンに来た日から自慢気に何度もそう白鷹はくたかから聞かせられたが、孔雀くじゃくにとってまずなんでこんな絵の部分よりも大分空白の多い紙のパーテーションがそんな目玉が飛び出るような値段なのかが理解出来ない。
白鷹はくたかは威圧感のある眼差しを、末の妹弟子へ向けた。
左右に姉弟子や兄弟子、来年からガーデンに入る予定の弟弟子が控えていた。

孔雀くじゃくは打ちひしがれた様子で、それでも優雅に女家令の礼をした。
「・・・白鷹はくたかお姉様、孔雀が参りました」
「かけなさい」
孔雀くじゃくはそろそろと白鷹はくたかの右手の椅子に座っていた兄弟子をちらりと見た。
自分と同じ泣くと大福のように目が腫れ上がる体質の鸚鵡おうむも目など開いているのかいないのか。
その様子を見て孔雀くじゃくがまた泣きそうになると、白鷹はくたかが舌打ちした。
「・・・お前も鸚鵡おうむも。いつまでもメソメソ泣いてんじゃないよ。お前達、それでも家令なのかい」
冷たく言い放つ。
鸚鵡おうむのだいぶやつれた様子に孔雀くじゃくは心配になった。
大好きな姉弟子が消えてから共に嘆き悲しんで来たのだ。
憔悴しょうすいぶりは兄弟子のほうがひどい。
泣く合間に甘いものを絶え間なく食べる孔雀くじゃくに比べ、鸚鵡おうむは物を食わないで酒を飲んでばかり。


「この度、鸚鵡おうむは北の前戦に出向となりました。ふくろうが正式に陛下の許可をたまわったわ。十四時間後には現地に到着しているように」
ポイと孔雀くじゃくに書類を放って寄越す。
ふくろうの見事なレタリングで書かれた辞令に、孔雀くじゃくは釘付けになった。
医師でもある鸚鵡おうむが、前線の野戦病院に行く。
それは、家令ならばありえる人事。
でも。
「・・・でも、そんな、急に?」
ふん、と白鷹はくたかが鼻で笑って、茶托ちゃたく鸚鵡おうむに投げつけた。
「このバカが真鶴まづるそそのかされたんだよ!これで済むと思うんじゃないよ?!」
白鷹《はくたか》がそう怒鳴りつけると、鸚鵡おうむは情けなくも更に乙女のように泣き出してしまう。
何があったのか詳しくは知らないし、教えて貰う事も出来ないだろう。
「・・・孔雀くじゃく、お前は、春からアカデミーにやるつもりでしたが」
春から姉弟子のいるアカデミーに行く予定で楽しみにしていた。
真鶴まづるが居なくなり、鸚鵡おうむが北。そんな人員的余裕はなくなりました。いいね?」
家令は宮城に勤める人間の中でも極端に少ない。
家令は一騎当千。
少数精鋭と言えば聞こえがいいが、劇薬たる彼ら家令の人数はあらゆる時代においても大体が二十人に満たない程度。
つまり常に人手不足でもあった。

「・・・白鷹はくたかお姉様。真鶴まづるお姉様がいらっしゃらないなら、私はアカデミーに行かなくてもいい。家令でいる必要ももうないもの」
白鷹はくたかわらった。
「お前ね。心得違いもはなはだしいよ。家令になったら生涯家令。お前の状況とか感情とか、関係はないの。確かに、お前は私とふくろうが小さいうちに召し上げた。だけど、今はその道理が分からぬ年でもないはずよね」

まだ十歳のある日。
突然現れたふくろう
宮城に上がった経験はないが、姉弟子について、離宮や神殿オリュンポス聖堂のヴァルハラで経験を積んで来た。軍属の経験もある。
だって、と孔雀くじゃくが眉を寄せて黙り込んで、フグのようにむくれた。
その様子に白鷹はくたかが少し怯んだ。
ああもう、こうなると。
孔雀くじゃくが姉弟子を見据えた。
「だって、真鶴まづるお姉様はもういないじゃない。自分から居なくなったら、探し出すことなんか、不可能なんでしょ。白鷹はくたかお姉様でも分からないんでしょ。じゃあもう無理なんでしょ・・・そんなの嫌だあ・・・」
そう言ってべそをかきはじめた。
妹弟子のその様子に鸚鵡おうむもつられて身も世もない様子でむせび泣き始めた。

ああもうと白鷹《はくたか》はため息をついた。
「泣くんじゃないよ。・・・孔雀くじゃくはまだ仕方ないにしても。鸚鵡おうむ、お前は本来、市中しちゅう引き回しの上、打首獄門うちくびごくもんだよ」
何でシチューなのと孔雀くじゃくが不思議そうに鸚鵡おうむを振り返った。
鸚鵡おうむが妹弟子の頭を撫でながらまた嗚咽おえつし始めた。
「・・・自分の事は何であろうが構いません。ただ、真鶴まづるが・・・」
そのままおいおい泣き始め、孔雀くじゃくもまためそめそし始めた。
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