ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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6.

159.愛の表明

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 孔雀くじゃくは天河が極北総督府長任命の書類を偽装した事をまだ納得していないと言った。
天河てんがと別れたあの時、目が覚めたらすでに天河てんがは城を立った後。
やられた、と思ったのは右手の親指の総家令印に朱肉が残っていたのに気付いた時。
天河てんがが前後不覚の孔雀の印章を使って勝手に北総督府辞令に許可の押印をしたのだ。

その後やはり発熱し寝込んで二晩ベッドから出れなかった。
翡翠ひすいともしばらく気まずいし、気持ちが落ち着くまでに一週間程かかった。
しかし、そのショック等、今日この今に比べれば瑣末さまつな物。

天河てんがの寝室で孔雀くじゃくが口を覆った。
衝撃のあまり、孔雀とは程遠い趣味の、褪せてはいるが派手な模様の臙脂えんじ色の壁にドンと背中をつけた。

「なんてこと・・・」

天河てんがに見せられた傷。それより問題なのは。
傷のあたり、心臓のあたりから肩にかけて鮮やかな孔雀くじゃくの羽模様が描いてあることだ。

緋連雀ひれんじゃくはせっかちだから大変だったよ」
「・・・なんてことでしょう、王族の方にこんな・・・。天河様は海兵隊マリーンにお入りになったけれど、ここまでしていいわけじゃありません。消すどころじゃないわ。・・・急いで黄鶲きびたきお姉様に皮膚移植手術を依頼しなきゃ」

きずもわからないほど見事に修復する先端技術だ。

「それ、何?」
「ええと、天河てんが様の皮膚をどこか一枚、味海苔くらいの大きさ頂いて、それを培養して増やしたものを、同じ大きさに剥がした皮膚に貼り付けるんです。最初の剥いだところも貼るから大丈夫ですよ。ああでも、これじゃあ。味海苔じゃなくて板海苔くらい必要かも・・・」
「痛い痛い・・・。いや結構です・・・」

考えるだけでぞわりとした。

「撃たれるよりは痛くないと思いますよ。ちゃんと麻酔使うし」
「当たり前だわ」

そうですか、と孔雀くじゃくは生真面目に頷いた。
軍で負傷すると、時と場合によっては麻酔サイトカインが間に合わず、そのまま切ったり縫われたりする事もある。
野戦病院育ちの黄鶲きびたきは結構強引で、我慢しろと言って問答無用だ。

「でも本当にきれいに治りますよ。緋連雀ひれんじゃくお姉様はあまりやらないけど、他の家令達は皆怪我したら受けてます」

傷を得ると、名誉の負傷ではなくこれは戒《いまし》め、と緋連雀ひれんじゃくはそう言って頑として拒否する。
孔雀くじゃくのように上から彩色を施すのでもなく、緋連雀ひれんじゃくは傷を残すのだ。
彼女の胸にある渾名である火喰蜥蜴サラマンダーも、傷だらけ。

「なんていうかこう・・・ホント、お侍のおじさんでもとり憑いているのかもしれないですね・・・。前世かしら」
いや、緋連雀ひれんじゃくそのものの中身が中年男性なんじゃないだろうか、と天河《てんが》は思ったが。
「背中にチャックかボタンでもあるんじゃないか。中におっさんが入ってる」

つい孔雀くじゃくも吹き出した。
あの宮廷育ちの美貌と根性曲がりは有名だが、女官相手にきわどい婉曲表現の艶話をしたかと思えば、割に繊細な天河てんがどころか、軍の屈強な兵士すらドン引きの下ネタを言って一人爆笑している。
妹弟子の漬けたイカの塩辛や沖漬けと芋焼酎を愛する国際的にも有名なそのエトワールは、久々に休暇で宮城へ帰還中。
また女官達が神経質になって過剰に飾り立てている頃だろう。
孔雀は姉弟子の素行を考えると頭が痛いので、それは置いておくことにした。

「・・・とにかく。そんなものいけません。不良です、天河てんが様」

本気で孔雀くじゃくは訴えた。

緋連雀ひれんじゃくお姉様、何考えてんの、もう。消しゴムや洗剤なんかじゃ消えないんだから!」

自分の事はすっかり棚に上げて自分専用の深緑色のファイルを取り出すと、用紙にペンを走らせた。
最新治療を天河てんがに施術するようにとアカデミー長の猩々朱鷺しょうじょうとき宛の文書を書き起こす。
アカデミーで開発されてまだ一般に臨床で使用されていない最新医療を施す際には、総家令の許可がいる。早い話が、人体実験の延長。
天河てんがはそれを取り上げると、ぽいと捨てた。

孔雀くじゃくもやるならいいけど」
「・・・まあ、それはちょっと・・・。私、板海苔どころか座布団くらい必要なので痛いですもの」

腰から腹部にかけて被弾した痕を覆う孔雀くじゃくの羽模様は、今現在も鮮やかだ。
緋連雀ひれんじゃくが我ながら力作と言っただけある。
殊の外陛下がお気に召して、私、褒賞頂きましたの。と緋連雀ひれんじゃくが自慢気に言っていた。
孔雀くじゃくと同じものをという今回の天河てんがの提案を面白がって、彼女は孔雀くじゃくと同じモチーフの彩色を天河の銃痕の上に施したわけだ。

「・・・・全く、何の為にこんな事されたの・・・」

孔雀くじゃくは首を振った。
何の為、と言われて天河《てんが》は面白くなさそうに孔雀くじゃくの腕を引っ張った。

「愛の表明」

孔雀くじゃくは驚いて天河《てんが》を見た。
こんな事を言う人だったろうか。

「・・・まあ、翡翠ひすい様みたい・・・」

さらに、天河てんがの嫉妬心に火がついた。
しかし、それでベッドに誘うのではなく、まずは相手の思考を詰るタイプ。
そこが決定的に翡翠ひすいとタイプが違うのだろう。

「・・・どういう神経してんだ・・・家令は本当、デリカシーとかどうなってんだ・・・」

まあ、と孔雀くじゃくも負けずに言い返す。

「私、デリカシーにかけては、家令の中では定評がある方です」

兄弟子や姉弟子と一緒にしてくれるなと抗議した。

「家令なんか基準になるか」

天河はイライラして孔雀くじゃくが手土産に持って来た蜜柑みかんが丸ごと入った大福に食いついた。

「・・・あ、そうだ」

孔雀くじゃくも冷静になって、リュックからカードを取り出した。

「愛の表明で思い出した。私、これ天河てんが様にお渡しするんでした」

可愛らしいピンクの花模様の箔押しのカード。
クリスマスカードにしてはちょっと早い。
愛の表明で思い出したと言うからには、ラブレターかと、天河《てんが》は浮かれて受け取り、開いて目を疑った。
まあ、そんなうまい話あるかいと自分でも思ったが。
金糸雀カナリアの筆跡だろう美しいレタリングで書かれたその内容。

「・・・緋連雀ひれんじゃくふくろうの結婚式?はあ?誰と誰が?何の為の催し?」
「ですから、ふくろうお兄様と緋連雀ひれんじゃくお姉様です。天河てんが様、結婚式お好きでしょ。いつも来てくださるもの」

天河てんがはあまりのことに唖然とした。

翡翠ひすい様お優しいから、孔雀の好きにしなさいってご予算頂いて。披露宴会場のパンフレットご覧になります?」

孔雀はカタログやパンフレットを取り出した。
だから今回、ふくろう緋連雀ひれんじゃくは休暇なのか。
天河てんがは息を吐いた。
心筋梗塞になりそうだ。
心臓の近くブチ抜かれて大怪我したと思ったら今度は大病を患いそうだ。

「・・・待って。うまくいくわけない・・・」
「まあ、なんてこと仰るの。そもそも天河てんが様はご縁談というものに対して消極的でいらっしゃるから」

孔雀くじゃくはつんと顔を上げた。

「確かに、ふくろうお兄様は四回目の結婚ですし。緋連雀ひれんじゃくお姉様に至っては、やっと結婚解消したばかりですけれど。来月で百日たちますし再婚出来ますから」
「・・・何それ?梟《ふくろう》が二回目じゃないのかよ。そして緋連雀ひれんじゃくは結婚してたのかよ」

孔雀《くじゃく》は、そこからの説明なのという面倒くさそうな顔をした。

ふくろうお兄様はとってもお若い頃に、王族の方、ええと、天河てんが様の大叔母様のお従姉妹《いとこ》に当たる女侯爵おんなこうしゃく様方と一度目の結婚されてまして。次は、青鷺あおさぎお姉様。それから・・・」

言え、と天河てんがが指を動かした。
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