ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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3.

99.愛、二夜

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 「・・・ご歓談中、失礼仕りますけれど。お時間が過ぎてしまいます」
柔らかな天蓋てんがいのドレープの向こうから、藪から棒に緋連雀ひれんじゃくの声がした。
慇懃いんぎんであるが、セッカチがイライラしているのがよく分かる。
翡翠ひすいが苦笑した。
「・・・緋連雀ひれんじゃく、こちらへ」
緋連雀ひれんじゃくが|布の隙間から半身を現して「いつまでベラベラ喋ってんのよ、さっさとやる事やんなさいよ、時間ないんだから」と妹弟子に唇だけで伝える。

青鷺あおさぎ鸚鵡おうむ宛で、登城するよう正式な文書を送るように雉鳩きじばとに伝えなさい。鸚鵡おうむにはこの度の総家令の治療の褒章を与えると加えて」
これで正式に兄弟子はゆるされた事になると孔雀くじゃく緋連雀ひれんじゃくが手を取り合って喜んだ。

「・・・それと、緋連雀ひれんじゃく。この度の作品は非常に素晴らしかったね。お前にも褒美をあげよう。何でも言いなさい」
緋連雀ひれんじゃくがありがとうございますとしたり顔で微笑んだ。
「お姉様。あまり高額の物はだめよ。翡翠ひすい様、緋連雀ひれんじゃくお姉様は、最新のふねを一つ欲しいと思ってるんですから」
「・・・何よ、アンタが補給艦なんか先に作る予算案通しちゃうから、私のが後回しになったんじゃない」
相当恨んでいるらしい。

孔雀くじゃく、陛下は真にご賢明な方。私の働きをきっと正しくご判断くださるわ。・・・陛下、緋連雀ひれんじゃく御相伴ごしょうばん致しますのを、お許し頂けますか?」
翡翠ひすいが悪巧みを察して頷いた。
「ああ。でも。あまり意地悪をしては駄目だよ」
緋連雀ひれんじゃくは礼を尽くすとベッドに登った。
何だ?と言う顔をしている孔雀の薄物の服を手早く脱がせた。
あらわになった腹部の孔雀の羽根をなぞる。

「やっぱり、これは傑作。本来、多くの人間に見られて私が世に広く高く評価されるべき作品ですが、陛下はそれはお望みではないでしょう」
とんでもない話、と翡翠ひすいが軽く首を振った。
「それでは陛下。どうぞ、私共の妹弟子を末永くご寵愛くださいますように」
緋連雀ひれんじゃく孔雀くじゃくの冷たい脚に触れた。
相変わらず驚く程冷えた、雨にでも濡れたか、さても全身粘膜なのかと思う程の肌の質感。
熱くさらりと乾いた心得の良い自分とはまた違う妹弟子の肌の感触を緋連雀ひれんじゃくは楽しんだ。
翡翠ひすいがそれを柔らかく咎めた。
「まあ、お嫌ですか?」
とても若いうちから艶事に長けた宮廷育ちに「本当に意外、アンタそんなだっけ。割に好きな方じゃない?」という顔をされて、今、翡翠ひすいは都合が悪いにも程があるとため息をついた。
笑ったのは孔雀くじゃくで、緋連雀ひれんじゃくは何よと妹弟子を見た。
孔雀くじゃく緋連雀ひれんじゃくをぎゅっと抱き締めて頬に軽く唇を寄せた。

翡翠ひすい様、緋連雀ひれんじゃくお姉様は、私をたすけるつもりなんですよ」
「どこが?何を?」
「私がまた失敗しないように。つまり技術指導インストラクターのつもりなんです」
翡翠ひすい唖然あぜんとした。
しかし、美貌の女家令は平然としたもので。
「いけませんか?全くの好意からとは申しませんけれど。そりゃ私、面白半分の気持ちもございますけれど」
私、アンタらの為を思って、と力説する。
「以前、私がこうしていれば、物事はもっとスムーズに進んだんですもの」
私の力不足を痛感しておりました、と言うのだ。

緋連雀ひれんじゃくお姉様。今度はきっと大丈夫よ」
「本当?もう嫌よ、あんな攻撃オフェンス
そのまるでスポーツ観戦のような感想に孔雀くじゃくはまた笑った。
「・・・では、妹弟子がこう申しておりますので、私は下がらせて頂きます」
と言っても、近くに控えている務めがある。
緋連雀ひれんじゃくも妹弟子の頬に唇を寄せて、翡翠ひすいに向き直って、礼を尽くした。

再び二人残されて、翡翠ひすいは改めて孔雀くじゃくと向き直った。
「・・・女家令の心理たるや、常人には考えが及ばないものだね」
孔雀くじゃくはそっと翡翠ひすいのそばに寄り添った。
「・・・翡翠ひすい様、気まずいのでしたら、翡翠ひすい様のご都合でバタバタっと済ませてしまえばよろしいのに」
翡翠くじゃくは苦笑した。
「可愛い人、そんな年末の大掃除のやっつけ仕事みたいに行かないんだよ」

孔雀くじゃくが吹き出した。

「出来れば、よい思い出と記憶に残して欲しい。最初の印象があまりにもひどいもの。でもこうなって見ると、怖いような気もするし・・・」

孔雀くじゃくとの初めての夜を記憶を反芻はんすうしては何度も後悔していたのだ。
以来、孔雀くじゃくは家令連中からは大笑いされ、話のネタにされ「お前面白いけど、そんなに面白くなくてもいいのよ」と貴婦人然とした青鷺あおさぎにすら言われた。

ふと、翡翠ひすい孔雀くじゃくの不思議な青菫あおすみれ色の目が少し赤味がさしたように、星がまたたいたように感じた。

「・・・では、翡翠《ひすい》様。私が魔法をかけてみます」

孔雀くじゃくは、翡翠ひすいの頬と額に唇を寄せた。
意外な程に驚いた翡翠ひすいが黙った。

「・・・いかがでしょう?」

緋連雀ひれんじゃく雉鳩きじばとの言う手練手管てれんてくだよりだいぶ子供だましであるが。

「・・・うん・・・かかった」

翡翠ひすいはそう小さく呟いた。
孔雀くじゃくはほっとして、では、と翡翠ひすいの首に腕を回した。

「・・・私にも」

孔雀くじゃくが促すと、翡翠ひすいが同じように遠慮がちに唇を寄せた。

「・・・翡翠ひすい様、以前のあれは、私、野蛮な事でございました。・・・真鶴まづるお姉様にそう教えられまして、あれで人類皆共通だと思っていたんです。・・・今思えば、つまりは真鶴まづるお姉様のお好みだったのだろうと思ってたのですけど」

孔雀くじゃく翡翠ひすいの下唇を柔らかく噛んだ。

「私、割に。・・・こういうのが好きなようです」

と、滑らかに囁く。
どうか、私に愛させて。
孔雀くじゃくは、甘えると言うより、願うようにそう言って、翡翠ひすいをやわらかく抱きしめた。
ああ、星ではなく、あれは炎であったかと、孔雀《くじゃく》の意外な烈しさを感じて翡翠ひすいは喜びに震えた。
白檀びゃくだんと月桂樹とアニスのような香りに満たされて、翡翠ひすい孔雀くじゃくの羽根が美しく揺らめくのを夢見るような気分で見ていた。



緋連雀ひれんじゃくは、しばし後、隣の総家令室に続くドアを無造作に開けて、その場に詰めていた家令達に得意気に手を出した。
数人が快哉かいさいを挙げ、また数人が舌打ちをして財布から札束を出してテーブルの上の果物籠くだものかごに放り投げた。

「まいどありぃ」

緋連雀ひれんじゃく果物籠くだものかごを受け取り、つばめに賭けに勝った人数分で割りな、と指示をした。
ふくろう大嘴おおはしが悔しそうに眺め、仏法僧ぶっぽうそうは半分呆然としていた。
妹弟子の動向は、良い賭けの材料になるとすべからく娯楽。
家令達は、次は何が起きるか、三年で孔雀が飽きるに四万、いや、翡翠が根を上げるに二万、等勝手に新たな賭けをし始めた。
今度こそは大丈夫だったんだろうな、と念を押したふくろうに、緋連雀ひれんじゃくは自分の手柄のように胸を張った。

「ご心配は無用です、ふくろうお兄様。・・・孔雀くじゃくは案外攻め攻めね」

真鶴まづるお姉様もそれが気に入ってたんじゃないの。・・・ホラ、孔雀くじゃくのおかげで私ら得したからさ、なんかマージン買って来てやんなさいよ」

金糸雀カナリア果物籠くだものかごに手を突っ込んで、紙幣を何枚か緋連雀ひれんじゃくに渡した。

「そうだな。長く使い減りしない賭博とばくの案件でいて貰わなくちゃな。何か、消化に良くて体にいいような食い物がいいんじゃないか?」
雉鳩きじばとも頷いた。


  翌日、孔雀はそれを知って「全く。家令ってなんてデリカシー無いの」と、発熱した額に冷たいシートを貼られながら、緋連雀が買ってきた高級桃の缶詰をいくつも並べて、甘い汁シロップまで飲み干しながら文句を言った。
久々に40度に迫る高熱に、翡翠は責任と甘い背徳感、それを愛だと感じて、一日休むようにと伝えた。

その夜もまた皇帝が二夜続けて公式に総家令を召したと、宮廷に話題を提供した。
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