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3.
98.ご褒美
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改めて翡翠に礼を言うと、それと、あの、と孔雀が恥ずかしそうに顔を上げた。
「・・・翡翠《ひすい》様、私、思わぬ長逗留の間に、二十歳になりました」
と、分厚い書類を取り出した。
かつて孔雀の処遇を巡って、翡翠がサインをした契約書だ。
孔雀《くじゃく》の二十歳の誕生祝いという名目のただの宴会の最中、鷂から渡されたのだ。
「あんたが無事二十歳になって翡翠様が無茶な事言わないようなら、渡そうと思ってたの」
これで、翡翠が国際人権団体に訴えられる心配もない。
「あの、それと。千鳥お兄様が来てくれまして。治療も済んだそうです」
綴られたカルテも差し出す。
もちろんこれは「対翡翠に限るとの事で、乱倫に走ってはならない。その後のことは追々考えよう」と、家令にはならなかった彼は、真面目に生活指導までして帰った。
「乱倫《らんりん》、だなんて、久しぶりに聞いたけど、アレ家令に当てつけよ」と鷂が茶化していた。
翡翠《ひすい》もそうに違いないと思った。
あの茉莉《まつり》は今でも消えた皇女を忘れる事はないのだ。
彼が心や身を持ち崩す事がないのは、それが理由だろう。
翡翠は、ファイルと、治療経過のがカルテを眺めた。
確かに、家令達から自分への答えであり、心遣いであろう。
「・・・では、これを」
翡翠は孔雀の二十歳を祝おうとあれこれ用意していたのだ。
祝杯をと孔雀《くじゃく》が生まれた年のワイン、宮城で保管している宝飾品と、孔雀が欲しがっていた御料牧場の計画書を並べた。
孔雀が目を丸くした。
宮廷所蔵の目録十一番の孔雀真珠を総家令に下賜するという公式書類が付いていた。
雉鳩と金糸雀《カナリア》の書類作成署名がついている。
「来月の設宴にはこれをつけるといいよ。孔雀が死んだら次の総家令には雉鳩だ金糸雀だと噂していた者にはいい薬だよ」
翡翠《ひすい》の寵愛は変わらないと示すことになるからだろう。
「でも私が死んだら雉鳩お兄様、金糸雀お姉様。それは本当のことですよ」
「とんでもない話。何が何でも私が先に死ぬ」
翡翠の決意表明に、孔雀はそっちの方が困るのだけどと笑った。
それよりこれ、と資料を手渡される。
「御料牧場・・・。こんな立派な。よろしいんですか。宮城の東側に。・・・まあ、お狩場を半分も・・・」
お狩場と呼ばれる広大な森を半分程整備して牧場を作る計画書。
翡翠は好まないが、黒曜帝や真珠帝は狩りを好んだらしい。
最近では藍晶が社交の場として利用していたが、以前、藍晶を慕うご婦人方の嫉妬に巻き込まれて、馬とそのご婦人達と孔雀が怪我をした事があり、それ以来立ち入り禁止になっていた。
孔雀が翡翠から貰った子羊や子山羊はすっかり大きくなってしまったし、大嘴が催事の大食い大会で譲られたプレミア牛等がいて、何とか世話をしていたのだが、翡翠がきちんと牧場を整備する予算を用意したらしい。
「厩舎も新しくしようね。そろそろ遠出もしてやらないと可哀想だから」
宮城が所有する馬達が何頭かいるのだ。
青写真を見せられて、孔雀は歓喜した。
乗馬の元オリンピック選手の翡翠の父の名前が監修として書いてあった。
「椿様がいらっしゃるんですか?」
彼は琥珀《こはく》が離宮に移って以来、自分もほぼ実家に戻り、今では広大な土地で競走馬や競技馬を飼育している。
「うちの馬達は孔雀に甘やかされてるからね。椿が来るなら、これはボヤボヤしてられないよ」
翡翠が笑った。
椿の調教は厳しいのだ。
「楽しみです。私もきちんと乗馬習ったことがないから、教えて頂けたら・・・」
それにしては見事に乗りこなす。
「うちは、母と祖母がウェスタン乗りなんです。祖父と父がイングランド。私も母に連れ回されたので。小さい頃、たまに母とファーストフードのドライブスルーに馬で行くと。マイクが遠いから、私が棒に紐でくくられて、注文する係」
おかしな話に翡翠が吹き出した。
孔雀はあまりピンと来ていないようだが、彼女が戻って来た事がどれだけ嬉しいか。
どう言えば、骨の髄まで女家令の孔雀に伝わるだろうか。
「皇帝は北極星。総家令は天の北極。なんとも大袈裟な話で自意識過剰な連中だと正直バカにしていたけれど」
孔雀は翡翠の話に頷きながら、少し悲しそうな顔をした。
そう自分達を納得させなければ生きて死んでいけなかった兄弟子や姉弟子達を思い出すのだろう。
「でも今は、そうありたいと思うし、そうあるように努力をしたいと思うよ、私の天の北極」
自分でも驚くほどそう断言して、翡翠は孔雀の手を取った。
孔雀はしばらく黙っていたが、そっと顔を上げた。
「翡翠様。私達家令は皇帝の備品と言われますけれど。お心を頂いてようやく人の身分を得る事が出来るようなもの。私、どれほど嬉しいか・・・」
報われる、と言うのはこれ程嬉しいのか。
きっと、白鷹も、大鷲もそうであったろう。
「例に出すには、ちょっと素行と縁起が悪いメンバーですけれど・・・・」
ひとしきり笑うと、二人はそっと抱き合った。
「・・・翡翠《ひすい》様、私、思わぬ長逗留の間に、二十歳になりました」
と、分厚い書類を取り出した。
かつて孔雀の処遇を巡って、翡翠がサインをした契約書だ。
孔雀《くじゃく》の二十歳の誕生祝いという名目のただの宴会の最中、鷂から渡されたのだ。
「あんたが無事二十歳になって翡翠様が無茶な事言わないようなら、渡そうと思ってたの」
これで、翡翠が国際人権団体に訴えられる心配もない。
「あの、それと。千鳥お兄様が来てくれまして。治療も済んだそうです」
綴られたカルテも差し出す。
もちろんこれは「対翡翠に限るとの事で、乱倫に走ってはならない。その後のことは追々考えよう」と、家令にはならなかった彼は、真面目に生活指導までして帰った。
「乱倫《らんりん》、だなんて、久しぶりに聞いたけど、アレ家令に当てつけよ」と鷂が茶化していた。
翡翠《ひすい》もそうに違いないと思った。
あの茉莉《まつり》は今でも消えた皇女を忘れる事はないのだ。
彼が心や身を持ち崩す事がないのは、それが理由だろう。
翡翠は、ファイルと、治療経過のがカルテを眺めた。
確かに、家令達から自分への答えであり、心遣いであろう。
「・・・では、これを」
翡翠は孔雀の二十歳を祝おうとあれこれ用意していたのだ。
祝杯をと孔雀《くじゃく》が生まれた年のワイン、宮城で保管している宝飾品と、孔雀が欲しがっていた御料牧場の計画書を並べた。
孔雀が目を丸くした。
宮廷所蔵の目録十一番の孔雀真珠を総家令に下賜するという公式書類が付いていた。
雉鳩と金糸雀《カナリア》の書類作成署名がついている。
「来月の設宴にはこれをつけるといいよ。孔雀が死んだら次の総家令には雉鳩だ金糸雀だと噂していた者にはいい薬だよ」
翡翠《ひすい》の寵愛は変わらないと示すことになるからだろう。
「でも私が死んだら雉鳩お兄様、金糸雀お姉様。それは本当のことですよ」
「とんでもない話。何が何でも私が先に死ぬ」
翡翠の決意表明に、孔雀はそっちの方が困るのだけどと笑った。
それよりこれ、と資料を手渡される。
「御料牧場・・・。こんな立派な。よろしいんですか。宮城の東側に。・・・まあ、お狩場を半分も・・・」
お狩場と呼ばれる広大な森を半分程整備して牧場を作る計画書。
翡翠は好まないが、黒曜帝や真珠帝は狩りを好んだらしい。
最近では藍晶が社交の場として利用していたが、以前、藍晶を慕うご婦人方の嫉妬に巻き込まれて、馬とそのご婦人達と孔雀が怪我をした事があり、それ以来立ち入り禁止になっていた。
孔雀が翡翠から貰った子羊や子山羊はすっかり大きくなってしまったし、大嘴が催事の大食い大会で譲られたプレミア牛等がいて、何とか世話をしていたのだが、翡翠がきちんと牧場を整備する予算を用意したらしい。
「厩舎も新しくしようね。そろそろ遠出もしてやらないと可哀想だから」
宮城が所有する馬達が何頭かいるのだ。
青写真を見せられて、孔雀は歓喜した。
乗馬の元オリンピック選手の翡翠の父の名前が監修として書いてあった。
「椿様がいらっしゃるんですか?」
彼は琥珀《こはく》が離宮に移って以来、自分もほぼ実家に戻り、今では広大な土地で競走馬や競技馬を飼育している。
「うちの馬達は孔雀に甘やかされてるからね。椿が来るなら、これはボヤボヤしてられないよ」
翡翠が笑った。
椿の調教は厳しいのだ。
「楽しみです。私もきちんと乗馬習ったことがないから、教えて頂けたら・・・」
それにしては見事に乗りこなす。
「うちは、母と祖母がウェスタン乗りなんです。祖父と父がイングランド。私も母に連れ回されたので。小さい頃、たまに母とファーストフードのドライブスルーに馬で行くと。マイクが遠いから、私が棒に紐でくくられて、注文する係」
おかしな話に翡翠が吹き出した。
孔雀はあまりピンと来ていないようだが、彼女が戻って来た事がどれだけ嬉しいか。
どう言えば、骨の髄まで女家令の孔雀に伝わるだろうか。
「皇帝は北極星。総家令は天の北極。なんとも大袈裟な話で自意識過剰な連中だと正直バカにしていたけれど」
孔雀は翡翠の話に頷きながら、少し悲しそうな顔をした。
そう自分達を納得させなければ生きて死んでいけなかった兄弟子や姉弟子達を思い出すのだろう。
「でも今は、そうありたいと思うし、そうあるように努力をしたいと思うよ、私の天の北極」
自分でも驚くほどそう断言して、翡翠は孔雀の手を取った。
孔雀はしばらく黙っていたが、そっと顔を上げた。
「翡翠様。私達家令は皇帝の備品と言われますけれど。お心を頂いてようやく人の身分を得る事が出来るようなもの。私、どれほど嬉しいか・・・」
報われる、と言うのはこれ程嬉しいのか。
きっと、白鷹も、大鷲もそうであったろう。
「例に出すには、ちょっと素行と縁起が悪いメンバーですけれど・・・・」
ひとしきり笑うと、二人はそっと抱き合った。
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