ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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160.今度こそ愛のクピド

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王族に指示されたら義務が生じる。
孔雀くじゃくがちょっと目を伏せた。

「・・・ふくろうお兄様、家庭があったんです」
「は?そりゃ、結婚したら・・・」
「ではなくて。・・・ちゃんと、戸籍で。普通の」
ふくろうは家令筋だから戸籍ないだろ」

家令は宮廷の備品。戸籍等無い。

「・・・ええと。ですから、母親が家令ではない場合、戸籍があるので」
「はあ?なんじゃそりゃ・・・・」
「大戦でお亡くなりになったはいたかお姉様のお父様に当たる方の戸籍を生かしといて活用させていて・・・」

大戦で戦死した家令の戸籍を引き継いだ、という違法かつ犯罪だが、それはどうにかしたのだろう。

「奥様がいらしたんですよ。本当に普通の、区役所にお勤めの優しい方で」
「地方公務員なんて地に足のついた固い職業の女が、なんでまた家令なんかと・・・」

ああ、そこは、と孔雀くじゃくが首を振った。

「自営業の、会社経営者として出会って結婚されてまして」
「結婚詐欺だろ、おい・・・」
「いえあの、本当にふくろうお兄様、いくつか会社持ってるから・・・。あれで普通の家庭に憧れてたらしくて。私、子供の頃おうちに連れて行って貰ったことあるんです。私と同じくらいの息子さんがいらして」

奥様にカレーを作って貰っておいしかっただの、一緒に花火しただの楽しそうに語る。

「・・・その後、いろいろありまして離婚されて。でも息子さんが二十歳まではふくろうお兄上様が家令と言う事は伏せる事にしていて。先日、息子さんが二十歳になったタイミングで、私、父親が家令である事を伝えに行ったんです。できたら、家令になってくれたらなあなんて、ちょっと思いましたし・・・」

ああ、と天河てんがが頷いた。
家令になるか、蝙蝠こうもりとして生きるか。

「今まで全く普通のお父さんだと思ってたのにいきなり家令ですもの。蝙蝠こうもりどころか家令に等今後一切関わりたくないと仰って」

孔雀くじゃくは悲し気に言った。
分かっていた事だろうけれど、ふくろうとしてはやはりショックだったろう。

「で、緋連雀ひれんじゃくお姉様も、五年前に、俳優で実業家の方と結婚してまして」
「は、俳優・・・?」
孔雀くじゃくがちょっと戸惑ってから、天河てんがに名前を耳打ちした。
新事実に天河《てんが》は驚愕して孔雀くじゃくを見た。
有名な俳優だ。しかし、彼は独身のはずだ。

「そうなんです。あちらの事情もあるし、事実は伏せて、時期がきたら公表という形だったんです。お互い自由な形で。でも、緋連雀ひれんじゃくお姉様、あの調子ですから、結婚生活なんてほぼなくて」

そりゃあそうだろう。
緋連雀ひれんじゃくなんて宮城でも軍でもやりたい放題だったではないか。
あの状況でいつ家庭生活が成立するんだ。

「もう仕方ないし、いい機会だから解消しよう、どうせ最早書類上の事だからなんて言っていたのに。お相手がストーカーになっちゃって・・・。金糸雀カナリアお姉様は自業自得だから裁判にしろなんて言ったんですけれど。俳優なんて、特殊なご職業でしょ。軍人家令と裁判だなんてイメージがよくないですもの。それにこちらだって、緋連雀ひれんじゃくお姉様の悪行を全部バラされてはたちどころに負ける・・・」

それでこの妹弟子が話をまとめてきたのか。

「・・・・いやいやいや、そこまでの流れはわかったけどさ。それでなんでふくろうなんだよ・・・」

それは、と孔雀くじゃくが照れて顔を赤くしながら拍手をした。

緋連雀ひれんじゃくお姉様の純愛なんですよ。ずうっとふくろうお兄様の事が好きだったんです」

すてきですよね、と孔雀くじゃくは言っているが。
天河てんがはおかしな都市伝説や落語の怪談でも聞かせられたかのような気分で。

「どこが純愛なんだよ、それ」
孔雀は信じられない、と天河を見た。

「女心がおわかりにならない。・・・だって、子供のころからずうっとですよ」
相撲の決まり手で言うと、押し出しとか。つまり粘り勝ち。と孔雀がはしゃいだ。

「押し出しって純愛?・・・で、ふくろうは何なわけ?」

ふくろう緋連雀ひれんじゃくが子供の頃から手を焼いてきたし、恋愛感情は皆無だろう。
ふくろうはどちらかと言ったら、ああいうタイプは好きではないだろう。
そう言えば、前の妻である青鷺あおさぎだって、彼のタイプではない。
当のふくろうに聞けば、家令の結婚離婚は人事ですから、と言いそうだが。
ついにれた緋連雀ひれんじゃくが結婚してくれなきゃ裁判起こして全部自分の事を世間にバラしてやると言ったらしい。
それを恐喝というのを、緋連雀ひれんじゃくはわかっているのだろうか。
美貌の女軍人家令が、有る事無い事裁判でぺらぺら話し始めたら衆目の的かつ大顰蹙だいひんしゅくだろう。

さらに言えば、緋連雀ひれんじゃくの言動に辟易《へきえき》したふくろうが、「さっさと適当に次の夫を見繕って結婚させろ。仏法僧ぶっぽうそうとかいいんじゃないか。あいつ、緋連雀ひれんじゃくには怯え切ってるし逆らわねえだろ」と話をぶん投げて来たのに流石に孔雀くじゃくが頭に来たのだ。

緋連雀ひれんじゃくお姉様はふくろうお兄様としか幸せになるつもりはないの。自分が幸せになるかどうかなんてわからない。でもある程度、誰かといたら皆不幸にはなるでしょう。私は、ふくろうお兄様を不幸にするのは緋連雀ひれんじゃくお姉様じゃなきゃ納得できない。緋蓮雀ひれんじゃくお姉様が何でも、本当になんでもやって、何でもやらないのは、全部ふくろうお兄様のせいだわ。

と、言い、その場でいわゆる家令の人事辞令の一つである家令同士の婚姻指示書を作って印を押してしまったのだ。

「その瞬間から、二人は結婚となったのです。家令同士の結婚に神様も仏様も必要ありませんからね」

話が早くて誠に結構な事です、そして私は今度こそついに愛のクピドキューピッドです、と孔雀くじゃくは満足そうであるが。

「・・・気の毒な話だなぁ・・・・」

天河てんがは首を振った。

「いや、無理だよ。孔雀くじゃく、引き返すなら早い方がいい。おっさんとおっさんの結婚がうまくいくわけないだろう・・・。そもそも孔雀くじゃくの関わる縁談、最初から訳ありすぎなんだって・・・」

あの白鴎はくおう金糸雀カナリア、あそこもだ。
正味10日間で離婚した彼らに、じゃあなんで結婚したんだよと聞けば、姉弟子に言われたからと来たもんだ。
孔雀くじゃくは頬を膨らませた。

「まあ!それは偏見です。だっておじさんとおじさんでも、おばさんとおばさんでも上手くいってるお兄様とお姉様はいます。天河てんが様、ご出席くださいますよね?王族の方がいらっしゃるとご出席の方が喜ばれますもの。実はもう、結婚式の準備も大体済んでいて、出席の確認も、天河てんが様で最後だったんです。よかった。これで完璧!」

孔雀くじゃく天河てんがのカードの出席に丸をつけて、集計係のつばめに渡さなきゃと言った。
なぜか他人の縁談になると強引になる。
天河てんがは考えるのが面倒になりカタログをめくった。
引き出物のカタログだったらしい。

「・・・へえ。今はこんなのあんの・・・?」
「そうなんです。昔はカタログに乗ってる欲しいものを貰うっていうのが多かったけれど、正直、いらないものばかりでしょう。なら商品券とも思うけど、ちょっとそれじゃあということで、ご希望を聞いて、欲しいものを用意する事にしたんです。あとは体験型。ホテルに泊まれるとかレストランのでお食事とか、スキーやってみたいとか、ダイビングやってみたいとか。人間ドッグもありますよ。他にもあれば、ご予算内から手配してくれるんですよ」

代理店名にカエルのイラストが描いてあった。孔雀くじゃくの実家か。
こんなことまでしてるのか。

「でも、そんなの金足りないはずだ」
「それはカエルマークの互助会がありまして」

なるほどねえ、と天河てんがが頷いた。
ブライダルパンフレットには二十代前半のモデルの男女が、どこかの教会の前で幸せそうに微笑んでいた。
いや、だけどなあ、と天河てんがは頭を抱えた。
この若々しく清々しいカップルの写真に、どう考えても、あの家令二人が重ならない。

どうしてこういう時、家令はどこからも文句が出ないのだろう、といつも不思議に思っていたのだが。家令達は身内をネタに賭けをしているらからだ。
高給取りだが、年俸制でボーナスがないのを面白く思っていないのか、自分達で経済を回しているらしい。

家令達に異常に冷遇される時とやたらと厚遇されると感じる事があるのは、そういう事情があるからだ。妹弟子の動向をいちいち賭けているのだ。儲かった者、損した者で、態度に出すぎる。
さらに言えば、家令達は孔雀くじゃくの身に起きる事など、自分達の娯楽くらいにしか思っていないのではないか。
何にせよ、家令というのは皆おかしい。

天河てんがは戸惑いながらも、覚悟を決めたのを思い出して、孔雀くじゃくを引き寄せた。
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