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田中神代

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43 夢見な少年

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「だとしても、どうやって…?」
 隠せない戸惑いを誤魔化すために、サディシャは口を開く。
腹を据えたクァイリは、相手の反応は気にせず話を続ける。
「一人でする必要はないんです」
 唐突に言った。
脈絡のない話の切り替えに、サディシャの混乱は益々加速する。
少し離れた所から話を聞いている二人は、クァイリの話し方に違和感を覚える。
「自分が出来ることをやっていれば、後は誰かが引き継いでいくものです」
 かみ合わない話。
サディシャも噛み合っていない事に気が付く。
訝しげにクァイリを改めて見るが、変わらず視線は正面に向けられている。
リーブかセレンスに話しかけているのかとも考えるが、そんな様子でもなく。
「誰かが最初の一歩を踏み出してしまえば,後から皆が付いてくるものですよ」
 見えない何かに話しかけているようなクァイリ。
さすがに落ち着いてきたサディシャは、一度話を仕切り直そうと口を開く。

「そういうものなんですよ、ノップスさん」

 しかし、クァイリの言葉に口を閉じる。
話に割り込むタイミングを見失った事も理由ではある。
ただそれ以上に、新しく出た名前に、冷水を掛けられたように冷静になる。
(ノップス……、この部屋に他の人物が…?  それとも、)
 目だけで辺りを見回すサディシャ。
後ろに控えている2人も,不可解な表情になる。
クァイリは自分の発した言葉の、その反応を待つ。
 静かで、気持ちの悪い時間が流れる。
『───全く,』
 くわん、と耳鳴りと間違うような音が辺りに響く。
どこから鳴ったかは分からず、ただ部屋という空間に音が響く。
サディシャたち3人は音の出所を探すように首を巡らしながら、先程の音が言葉だと認識する。
 クァイリは、静かに佇んで、次の言葉を待っていた。
『妙に解毒剤が多かったのは、そういうことか』
 耳が鳴れたせいか、言葉を発するのになれたせいか。
今度の言葉は、ハッキリと聞こえ、天井から聞こえていると、すぐに分かった。
見上げた視線の先には、天井に張り付く肉塊と、切り取って付けたような人間の口があった。
 気のせいかと思ってしまうほど、小さな口が高い天井にポツンとある。
違和感がないくらい自然に、醜く膨らんだ肉塊に人間と同じ物がついていた。
『…そこの青年よりも、よほどたちが悪い』
 自分の事を話題に挙げられても、サディシャは呆然と見上げていた。
後ろに控えている2人も、当然の用に唖然と口が開いて塞がらなかった。
表情の変化が乏しかったサラァテュでさえ,驚いて天井を見上げていた。
 ただ1人、満足そうに笑みを浮かべていた。
「お願いできますか?  ノップスさん」
 ダメ押しをするかのように、再び名を呼ぶ。
別に確証があった訳でも、気がついていた訳でもない。
間違えていた時の事など考える暇なく、その名が自然と口に出ていた。
 そんな向こう見ずな言葉に、ノップスはため息を吐いたようなだった。
『もし受けなかったら,この場をどう収めるつもりなんだ』
 その質問が、ノップスの答えを教えていた。
”もう一つの選択肢”として、好奇心から出た質問。
思惑通りになったとホッとしても良い状況に、クァイリの表情は変わらない。
思い通りになっているからこそ、崩れてしまいそうなほど追い詰められていた。
「その時は、」
 どうしたのだろうか。
その自問は,怖くてできなかった。
この期に及んで、怖くて逃げていた。
クァイリはその後ろめたさを隠すように、ただ言葉を当てはめる。
「単なる夢見な少年として終えるだけでしたね」
 終える。
自分で口にしておきながら,一瞬遅れてその言葉の大きさにゾッとする。
(終える……  志が、信用が、…信念が………、人生が)
 心は不安で怯えて、顔で不敵に笑って。
そのズレがひどくなるごとに,クァイリは自分の表情を自覚できなくなる。
無理に自覚しようとすれば、漂白の仮面が破れてしまいそうで,そのまま話を続ける。
『夢見…ね、』
 噛み締めるように。
急くクァイリとは対照的に、のんびりと一言一言を大切にしつつ。
ノップスは考える時間を稼ぐように、天井から下りてくる。
 ゆったりと、油が垂れてくるように。
 ぐちゃん、と水っぽい音が一つ。
『では私はその夢を見せてもらおうとしよう』
 期待しているぞ,と。
顔があるならば,にやりと笑ったであろう言葉。
 返事を待たず、肉塊がブクッと膨れ上がった。
中で何かが爆発したと思ってしまうほど,突然、2倍くらいに、一期に膨らんだ。
サディシャたちとクァイリたちの間に出来上がった肉の壁は、1秒もせず掻き消える。
限界を越えて膨らんだ風船が破裂するかの如く、肉片が勢いよく飛び散る。
人は避けつつ、一階な異空間を埋め尽くすように、小さな肉片となって飛び散る。
それは最終的に法則性を持ち、窓や階段などの開口部から外へと飛び出していく。
 潮が引いていくように,見る見るうちに肉塊が減っていく。
「……っ、」
 何か声を発想とサディシャが口を開き掛けたとき。
その時にはもう、部屋には一切,肉塊は残っていなかった。
ただ変わらず座りつづけるサラァテュと、がらんどうの天井。 
空っぽになってしまった空間を、サディシャは睨みつけ,クァイリは背負っていた。
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