ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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132.皇女の婚約

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 帰国後、孔雀くじゃくは、いつものように総家令室で翡翠ひすいに茶を出していた。
焼き立てのカヌレを皿に並べて、いい出来と機嫌がいい。

紅小百合べにさゆり翡翠ひすいの皇女の紅水晶べにすいしょうがQ国の皇太子に嫁ぐ事になったのだ。
時が来れば、Q国の段階的な開国と共に宣言される再びの国交の樹立公表と、皇子と皇女の結婚は更に華々しく発表されるだろう。

「皇女様のご婚姻も決まりましたし。きっとお大切にして頂けますね」
「皇女ではなく、結婚話がちっともまとまらない第二太子を追い出すのかと思ったけれど」

ここしばらくの婚姻を巡る孔雀くじゃくと天河《てんが》の攻防戦の苦戦ぶりを翡翠ひすいは心配していたのだ。

「・・・それでもよかったのですけれど」

孔雀くじゃくが微笑んだ。
結局、Q国には天河てんがに見合うちょうどいい年齢の未婚の王族の姫がいなかったのだ。

強いて言えば、白鷹はくたかより少し若いくらいの未亡人の王族筋の女性が一人と、またはまだ小学生程の幼児の姫が一人。

「二回り上と下くらいなんだっていうんだろうね」
翡翠ひすいは言ったが、念の為に天河てんがに伺いを立てたら冗談じゃないと即答されたのだから仕方がない。
彼の縁談がまとまれば、素晴らしい事であったのだけど。

そう、天河てんが縁談話が行き詰まっている。
案外結婚の理想の高い第二太子に、Q国の王女との良縁が望めれば渡りに船、いや、華々しいドラマだったのだが。
何より宮廷でいまだ弱い立場の天河てんがを守る良い縁になってくれたろうに。

白鷹はくたかの手紙というか脅迫状を読んだ母后が怒鳴り散らした後、Q国王はびっくり仰天したまま、この事は妃達には言ってくれるなと母后に頼み込んだ。

「・・・バカ!あれは女家令だったんだよ・・・」
「そんな!だって、彼女は以前より真にお慕いしていましたって言ったんです・・・!」
「初めて会った女が、なんで以前から真に慕うんだよ!口からでまかせだよ。あいつら何だって言うし、するんだよ!悪魔とか妖怪なんだから!騙されたんだよ、お前!」
「そんな・・・」

そして極め付けはあの美貌の姉弟子。
緋連雀ひれんじゃくは自分の出生にまつわる話を聞き、実父に当たるらしい王を見て全く心が動かないどころか、白鷹はくたかの思惑を理解し、

「バカバカしい。耄碌もうろくしたんじゃないのあのババア。強請ゆすりのネタに人のことタダで利用すんじゃないよ。金払え。こんな女も子供もゴロゴロいるエロオヤジが、だから、なんだってんだよ!」

との意向にて、彼女の王位の相続権は放棄された。

しかし、Q国王の後宮での様子を見て、姉弟子の性豪っぷりの原点はここかと孔雀くじゃくは妙に合点がいった。

そもそも白鷹はくたかの意趣返しで、嫌がらせに他ならない事。
緋連雀ひれんじゃくが今後一切相続に関わらない事を条件に紅水晶べにすいしょうとQ国の皇太子との婚約がほぼ内定したのだ。

娘を正室として迎えるという提案に、紅小百合べにさゆりが乗り気になったのだ。
母后の立場と権力を目の当たりにし、何よりあの勲章が決定打になったらしい。

更に、皇女が輿入れした後には、紅小百合べにさゆりもまた正室の母という立場で準王族に列せられると言う事になった。

「そんなにこだわっていたんだね」

翡翠ひすいはいっそ腑に落ちない様子。
孔雀くじゃくはちょっと眉を寄せた。
彼はこの意味がわからないのだ。

「・・・紅小百合べにさゆり様が欲を出したとお思いですか。・・・なぜだと思いますか」

ううん、と翡翠ひすいは考え込んだ。

「ただ満ち足りぬ、欲しいと言う以外に理由なんてあるの?」
「・・・翡翠ひすい様と対等に支え合えたらとお思いになったからではないでしょうか。ご正室としてのご身分を得たいと以前から仰っている本質はそちらだと思います」
「でも、彼女の実家はそれを望んではいないのに」
紅小百合べにさゆり様もご正室になったとしてお立場が危うくなるのはわかっておいででしょう。だからQ国に拠り所を求めたのではないでしょうか」

それが正しいとも思えないけれど、健気だと思う。
そして、彼女はとても努力家だ。
しかし、ふうん、と翡翠ひすいはいまひとつ理解から遠い所にいるらしい。

「それを、私が望んでいないのに?」

孔雀くじゃくがそっと微笑んだ。

「・・・それでもです」

それでも、そうせざるを得ない気持ちがあるのだ。
翡翠ひすいは彼女に愛されているのだ。
皇帝を愛するというのは妃にとって一番の美徳。
皇帝と対等に、またはそれ以上の関係を持つならそれはそれで才能。
けれど、お互いのたった一人を望むのは、命取りだ。
それを望むならば、彼女は、彼女が最も嫌悪する家令に、しかも総家令にならなければならない。
けれど、それであっても、唯一は望めないのだ。

「薄情だと思った?」

少し心配そうに翡翠ひすいが尋ねた。

「・・・いいえ。・・・戴勝やつがしらお姉様は、目白《めじろ》お兄様と愛し合うには持ち物が多すぎたのだろう、だから自分たちはいろいろ失うくらいでちょうど良かったんだ、と仰っていました。・・・いろんな方がいるものですね」

けれど、自分はいろいろ多すぎる持ち物があるからこそ、翡翠ひすいを愛したのだけれど。

「・・・薄情は私かもしれません」

家令は誰もが自分勝手だし、何もかもが過剰だ。過載積のまま生きている。
だけど、冷酷だったり薄情な者など誰もいない。
自分がそうかもしれないと考えた事など一度もなかった。
天河てんがに、お前何をした、と突きつけられるまでは。

そればかりを最近、考えている。
孔雀くじゃくの今まで見た事もないような不安気な表情に、翡翠ひすいは心配になった。
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