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133.老竜騎士
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今年は冬が殊の外早かった。
例年ならば年末に降り始める雪が、紅葉の頃にはすでに森を白く染めていた。
アカデミーと軍からの資料によると、今年は北極が寒いらしい。
これは今年は寒波が来る、と孔雀は軍での冬季の予算を急いで上乗せした。
急務と騒いで寒さ対策か、と議会では責められたが元老院に復籍した五百旗頭《いおきべ》翁が思わぬ加勢をしてくれて、法案が通った。
きっと極北の前線にいる息子の鸚鵡の難儀を思っての事でもあろう。
家令に関わる事全て心底嫌い抜いている彼だが、鸚鵡が登城を許された事で元老院に復職し、正式に翡翠に謝礼申し上げたいと申し入れてきた。
皇帝と面会というのは、大広間での公式謁見という大げさなものではなくとも特別なものだ。
特に、宮廷軍閥、皇帝近衛兵と呼ばれる禁軍に属する者達のうち上位の者は皇帝に直に任命される竜騎士と呼ばれる名誉職。
宮城や宮廷、そして皇帝に対する忠誠心は一介の廷臣とは違うものであると自負している。
しかし翡翠帝は、およそ自分の仕事場である執務室にいない。
大概、朝以外は続きの総家令執務室で日がな一日過ごすのを好むのだ。
続きの、というのは、もともとは壁があったのに扉をつけてしまったからだ。
三代の王に仕えたが、こんな環境破壊行為は見た事もない。
壁に取り付けられた花梨色のドアを忌々し気に見ていると、翡翠は眉を寄せた。
「やっぱり、ドアじゃなくて、壁抜けばよかったと思うかい?」
「は・・・?」
「だから、どうせなら部屋繋げたほうが良かったなあと。どうせいつも半開きだし」
唖然として五百旗頭は翡翠を見た。
こんなドア、セメントか漆喰で埋めちまえと思っていたのだが、全く逆の事を言われて呆気に取られた。
「しかし、久しぶりだね。変わらないようで何よりだ、女官長が父は毎日健康体操してるとか言ってたけど、効いてるようだね」
武芸の修練も日々欠かさぬと言うのに、なぜあの娘は体操の方のみ陛下に申し上げたのかと舌打ちしたい気持ちを押し込んで五百旗頭は頭を下げた。
「・・・恐悦至極でございます。私めの些末な日常の行動などで陛下のお耳汚れでございます」
宮廷でも流石に最近聞かない言い回しに翡翠が少々驚いた。
そうだ、こういう爺さんだった。
「形容詞が大袈裟だよね。・・・女官長と孔雀がこないだそんな話をしてたから」
総家令室で打ち合わせ中、よくいろいろ話しているのだ。
女の会話、特に孔雀の会話というのは面白い。
話の合間合間に仕事の話が入り、あとはずっと別の話をしている。
それではごきげんよう、と最後に言う頃には、お互い、ふう、とっても打ち合わせたわ、みたいな顔をしているが、実際はほぼ世間話と自分達の話をしながら茶を飲み菓子をあれこれつまんでいるだけ。
が、それでちゃんと打ち合わせは終わり、フォローも済んでいて、仕事が回るのだ。
よくよく聞いてみると、どうもそれは膨大な情報交換のようなのだ。
男の情報交換が腹の探り合いやマウント合戦になる場合が多いのに比べ女の情報交換は実務を伴った広報活動だ。
そのような感想を言った時、孔雀はちょっと考えてから、そうそう、と話し始めた。
「なんでも大昔。いえ、まだ狩猟の生活をしていたような時代ですよ。女性同士は、あっちでおいしい木の実があったとか、こっちの川の水がきれいでお腹痛くならないとか、そんな話をしていたそうですよ。そんな時代から女性はおしゃべりが大好きなんですね」
と楽しそうに言っていた。
それだけ女性がコミニュケーション能力に長けているという事は、種の存続に関わるような事だったのかもしれない。
孔雀が特別、いや普通なのか。
梟の圧迫政治時代はひどいものだったが、白鷹も負けず恐怖政治体制だったから。あの二人は間違いなく普通ではないだろう。
総家令室に女官長が呼ばれる時は必ず、良くて叱責、酷いと恫喝。
だがその女官長だって女官達をずらりと引き連れて臨戦体制でやってくる。
総家令と女官長をそれぞれに、迎え撃つ家令と、受けて立つ女官のあのぴりぴりとした空気と言ったら。ここは地獄か、と若かりし頃のまだ皇帝になっていない時代の瑪瑙は辟易していたが。
「・・・いかがされましたか」
可笑しそうな翡翠に、五百旗頭《いおきべ》は戸惑った。
「いやあのね、昔。お前の奥さんが白鷹とやりあった時なんて、まあ、総家令室が合戦場みたいだったなあと思ってね」
そう言いながら、翡翠《ひすい》は笑い出してしまった。
「・・・まあ、翡翠様。お楽しそうですこと」
優雅な声に、五百旗頭は舌打ちしたい気分になった。
自分が城を離れているうちに、すっかり皇帝を丸め込んだ寵姫宰相。
家令の例に洩れず真っ黒の服を着て、縁起が悪い。
「孔雀、昔のね、姉弟子と前女官長の対決の話をしていたんだよ」
孔雀は笑みこぼれた。
「それは周りがヒヤヒヤした事でしょうね。・・・ふふ、白鷹お姉様と前女官長様ですか。ゴジラ対モスラ・・・」
孔雀も可笑しそうに笑った。
女官が蝶の名前を戴く事にかけたのだろう。
たまらず翡翠《ひすい》が腹を抱えて笑いだした。
五百旗頭《いおきべ》はますます困惑した。
こんな人物だったろうか。それとも頭がおかしくなったのか。
「失礼致しました。きれいな揚羽蝶でございましたね」
女官長は代々その名を預かるのだ。現在は娘である更紗が奉職している。
燕が運んできたワゴンを孔雀は改めてから、蓮の花の描いてある青磁のポットに並々と湯を注いだ。
とたんに芳しい花の香りが魔法のように立ち込めた。すぐに花の香りは薄まり、柔らかな茶葉の香りに変わる。
孔雀はやはり蓮の花のティーカップに茶を注ぐと、テーブルに並べた。
「陛下、この度は、愚息の登城のお許しを頂きまして、感謝を申し上げたく存じます」
彼の二妃の件で放逐されていた家令達は彼の即位と共に恩赦されたのに、鸚鵡は前線送りのままであった。
そもそも栄えある宮廷軍属の禁軍の一門の惣領息子が突然家令に堕ちたのも屈辱であるが、その次が更にいけなかった。
前帝の死後に、皇女である翠玉が彼に反旗を翻し、その片棒を担いだのだ。
自分もあの美しい皇女に唆されたとは口が裂けても言えない。
私が皇帝になったらお前の息子を正室にしてあげる、そう言われて、欲を出した。
そもそも彼女のせいで家令になぞ堕ちた息子である。
元老院から五百旗頭家が除籍されたのは当然。
妻である当時の女官長、やはり禁軍の近衛兵である更紗の夫が不問に処されたのは特赦であったと思う。
この度、元老院への復帰を許された。
だが、どうしても心残りは惣領息子だ。
「それは孔雀に言いなさい。もうずっと長いこと兄弟子を城に戻すように言い続けていたからね」
五百旗頭ははっとして総家令を見た。
確かに、二妃の件で放逐されたの家令達が恩赦されたのもこの総家令が陛下におねだりをしたのだと噂になっていた。
孔雀は燕から濃い茶色のファイルを受け取り、開いて示した。
覚えがある。これは前総家令の梟が使用していたファイルだ。
「五百旗頭様、こちらお改めくださいませ」
達筆な筆字でつらつらと書いてある書類。
これは白鷹の字だ。
内容としては、五百旗頭礼を家令とする、というもの。
間違いなく息子のサインと拇印が押してある。
五百旗頭にとっては、悪魔との取引状だ。
この紙一枚で、あの息子は悪魔に魂を売ったのだ。
見たくもない。
「・・・なんでしょうな。これは」
ぶっきらぼうにそう言う。
孔雀は、ここに、と指で示した。
「本来であれば、当時の総家令である梟お兄様の署名と印があるはずなんです
」
家令が新しく誕生した時、新たに家令が就任した時は、公式記録と総家令の日記に必ず記してあるはずなのだ。しかし、鸚鵡の名前はどこを探してもなかった。宮廷家令名簿には載っているのに、なぜ?と、以前から違和感があり何度も梟《ふくろう》に問い正しても、はぐらかされていたのだが、ついに明かした。
「つまり、鸚鵡お兄様は正式な家令ではありません。真鶴お姉様が梟お兄様に許可しないように言っていたらしいんです」
五百旗頭は耳を疑った。
「・・・・では、では、うちの倅は・・・」
「現在もご身分は禁軍の方です。よくよく調べてみたら、軍中央から前線に軍医として派遣されている事になっていました。これは梟お兄様のお計らいでしょう。白鷹お姉様も知らぬ事と思います。・・・そもそも梟お兄様は、鸚鵡お兄様を家令にする事に反対でらしたようです」
なんと、と五百旗頭は文書をまた一読した。
「しかし。これは白鷹殿の直筆。梟殿が違えていたとなれば・・・」
あの人肉を屠るダキニが怒り狂うのではないか。
よくそんな事したものだ。
「しかし、なぜ。・・・分かりかねる」
「・・・梟お兄様は、案外、何というか・・・」
ええと、と言葉を探して、翡翠と目が合って、二人は微笑みあった。
「浪花節というかね」
「・・・はい。ええと。叙情的と言いますか・・・。案外、繊細でお優しくていらっしゃるの。一部、ちょっとですけど。・・・私の事を家令にしてしまって未だに結構後悔しているくらいですから」
白鷹に命じられたとは言え、まだ小学校低学年の女児相手に、お菓子があるよ、猫がいるよ、などと言って、人さらいのように、連れてきてしまったのだと。
「家令というのは、まあ、ねえ・・・」
ねえ、の、その先は言わず、と孔雀《くじゃく》は苦笑した。
宮廷の国の人の暗部を見る仕事でもあるから。
それを、自ら望めというものだから。
だから、茉莉《まつり》の事も、雉鳩の母親も家令にはせずに、蝙蝠のままでいさせたのだ。
白鷹ならば、人手不足なんだから何がなんでも家令になるんだよ、とどやしつけるところだろうが。
「梟お兄様は、鸚鵡お兄様の、お人柄やお立場を含めて、家令にする事を惜しまれたのだと思います。鸚鵡お兄様は、家令になんかならなくたって十分立派に生きていける方だもの」
五百旗頭はただ首を振った。
あのいけすかない梟が、と驚くばかりだ。
しかし。これは間違いなく良いニュースだ。
あの息子は、家令では無かった。
軍中央に在籍し、出向中という身分ならば、いつでも禁軍に返り咲けるではないか。
この先、近衛兵として、いずれ元老院でも、いくらでも将来を望める。
この時ばかりは、五百旗頭は、悪い鳥、家令共に感謝を感じた。
例年ならば年末に降り始める雪が、紅葉の頃にはすでに森を白く染めていた。
アカデミーと軍からの資料によると、今年は北極が寒いらしい。
これは今年は寒波が来る、と孔雀は軍での冬季の予算を急いで上乗せした。
急務と騒いで寒さ対策か、と議会では責められたが元老院に復籍した五百旗頭《いおきべ》翁が思わぬ加勢をしてくれて、法案が通った。
きっと極北の前線にいる息子の鸚鵡の難儀を思っての事でもあろう。
家令に関わる事全て心底嫌い抜いている彼だが、鸚鵡が登城を許された事で元老院に復職し、正式に翡翠に謝礼申し上げたいと申し入れてきた。
皇帝と面会というのは、大広間での公式謁見という大げさなものではなくとも特別なものだ。
特に、宮廷軍閥、皇帝近衛兵と呼ばれる禁軍に属する者達のうち上位の者は皇帝に直に任命される竜騎士と呼ばれる名誉職。
宮城や宮廷、そして皇帝に対する忠誠心は一介の廷臣とは違うものであると自負している。
しかし翡翠帝は、およそ自分の仕事場である執務室にいない。
大概、朝以外は続きの総家令執務室で日がな一日過ごすのを好むのだ。
続きの、というのは、もともとは壁があったのに扉をつけてしまったからだ。
三代の王に仕えたが、こんな環境破壊行為は見た事もない。
壁に取り付けられた花梨色のドアを忌々し気に見ていると、翡翠は眉を寄せた。
「やっぱり、ドアじゃなくて、壁抜けばよかったと思うかい?」
「は・・・?」
「だから、どうせなら部屋繋げたほうが良かったなあと。どうせいつも半開きだし」
唖然として五百旗頭は翡翠を見た。
こんなドア、セメントか漆喰で埋めちまえと思っていたのだが、全く逆の事を言われて呆気に取られた。
「しかし、久しぶりだね。変わらないようで何よりだ、女官長が父は毎日健康体操してるとか言ってたけど、効いてるようだね」
武芸の修練も日々欠かさぬと言うのに、なぜあの娘は体操の方のみ陛下に申し上げたのかと舌打ちしたい気持ちを押し込んで五百旗頭は頭を下げた。
「・・・恐悦至極でございます。私めの些末な日常の行動などで陛下のお耳汚れでございます」
宮廷でも流石に最近聞かない言い回しに翡翠が少々驚いた。
そうだ、こういう爺さんだった。
「形容詞が大袈裟だよね。・・・女官長と孔雀がこないだそんな話をしてたから」
総家令室で打ち合わせ中、よくいろいろ話しているのだ。
女の会話、特に孔雀の会話というのは面白い。
話の合間合間に仕事の話が入り、あとはずっと別の話をしている。
それではごきげんよう、と最後に言う頃には、お互い、ふう、とっても打ち合わせたわ、みたいな顔をしているが、実際はほぼ世間話と自分達の話をしながら茶を飲み菓子をあれこれつまんでいるだけ。
が、それでちゃんと打ち合わせは終わり、フォローも済んでいて、仕事が回るのだ。
よくよく聞いてみると、どうもそれは膨大な情報交換のようなのだ。
男の情報交換が腹の探り合いやマウント合戦になる場合が多いのに比べ女の情報交換は実務を伴った広報活動だ。
そのような感想を言った時、孔雀はちょっと考えてから、そうそう、と話し始めた。
「なんでも大昔。いえ、まだ狩猟の生活をしていたような時代ですよ。女性同士は、あっちでおいしい木の実があったとか、こっちの川の水がきれいでお腹痛くならないとか、そんな話をしていたそうですよ。そんな時代から女性はおしゃべりが大好きなんですね」
と楽しそうに言っていた。
それだけ女性がコミニュケーション能力に長けているという事は、種の存続に関わるような事だったのかもしれない。
孔雀が特別、いや普通なのか。
梟の圧迫政治時代はひどいものだったが、白鷹も負けず恐怖政治体制だったから。あの二人は間違いなく普通ではないだろう。
総家令室に女官長が呼ばれる時は必ず、良くて叱責、酷いと恫喝。
だがその女官長だって女官達をずらりと引き連れて臨戦体制でやってくる。
総家令と女官長をそれぞれに、迎え撃つ家令と、受けて立つ女官のあのぴりぴりとした空気と言ったら。ここは地獄か、と若かりし頃のまだ皇帝になっていない時代の瑪瑙は辟易していたが。
「・・・いかがされましたか」
可笑しそうな翡翠に、五百旗頭《いおきべ》は戸惑った。
「いやあのね、昔。お前の奥さんが白鷹とやりあった時なんて、まあ、総家令室が合戦場みたいだったなあと思ってね」
そう言いながら、翡翠《ひすい》は笑い出してしまった。
「・・・まあ、翡翠様。お楽しそうですこと」
優雅な声に、五百旗頭は舌打ちしたい気分になった。
自分が城を離れているうちに、すっかり皇帝を丸め込んだ寵姫宰相。
家令の例に洩れず真っ黒の服を着て、縁起が悪い。
「孔雀、昔のね、姉弟子と前女官長の対決の話をしていたんだよ」
孔雀は笑みこぼれた。
「それは周りがヒヤヒヤした事でしょうね。・・・ふふ、白鷹お姉様と前女官長様ですか。ゴジラ対モスラ・・・」
孔雀も可笑しそうに笑った。
女官が蝶の名前を戴く事にかけたのだろう。
たまらず翡翠《ひすい》が腹を抱えて笑いだした。
五百旗頭《いおきべ》はますます困惑した。
こんな人物だったろうか。それとも頭がおかしくなったのか。
「失礼致しました。きれいな揚羽蝶でございましたね」
女官長は代々その名を預かるのだ。現在は娘である更紗が奉職している。
燕が運んできたワゴンを孔雀は改めてから、蓮の花の描いてある青磁のポットに並々と湯を注いだ。
とたんに芳しい花の香りが魔法のように立ち込めた。すぐに花の香りは薄まり、柔らかな茶葉の香りに変わる。
孔雀はやはり蓮の花のティーカップに茶を注ぐと、テーブルに並べた。
「陛下、この度は、愚息の登城のお許しを頂きまして、感謝を申し上げたく存じます」
彼の二妃の件で放逐されていた家令達は彼の即位と共に恩赦されたのに、鸚鵡は前線送りのままであった。
そもそも栄えある宮廷軍属の禁軍の一門の惣領息子が突然家令に堕ちたのも屈辱であるが、その次が更にいけなかった。
前帝の死後に、皇女である翠玉が彼に反旗を翻し、その片棒を担いだのだ。
自分もあの美しい皇女に唆されたとは口が裂けても言えない。
私が皇帝になったらお前の息子を正室にしてあげる、そう言われて、欲を出した。
そもそも彼女のせいで家令になぞ堕ちた息子である。
元老院から五百旗頭家が除籍されたのは当然。
妻である当時の女官長、やはり禁軍の近衛兵である更紗の夫が不問に処されたのは特赦であったと思う。
この度、元老院への復帰を許された。
だが、どうしても心残りは惣領息子だ。
「それは孔雀に言いなさい。もうずっと長いこと兄弟子を城に戻すように言い続けていたからね」
五百旗頭ははっとして総家令を見た。
確かに、二妃の件で放逐されたの家令達が恩赦されたのもこの総家令が陛下におねだりをしたのだと噂になっていた。
孔雀は燕から濃い茶色のファイルを受け取り、開いて示した。
覚えがある。これは前総家令の梟が使用していたファイルだ。
「五百旗頭様、こちらお改めくださいませ」
達筆な筆字でつらつらと書いてある書類。
これは白鷹の字だ。
内容としては、五百旗頭礼を家令とする、というもの。
間違いなく息子のサインと拇印が押してある。
五百旗頭にとっては、悪魔との取引状だ。
この紙一枚で、あの息子は悪魔に魂を売ったのだ。
見たくもない。
「・・・なんでしょうな。これは」
ぶっきらぼうにそう言う。
孔雀は、ここに、と指で示した。
「本来であれば、当時の総家令である梟お兄様の署名と印があるはずなんです
」
家令が新しく誕生した時、新たに家令が就任した時は、公式記録と総家令の日記に必ず記してあるはずなのだ。しかし、鸚鵡の名前はどこを探してもなかった。宮廷家令名簿には載っているのに、なぜ?と、以前から違和感があり何度も梟《ふくろう》に問い正しても、はぐらかされていたのだが、ついに明かした。
「つまり、鸚鵡お兄様は正式な家令ではありません。真鶴お姉様が梟お兄様に許可しないように言っていたらしいんです」
五百旗頭は耳を疑った。
「・・・・では、では、うちの倅は・・・」
「現在もご身分は禁軍の方です。よくよく調べてみたら、軍中央から前線に軍医として派遣されている事になっていました。これは梟お兄様のお計らいでしょう。白鷹お姉様も知らぬ事と思います。・・・そもそも梟お兄様は、鸚鵡お兄様を家令にする事に反対でらしたようです」
なんと、と五百旗頭は文書をまた一読した。
「しかし。これは白鷹殿の直筆。梟殿が違えていたとなれば・・・」
あの人肉を屠るダキニが怒り狂うのではないか。
よくそんな事したものだ。
「しかし、なぜ。・・・分かりかねる」
「・・・梟お兄様は、案外、何というか・・・」
ええと、と言葉を探して、翡翠と目が合って、二人は微笑みあった。
「浪花節というかね」
「・・・はい。ええと。叙情的と言いますか・・・。案外、繊細でお優しくていらっしゃるの。一部、ちょっとですけど。・・・私の事を家令にしてしまって未だに結構後悔しているくらいですから」
白鷹に命じられたとは言え、まだ小学校低学年の女児相手に、お菓子があるよ、猫がいるよ、などと言って、人さらいのように、連れてきてしまったのだと。
「家令というのは、まあ、ねえ・・・」
ねえ、の、その先は言わず、と孔雀《くじゃく》は苦笑した。
宮廷の国の人の暗部を見る仕事でもあるから。
それを、自ら望めというものだから。
だから、茉莉《まつり》の事も、雉鳩の母親も家令にはせずに、蝙蝠のままでいさせたのだ。
白鷹ならば、人手不足なんだから何がなんでも家令になるんだよ、とどやしつけるところだろうが。
「梟お兄様は、鸚鵡お兄様の、お人柄やお立場を含めて、家令にする事を惜しまれたのだと思います。鸚鵡お兄様は、家令になんかならなくたって十分立派に生きていける方だもの」
五百旗頭はただ首を振った。
あのいけすかない梟が、と驚くばかりだ。
しかし。これは間違いなく良いニュースだ。
あの息子は、家令では無かった。
軍中央に在籍し、出向中という身分ならば、いつでも禁軍に返り咲けるではないか。
この先、近衛兵として、いずれ元老院でも、いくらでも将来を望める。
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