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44 憎まれたその果てに
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ゆったりと下りてきて、膨らんで、飛び散って。
30秒にも満たない空白の後、一期に時間が流れ始める。
クァイリが後ろへ振り返り、駆け寄る。
その流れるような動作に反応する前に、サラァテュのもとに辿り着く。
一段上がった台に躊躇なく上り、厳かな石造りの椅子へ駆け寄る。
「……ぅっ」
小さな呻き声。
タン、と石床を蹴る音に紛れて、サディシャたちには届かない。
苦しみに体を折り曲げ蹲る姿も、サディシャたちには見えない。
「ーーーっ」
思わず、手を引っ込めてしまう。
駆けた足を思わず後ろに引いてしまいそうになる。
済んでの所で踏みとどまるクァイリは、それから目をそらせなかった。
(そう言う意味ですか…… そう言う意味だったんですかっ…)
艶がある、赤黒い肉。
ノップスのような瑞々しさは感じられず、腐りかけの生々しさが強い、肉が露出していた。
血も出ておらず傷自体は塞がっているようにも見えるものの、安心できるはずもない。
──血などではなく、肉親や本人の血肉を使って結びつきを強くしたんだろう
ロニクルの言葉が思い出される。
単なる血だと思い込んでいたクァイリは、目の前の光景に認識を改める。
(ちゃんと言ってましたよね…)
血肉,と。
顔を強張らせながら、恐る恐る手を伸ばす。
震える肩に触れると、その暖かさにクァイリの体が強張る。
息も絶え絶えに痛みに耐えているサラァテュは、蹲った状態で震えていた。
(……どうしましょうか)
背中に刺さる視線を感じつつ、クァイリはふと考える。
しかし、直接その手で触れてしまった今、考える余地などなかった。
手から伝わる暖かさが、感触が、震えが、当たり前の事を思い知らす。
サラァテュは、自分たちと何ら変わりない、人だと。
「…失礼します」
一言,そう声を掛ける。
息をするのも満足にできないサァラテュからは,返事はない。
蹲っているサァラテュの腕と体の間に、自分の腕を滑り込ませる。
そのまま後ろへ向き、背中に震える小柄な体を背負う。
強張り硬い体を背中に感じつつ、一歩,前へ歩き出す。
サディシャたちの方へは、視線を向けなかった。
「…ぅっ」
ひゅー、と風が鳴るような音が,すぐ後ろで聞こえる。
苦しげながらも呼吸が安定し始めた事に、ホッと安心する。
「兄さん…」
その声に、顔を上げる。
ずり落ちそうなサラァテュを背負いなおし、歩き始める。
「兄さん、ソレを置いてよ…」
呆然としていたセレンスから零れた言葉。
目の前の光景を受け入れられず、うまく焦点を合わせられない。
そんな状態でも、目を見開いてクァイリにそう言った。
ただ、その言葉はクァイリの心を逆撫でする。
「…この状況で、まだ言うのか」
一言、独り言のように呟く。
辛うじてセレンスたちの耳にも届くものの、返事は待たない。
飽きれたようにため息を吐いて、歩き続ける。
「だって、たくさんの人を殺しているんだよっ」
半ば懇願するように叫ぶ。
しかしそれでもクァイリの足は止まらない。
聞こえていないかのように無反応で、歩き続ける。
「旅人さん、ディエントさんだって、そいつに殺されたんでしょっ」
ピク,と震えたのはクァイリ自身だったのか。
背負っている本人も判断つかないくらい、小さな震え。
どちらのものにだったにせよ、クァイリは足を止める。
向けられた視線は、とても冷やかなものだった。
「なぜ、その男の言うことをそこまで信じられる?」
それはディエントに対してもぶつけたかった問い。
耳を塞ぎたくなるような事と、聞こえの良い事だけの言葉。
いくら取り繕われていても、結局誘導される先は、サディシャの都合の良い行動。
自分の選択の意味や、立ち止まって行動を振り返って見れば,分かることなのに。
ディエントの死を回避できなかった不甲斐無さも併せて、鋭い視線を向ける。
「大方,惨劇を事細かに聞かされたんだろうな」
嘘とでも言いたいのか。
辛うじてリーブが、目でそう返す。
ただ二人共、何も言えずにいた。
サディシャは葛藤している表情のまま、クァイリから視線を逸らさない。
理由さえなければ,とっくに口を封じに来ているだろう、強い眼光を浮かべながら。
「ただな、それを見ていたコイツは、どういう立ち位置なんだ?」
耳を塞ぎたくなるような惨劇の話の数々。
それを見ていたサディシャは、なぜ何度も居合わせていたのか。
無残に死にゆく人たちを前に、サディシャは一体何をしていたのか。
「お前らばかりにやらせて,自分は動こうとしないコイツを信じる理由は,何だ?」
なぜ信じるのか分からず,2人への苛立ちをぶつける。
同時にサディシャへの敵愾心も、自分の不甲斐無さも込められる。
息を切らしながらも、言える内に全て言葉にしようと、続きを口にしようとする。
「──カルーネ」
それまで沈黙を守っていたサディシャが、静かに呟いた。
ビクッ、と体が反射的に強張るクァイリは、一歩足を後ろへ下げる。
バサッ、とどこからか羽音。
首を巡らすクァイリの耳に、もう一度、羽音が聞こえた。
バサッと、真後ろから。
直後、背中を押される感覚と、サラァテュの声にならない呻き。
距離をとろうとしつつ振り向いて、背中を見せないようにする。
視界の端で、クチバシを血に濡らしたトカゲを見た気がした。
しかし背中から羽を生やした小さなドラゴンのようなトカゲは、すぐに消える。
何もない空間を目の前に、クァイリは一瞬,呆然とする。
そしてすぐに、背中からの悲鳴に状況を把握する。
「っ‥……、」
くるくると背中を守ろうとするクァイリ。
しかし人を背負って機敏に動けるはずもなく、ただ周りに血が撒き散らされるだけだった。
背中から伝わる強張りと震えが、少しずつ弱っていくさまを生々しく伝える。
「…ぅ、…────」
ふと、羽音に紛れて声が届く。
危なっかしい足取りで逃げ回りながら、一瞬,辺りへ意識を向ける。
「──もう、いいよ」
苦しげな呼吸に混じって、そう声が届く。
背中から聞こえた、囁くようなその声は、ひどく穏やかだった。
最初聞いたような拒絶の色はなく、どこか安心して受け入れているような、静かな声。
「もう、やめてよ クァイリ」
初めて、名を呼ばれた。
それなのに、クァイリは強い激情を覚える。
声に込められた諦めの感情と、それを覆せる力がない事実。
無力感を改めて自覚させられ、唇を噛み締める。
「お前が少しでも、味方してくれただけで、良いんだ」
苦しげに息をしつつ。
それでも痛みに言葉を途切れさせることもなく。
サラァテュは目を閉じ、穏やかな表情でクァイリに囁き掛ける。
「私はもう、救われているんだ だから、さ──」
「それで良い訳、ないでしょう」
ぴしゃりと、言い切る。
息も切れ、焼け石に水だった逃げ回ることも侭ならなくなり。
聞き取れるかどうか分からないくらい掠れた声で、クァイリは叫ぶ。
「それであなたの人生、幸せだといえるのですか?」
別にクァイリは幸せに固執している人間ではなかった。
幸せは義務ではなく、個人が勝手に感じる,主観的な感情だと分かってはいた。
分かってはいたが、サラァテュの満足しきったような声に、我慢しきれなかった。
「…クソッ」
勢いと怒りに任せて、手を振る。
ゴツゴツとした鱗の感触が手に触れた気がした瞬間,激しい痛みが走る。
反射的に手を引っ込めると、手の甲に紅い線が何本も引かれていた。
「”人”生か…」
ふふ、と笑いを漏らす。
怒り焦り勢いに任せているクァイリと対照的なサラァテュ。
背中の暖かさが少しずつ失われていく感覚に、ますます余裕をなくすクァイリ。
「分かってくれるだけでも……、それだけで、十分、満たされるんだ…」
囁くような声が,少しずつフェードアウトしていく。
意識も遠のいていっているのが、背中越しに伝わってくる。
半ば自棄になりながら、サディシャのテイムを追い払おうとするクァイリ。
その手は血で染まり、手を振る度に血が飛び散った。
(……何で、何で…、何でこんな、ことに)
たった一人の思惑で、こんなにも振り回されるのか。
そんな理不尽な事に怒りを通り越して悲しみを抱いたとき、ふと過ったことがあった。
血を辺りに振りまきながら、大きく回転する。
その途中、サディシャの後ろに、目をやった。
「………、」
呆然と状況を見守っていた二人。
蚊帳の外に自らを置くことで、傷つかないようにしているようだった。
そんな二人は、血だらけになり息を切らしているクァイリと,目が合う。
「──っ」
一瞬の間。
二人は示し合わせた様に視線を逸らした。
二人ともクァイリと目があったタイミングで、まったく同じ理由で。
(……、ああ)
血に汚れ、血を流し、息を切らしているクァイリ。
カルーネという名のトカゲに追い立てられ、無様に逃げ回ってる自分。
能面のように表情の抜けた顔に、強く鋭い眼光を宿して睨みつけるサディシャ。
(そういう事ですか…)
二人は、クァイリを助けない。
クァイリではなく、サディシャ側に立つことを選んだ。
それは積極的にではなく、何かを信じた結果ではなく。
消極的に、恐怖によって為された選択だった。
助けを求める視線は、納得した、どこか寂しそうなものに変わる。
「──私は、幸せだ」
助かる,助けられる可能性がなくなったと悟ったとき。
ホッと安心し、満足しきった、感謝の意も込められた声が耳に届いた。
場違いなほど静かな声に、ゾクッと嫌な寒気が背筋に入るクァイリ。
一瞬、動きが止まってしまう。
「こんな、私でも……、独りで、逝かないの、だからな…」
否定したかった。
そうではないと、言いたかった。
しかし、少しでも時を稼ごうと逃げ回るクァイリには,その余裕はなかった。
終わりを受け入れたサラァテュを、引き止めることはできず、ただ聞くことしかできない。
「我侭……、叶ったな…」
お前の背中で,と。
不自然に吐かれた息が、そう呟いたように聞こえた。
首に回されていた腕から、力がみるみる抜けていく。
慌てて片手を離し、解かれていく腕を繋ぎ止めようとする。
その瞬間、鋭い衝撃が背中を襲う。
「…っ」
辛うじて保っていたバランスが崩れる。
前のめりになったクァイリの背中から、感覚が消える。
糸が解けるように、詰まることなく滑り落ちていくサラァテュの体。
ふんわりと床に横たわる体。
水っぽい音に続いて、勢いよく叩きつけられる頭。
倒れそうになりながら無理やり体をひねるクァイリの目の前には、赤黒い塊が一つ。
ばさ、と軽い羽音がいやに耳についた。
30秒にも満たない空白の後、一期に時間が流れ始める。
クァイリが後ろへ振り返り、駆け寄る。
その流れるような動作に反応する前に、サラァテュのもとに辿り着く。
一段上がった台に躊躇なく上り、厳かな石造りの椅子へ駆け寄る。
「……ぅっ」
小さな呻き声。
タン、と石床を蹴る音に紛れて、サディシャたちには届かない。
苦しみに体を折り曲げ蹲る姿も、サディシャたちには見えない。
「ーーーっ」
思わず、手を引っ込めてしまう。
駆けた足を思わず後ろに引いてしまいそうになる。
済んでの所で踏みとどまるクァイリは、それから目をそらせなかった。
(そう言う意味ですか…… そう言う意味だったんですかっ…)
艶がある、赤黒い肉。
ノップスのような瑞々しさは感じられず、腐りかけの生々しさが強い、肉が露出していた。
血も出ておらず傷自体は塞がっているようにも見えるものの、安心できるはずもない。
──血などではなく、肉親や本人の血肉を使って結びつきを強くしたんだろう
ロニクルの言葉が思い出される。
単なる血だと思い込んでいたクァイリは、目の前の光景に認識を改める。
(ちゃんと言ってましたよね…)
血肉,と。
顔を強張らせながら、恐る恐る手を伸ばす。
震える肩に触れると、その暖かさにクァイリの体が強張る。
息も絶え絶えに痛みに耐えているサラァテュは、蹲った状態で震えていた。
(……どうしましょうか)
背中に刺さる視線を感じつつ、クァイリはふと考える。
しかし、直接その手で触れてしまった今、考える余地などなかった。
手から伝わる暖かさが、感触が、震えが、当たり前の事を思い知らす。
サラァテュは、自分たちと何ら変わりない、人だと。
「…失礼します」
一言,そう声を掛ける。
息をするのも満足にできないサァラテュからは,返事はない。
蹲っているサァラテュの腕と体の間に、自分の腕を滑り込ませる。
そのまま後ろへ向き、背中に震える小柄な体を背負う。
強張り硬い体を背中に感じつつ、一歩,前へ歩き出す。
サディシャたちの方へは、視線を向けなかった。
「…ぅっ」
ひゅー、と風が鳴るような音が,すぐ後ろで聞こえる。
苦しげながらも呼吸が安定し始めた事に、ホッと安心する。
「兄さん…」
その声に、顔を上げる。
ずり落ちそうなサラァテュを背負いなおし、歩き始める。
「兄さん、ソレを置いてよ…」
呆然としていたセレンスから零れた言葉。
目の前の光景を受け入れられず、うまく焦点を合わせられない。
そんな状態でも、目を見開いてクァイリにそう言った。
ただ、その言葉はクァイリの心を逆撫でする。
「…この状況で、まだ言うのか」
一言、独り言のように呟く。
辛うじてセレンスたちの耳にも届くものの、返事は待たない。
飽きれたようにため息を吐いて、歩き続ける。
「だって、たくさんの人を殺しているんだよっ」
半ば懇願するように叫ぶ。
しかしそれでもクァイリの足は止まらない。
聞こえていないかのように無反応で、歩き続ける。
「旅人さん、ディエントさんだって、そいつに殺されたんでしょっ」
ピク,と震えたのはクァイリ自身だったのか。
背負っている本人も判断つかないくらい、小さな震え。
どちらのものにだったにせよ、クァイリは足を止める。
向けられた視線は、とても冷やかなものだった。
「なぜ、その男の言うことをそこまで信じられる?」
それはディエントに対してもぶつけたかった問い。
耳を塞ぎたくなるような事と、聞こえの良い事だけの言葉。
いくら取り繕われていても、結局誘導される先は、サディシャの都合の良い行動。
自分の選択の意味や、立ち止まって行動を振り返って見れば,分かることなのに。
ディエントの死を回避できなかった不甲斐無さも併せて、鋭い視線を向ける。
「大方,惨劇を事細かに聞かされたんだろうな」
嘘とでも言いたいのか。
辛うじてリーブが、目でそう返す。
ただ二人共、何も言えずにいた。
サディシャは葛藤している表情のまま、クァイリから視線を逸らさない。
理由さえなければ,とっくに口を封じに来ているだろう、強い眼光を浮かべながら。
「ただな、それを見ていたコイツは、どういう立ち位置なんだ?」
耳を塞ぎたくなるような惨劇の話の数々。
それを見ていたサディシャは、なぜ何度も居合わせていたのか。
無残に死にゆく人たちを前に、サディシャは一体何をしていたのか。
「お前らばかりにやらせて,自分は動こうとしないコイツを信じる理由は,何だ?」
なぜ信じるのか分からず,2人への苛立ちをぶつける。
同時にサディシャへの敵愾心も、自分の不甲斐無さも込められる。
息を切らしながらも、言える内に全て言葉にしようと、続きを口にしようとする。
「──カルーネ」
それまで沈黙を守っていたサディシャが、静かに呟いた。
ビクッ、と体が反射的に強張るクァイリは、一歩足を後ろへ下げる。
バサッ、とどこからか羽音。
首を巡らすクァイリの耳に、もう一度、羽音が聞こえた。
バサッと、真後ろから。
直後、背中を押される感覚と、サラァテュの声にならない呻き。
距離をとろうとしつつ振り向いて、背中を見せないようにする。
視界の端で、クチバシを血に濡らしたトカゲを見た気がした。
しかし背中から羽を生やした小さなドラゴンのようなトカゲは、すぐに消える。
何もない空間を目の前に、クァイリは一瞬,呆然とする。
そしてすぐに、背中からの悲鳴に状況を把握する。
「っ‥……、」
くるくると背中を守ろうとするクァイリ。
しかし人を背負って機敏に動けるはずもなく、ただ周りに血が撒き散らされるだけだった。
背中から伝わる強張りと震えが、少しずつ弱っていくさまを生々しく伝える。
「…ぅ、…────」
ふと、羽音に紛れて声が届く。
危なっかしい足取りで逃げ回りながら、一瞬,辺りへ意識を向ける。
「──もう、いいよ」
苦しげな呼吸に混じって、そう声が届く。
背中から聞こえた、囁くようなその声は、ひどく穏やかだった。
最初聞いたような拒絶の色はなく、どこか安心して受け入れているような、静かな声。
「もう、やめてよ クァイリ」
初めて、名を呼ばれた。
それなのに、クァイリは強い激情を覚える。
声に込められた諦めの感情と、それを覆せる力がない事実。
無力感を改めて自覚させられ、唇を噛み締める。
「お前が少しでも、味方してくれただけで、良いんだ」
苦しげに息をしつつ。
それでも痛みに言葉を途切れさせることもなく。
サラァテュは目を閉じ、穏やかな表情でクァイリに囁き掛ける。
「私はもう、救われているんだ だから、さ──」
「それで良い訳、ないでしょう」
ぴしゃりと、言い切る。
息も切れ、焼け石に水だった逃げ回ることも侭ならなくなり。
聞き取れるかどうか分からないくらい掠れた声で、クァイリは叫ぶ。
「それであなたの人生、幸せだといえるのですか?」
別にクァイリは幸せに固執している人間ではなかった。
幸せは義務ではなく、個人が勝手に感じる,主観的な感情だと分かってはいた。
分かってはいたが、サラァテュの満足しきったような声に、我慢しきれなかった。
「…クソッ」
勢いと怒りに任せて、手を振る。
ゴツゴツとした鱗の感触が手に触れた気がした瞬間,激しい痛みが走る。
反射的に手を引っ込めると、手の甲に紅い線が何本も引かれていた。
「”人”生か…」
ふふ、と笑いを漏らす。
怒り焦り勢いに任せているクァイリと対照的なサラァテュ。
背中の暖かさが少しずつ失われていく感覚に、ますます余裕をなくすクァイリ。
「分かってくれるだけでも……、それだけで、十分、満たされるんだ…」
囁くような声が,少しずつフェードアウトしていく。
意識も遠のいていっているのが、背中越しに伝わってくる。
半ば自棄になりながら、サディシャのテイムを追い払おうとするクァイリ。
その手は血で染まり、手を振る度に血が飛び散った。
(……何で、何で…、何でこんな、ことに)
たった一人の思惑で、こんなにも振り回されるのか。
そんな理不尽な事に怒りを通り越して悲しみを抱いたとき、ふと過ったことがあった。
血を辺りに振りまきながら、大きく回転する。
その途中、サディシャの後ろに、目をやった。
「………、」
呆然と状況を見守っていた二人。
蚊帳の外に自らを置くことで、傷つかないようにしているようだった。
そんな二人は、血だらけになり息を切らしているクァイリと,目が合う。
「──っ」
一瞬の間。
二人は示し合わせた様に視線を逸らした。
二人ともクァイリと目があったタイミングで、まったく同じ理由で。
(……、ああ)
血に汚れ、血を流し、息を切らしているクァイリ。
カルーネという名のトカゲに追い立てられ、無様に逃げ回ってる自分。
能面のように表情の抜けた顔に、強く鋭い眼光を宿して睨みつけるサディシャ。
(そういう事ですか…)
二人は、クァイリを助けない。
クァイリではなく、サディシャ側に立つことを選んだ。
それは積極的にではなく、何かを信じた結果ではなく。
消極的に、恐怖によって為された選択だった。
助けを求める視線は、納得した、どこか寂しそうなものに変わる。
「──私は、幸せだ」
助かる,助けられる可能性がなくなったと悟ったとき。
ホッと安心し、満足しきった、感謝の意も込められた声が耳に届いた。
場違いなほど静かな声に、ゾクッと嫌な寒気が背筋に入るクァイリ。
一瞬、動きが止まってしまう。
「こんな、私でも……、独りで、逝かないの、だからな…」
否定したかった。
そうではないと、言いたかった。
しかし、少しでも時を稼ごうと逃げ回るクァイリには,その余裕はなかった。
終わりを受け入れたサラァテュを、引き止めることはできず、ただ聞くことしかできない。
「我侭……、叶ったな…」
お前の背中で,と。
不自然に吐かれた息が、そう呟いたように聞こえた。
首に回されていた腕から、力がみるみる抜けていく。
慌てて片手を離し、解かれていく腕を繋ぎ止めようとする。
その瞬間、鋭い衝撃が背中を襲う。
「…っ」
辛うじて保っていたバランスが崩れる。
前のめりになったクァイリの背中から、感覚が消える。
糸が解けるように、詰まることなく滑り落ちていくサラァテュの体。
ふんわりと床に横たわる体。
水っぽい音に続いて、勢いよく叩きつけられる頭。
倒れそうになりながら無理やり体をひねるクァイリの目の前には、赤黒い塊が一つ。
ばさ、と軽い羽音がいやに耳についた。
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