ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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100.人肉を喰らうダキニ

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 孔雀くじゃくが後で知った詳細であるが、総家令、襲撃され負傷の報を受けた宮城に、確かに白鷹はくたかは登城していた。

人の肉を喰らうダキニだの、鬼女だの、魔族とも言われる老女家令は総家令室のソファに座り翡翠ひすいに対峙した。
そもそもダキニというのは魔神の類である。
人を喰う残虐な女妖。

その上は、更に凶暴な殺戮の女神がいて、ダキニは眷属とされているから、その女神は暗に琥珀こはくの事を示しているのだろう。
白鷹はくたかはその魔人張りにじろりと弟弟子を一睨み。

「久々に姉弟子が来たってのにお茶の一杯も出ないのかい?今すぐだよ」
雉鳩きじばとが慌てて見様見真似で茶を入れて出したが、予想以上の不味さだったらしく白鷹はくたかは弟弟子を一瞥してため息をついた。
仕方なしとテーブルの上の美しいボンボン入れから、チョコレートを摘み口に入れて、何事か文句を言っていた。
あの子の趣味はまあいいけれど、甘い物を切らさないのもいい心がけだけど、でもなんてダメ男製造機なんだろ、とか何とか。

彼女は翡翠ひすいに向き合ってこう言った。
「陛下、以前、不敬な妹弟子共が恐れ多くも陛下に|脅迫状を突きつけた事は存じております。間もなくその約款やっかん上、期限が切れる事と存じます。あの末の妹弟子がもし、無事、城に戻りましたら。あの子の意志があろうがなかろうが、我々はやはりまた翡翠ひすい様にあの子を差し上げます」

人権も人情も度外視しした酷い言い草であるが、それを聞いて、普段同じような言い回しをする緋連雀ひれんじゃくが意外そうな顔をした。
姉弟子のあれは、だからどうか末の妹弟子の事を頼むと言っているのだ。

「勿論、戻りました場合は、ですが。生きて戻らなければ、どうぞご容赦を。家令内の人事であったと思し召くださいまし。ですけれど、もし帰還したのならばそれも人事。どうぞお速やかに」

きっぱりとそう言う姿に翡翠ひすいは苛立ちを覚えるほど。

「・・・さすが法を犯してまで女皇帝の希望を叶えて看取った人間は言う事が違うね」
嫌味にも彼女はほんの少し頬を緩めただけであった。
「法を犯したのは琥珀こはく様ではございません。私のみです。琥珀こはく様の名誉のために申し上げますならば、あの方は誠に王族にふさわしい方。最後の一瞬まで、御聖座のとりなしをお望みでいらっしゃいました」
「なら・・・お前、何の為に・・・」
そんなものに拘る意味がわからない。

「それを第三者にお話しする必要はありません。でも、そうですね。機会があれば孔雀くじゃくにでもお聞きくだいませ。きっと一番近い事を答えるかもしれません」

なぜ琥珀こはくが早々に離宮に移ったのか。
離宮で神経質なまでに女官に当たり散らす白鷹はくたかの思惑が何であるかを、あの妹弟子は勘づいたのだから、そのくらい容易たやすいだろう。

孔雀くじゃくが見習い家令として真鶴まづるに連れられて離宮で過ごすうち、庭掃除でもしてろ、葉っぱの一枚でも廊下に落ちてたら引っ叩くからねと白鷹はくたかに言われ、離宮の壁面の美しい装飾を磨いているうちに気づいたのだ。

波のような渦のような意匠。
琥珀こはく白鷹はくたかにしてはだいぶモダンな趣味のこの模様を辿たどると、離宮のどこにでも行ける、と。
高さの違う装飾の溝を指で辿たどって行くと、その先は必ず、気難きむずかしく閉じこもりがちと言われる琥珀こはくの私室に続いていた。

逆に言えば、女皇帝は目をつむっていてもこの離宮のどこにでも行ける。

琥珀こはく帝は、離宮ではその姿を見ても声をかけられるどころかこちらを見ようともしない気位の高い女皇帝と言われていた。

あの元女皇帝は見えていない。

それが孔雀くじゃくが察した答え。
だから、姉弟子は廊下に木の葉の一枚、枝の一枝でも落ちていると激怒していたのか。
琥珀こはく白鷹はくたかが抱えていたのは、女皇帝が目が見えないと言う困難と、その事実を伏せる困難。
この離宮に仕える人間は、琥珀こはく帝の情の薄さと気まぐれさと、白鷹はくたかの導火線の短さを恐れたけれど、それには理由があったのだ。
勿論もちろん、もともとの性格も大きいだろうけど。

とすれば、この離宮は白鷹はくたかが考えたやさしさに満ちた邸宅だ。
目をつむって溝を辿って遊んでいた孔雀を見つけると、白鷹はくたかが気付いたのか、と面白くなさそうな顔をした。

「・・・白鷹はくたかお姉様。廊下の近くの葉っぱの落ちる木は切ってしまいましょう。お庭の栗の木も危ないわ。足元も大理石は危ないから、ざらざらしたものに。壁みたいに凝ったデザインにすれば誰も気付かない」

それから孔雀くじゃくは、中庭に香りのある木ばかりを植えた。
梅や桜や沈丁花じんちょうげ梔子くちなし金木犀きんもくせい蝋梅ろうばい
その香りを女皇帝はことほか喜んだ。

秋の日に甘やかな金木犀きんもくせいの香りに誘われる様に数ヶ月ぶりに庭に出ると言い出した程に。
そしてこの一連の変化が真鶴まづるが連れ回している家令見習いがした事と知るとまた面白がった。

まあなんて面白いのでしょう。ねえ、白鷹はくたか翠玉すいぎょくが何かあの子に望むならきっとそうしてあげて頂戴。
私とお前のようにきっとなりますように。

視力を失ってから口数も少なくなり抑鬱よくうつ的であった彼女が、少女のようにそう微笑むのが白鷹はくたかはただ嬉しかったのだ。

孔雀くじゃくに温度計まで使わせて決して熱くなく適温にして入れさせた金木犀きんもくせいで香りをつけた茶を差し出しながら、白鷹はくたかは戸惑うほどにはしゃぐ女皇帝に微笑んだ。

「そうですね、きっとそう致しましょうね」
嬉しくて。だからそう答えたけれど。
でも私。あなたや自分と同じ程の地獄に妹弟子を堕とす気には、もうなれないみたい。
そりゃあ、家令と仮にも皇帝ですもの。末長く幸せになんて心にもない現実的ではない事お世辞にもあり得ないけれど。
でも、あの翠玉すいぎょく翡翠ひすいとでは、地獄の質も違うでしょう。

白鷹はくたかは翡翠《ひすい》を見て微笑んだ。

「誓って孔雀くじゃく翡翠ひすい様に差し上げます。けれど、お願いがございまして」
この女家令が、他人にお願い等と言うのを初めて聞いた、と翡翠ひすいは不気味に思った。

「あの子はこれから、今後も家令として生きる他はないのですし、その才能があると言う事はそう言う事ですから。家令として他の者がそうであるようにご満足頂けます働きに尽くす事でしょう。いかようにも、お望みのように」
それはベッドでもという意味においても、と女家令は少しだけ含んで笑った。

「軍属をし、機会があれば、城の外は勿論、国外でも役立たなければなりません」
家令としてそれは当然の進路だ。
軍で、加えて、神殿オリュンポスでまたは聖堂ヴァルハラで。
国際団体や、研究施設、アカデミーに所属し、知識の研鑚や後進の育成に携わる者もいる。

「・・・アカデミーや国外に出してやれって?」
「機会がございましたら。あの子はこれからなのですからいくつも出会いがありますでしょう。その中で衝突があったり、またはどこかのどなたかと・・・。まあ、あの調子でも家令でございますからそれは、それなりに、結婚したり離婚したり。それを全て認め頂きたく存じます。それからいつかあの子が望んだら、どうぞその手をお離し下さいますように」

翡翠ひすいは信じがたいと白鷹はくたか見据みすえた。

「まさかそんな事お前が言うなんてね。・・・最高のその状態で、離してやれと言うのかい」
「望むのでしたら。そうならない様に、努力されたらよろしいのでは?今後も期待しておりますことよ」
多少は今までの翡翠ひすいの努力も認めていると言うことか。
「その全部を認めて、ねえ・・・・」
何とも厄介だ。

「きっとご存知でいらっしゃいます事でしょう。孔雀くじゃくはお願いと努力するに弱い。あの子は努力を決して笑わない」
結果になろうがそうでなかろうが。
結果、そう、そこが問題なのだけれど。と白鷹はくたかは大袈裟に首をふった。

確かに。以前、実家に帰るとベソをかく孔雀くじゃくに、お願いだから総家令になれと言ったのは自分だ。

そして、翡翠ひすいは、決めたのだ。
望む物を手にする為に身を削り、心を寄せる努力をしようと。
その、やったこともない努力を。
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