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エドワードはいつものカフェで通りに目を向けていた。
あの日、ファントムに出会った日、エドワードが部屋へ戻ってみると中はもぬけの殻だった。開くはずのない鍵が開き瑛美は消えていた。
彼女はファントムと行ってしまったのだ。ファントムを目の前にして声すら出せなかったエドワードは、その事実に体中の力が抜け瑛美を探すことができなかった。
もう自分の手はどんなに頑張ったところで届きはしない。
そう感じたエドワードは実に静かにそれからの時を過ごしていた。
「えらくぼんやりしてるのね」
そういってメリッサはエドワードの隣に腰掛けた。
「やあ」
エドワードはほんの少しメリッサを見てから再び通りに目を向ける。メリッサは軽く溜息をついた。
「何やってるの?さっきから見てたけど何人もの女の人があなたに声かけてるのに」
「そう?」
エドワードは全く関心がないという風に答える。
「どうしたのよ。あなたらしくないじゃない」
「そう……」
なかばあきれたようにメリッサはエドワードを見る。
「探したのよ」
エドワードはメリッサの方を見て不思議そうな顔をする。
「なぜ?」
「……会いたかったからに決まってるでしょう。あなたホテルにいないからてっきり帰ったのかと思ってた」
そしてメリッサは明るく笑いかけた。
「私帰るの。あなたにもこれからしばらく会えないと思うから」
「そうだね」
「一昨日の夜に出番が終わったし。聞いてくれた?『天の番人』」
「ミシェル・フォン・クロウの?」
「そう、フルオーケストラで。気持ちよかったわ。我ながらなかなかのできだったと思うの。惜しいことしたわね、エドワード」
エドワードの言葉で彼が聞かなかったことを悟ったメリッサはわざとらしくそういった。
「夢が叶ったんだね。昔から演奏したいっていってたから」
覚えてくれてたのとメリッサは微笑む。
「ミシェルが二十三の時の曲よ。彼は夢のなかで神に会ったと言ってるわ。そしてこの曲を作った」
「君はミシェルのことが本当に好きだったね。いつも彼の話をしていた」
エドワードはそういってメリッサに微笑む。
メリッサは目を輝かせながら話しにますます夢中になった。
「二十六のとき彼は亡くなったとされているけど実際は違った」
「行方不明になったんだろう」
メリッサは頷く。
「きっと彼は駆け落ちしたのよ。クロウ家6代目の当主になるはずの彼には婚約者があったのね。でも彼には既に心に決めた人がいたらしいの。これは確かよ。そこで彼は彼女と駆け落ちしたのよ」
エドワードは優しくメリッサに笑いかける。
「君は相変わらずロマンチストだね」
「そうかしら?でも天の番人も私は彼は神ではなく彼の思い人のことだと思うのよね」
自分の知らない素敵な世界の前に立つ番人。それは自分を新たな世界へと導いてくれる人物。
「真実は本人にしかわからないさ」
「そうね」
メリッサはまっすぐにエドワードを見た。
「私もね、見つけたの。天の番人」
メリッサは軽く笑う。
「結婚するの。だから今までのようには会えなくなるわ」
エドワードは少し驚いたようにメリッサをみた。
「そう、おめでとう。お幸せに」
「ありがとう」
メリッサは淋しげに笑い、瞳を閉じる。
「本当はね。あなたが天の番人なのかと思ってたの」
メリッサはゆっくりと目を開き笑んだ。
「でも違ってたみたい。彼女とはうまくいってる?」
「心配かけるつもりはないけど……彼女の目には他の男がうつってるらしいよ」
メリッサは悪戯っぽく笑う。
「それでぼんやりしてたのね」
「まあね」
「たまにはふられてみるものもいいんじゃないの?」
「あまり気分のいいものじゃないね」
「あら、あきらめちゃうの?」
「仕方ないさ」
メリッサはやれやれと肩をすくめる。
「あなたも相変わらず素直じゃないわね」
エドワードは悲しそうな笑みをメリッサに向けた。
「いつでも君は正しいよ。僕は誰も本気で愛せない・・・本当にそうなのかもしれない」
メリッサは穏やかに微笑んだ。
「自分で思いこんでどうするの。困った人ね。いつもの自信はどこへいったの」
エドワードはなおも淋しげに笑う。
「何があってもその人のことが好きであったという事実を認められれば・・・自分の気持ちに正直であればそれは本気なのだと私は思うの」
そう言ってメリッサは静かに立ち上がった。
「だから私はあなたに本気だった。例え望む結果にならなくても私はあなたのことが好きだったのだと認めることができるもの」
そしてメリッサはさわやかな笑顔を残して去っていった。
あの日、ファントムに出会った日、エドワードが部屋へ戻ってみると中はもぬけの殻だった。開くはずのない鍵が開き瑛美は消えていた。
彼女はファントムと行ってしまったのだ。ファントムを目の前にして声すら出せなかったエドワードは、その事実に体中の力が抜け瑛美を探すことができなかった。
もう自分の手はどんなに頑張ったところで届きはしない。
そう感じたエドワードは実に静かにそれからの時を過ごしていた。
「えらくぼんやりしてるのね」
そういってメリッサはエドワードの隣に腰掛けた。
「やあ」
エドワードはほんの少しメリッサを見てから再び通りに目を向ける。メリッサは軽く溜息をついた。
「何やってるの?さっきから見てたけど何人もの女の人があなたに声かけてるのに」
「そう?」
エドワードは全く関心がないという風に答える。
「どうしたのよ。あなたらしくないじゃない」
「そう……」
なかばあきれたようにメリッサはエドワードを見る。
「探したのよ」
エドワードはメリッサの方を見て不思議そうな顔をする。
「なぜ?」
「……会いたかったからに決まってるでしょう。あなたホテルにいないからてっきり帰ったのかと思ってた」
そしてメリッサは明るく笑いかけた。
「私帰るの。あなたにもこれからしばらく会えないと思うから」
「そうだね」
「一昨日の夜に出番が終わったし。聞いてくれた?『天の番人』」
「ミシェル・フォン・クロウの?」
「そう、フルオーケストラで。気持ちよかったわ。我ながらなかなかのできだったと思うの。惜しいことしたわね、エドワード」
エドワードの言葉で彼が聞かなかったことを悟ったメリッサはわざとらしくそういった。
「夢が叶ったんだね。昔から演奏したいっていってたから」
覚えてくれてたのとメリッサは微笑む。
「ミシェルが二十三の時の曲よ。彼は夢のなかで神に会ったと言ってるわ。そしてこの曲を作った」
「君はミシェルのことが本当に好きだったね。いつも彼の話をしていた」
エドワードはそういってメリッサに微笑む。
メリッサは目を輝かせながら話しにますます夢中になった。
「二十六のとき彼は亡くなったとされているけど実際は違った」
「行方不明になったんだろう」
メリッサは頷く。
「きっと彼は駆け落ちしたのよ。クロウ家6代目の当主になるはずの彼には婚約者があったのね。でも彼には既に心に決めた人がいたらしいの。これは確かよ。そこで彼は彼女と駆け落ちしたのよ」
エドワードは優しくメリッサに笑いかける。
「君は相変わらずロマンチストだね」
「そうかしら?でも天の番人も私は彼は神ではなく彼の思い人のことだと思うのよね」
自分の知らない素敵な世界の前に立つ番人。それは自分を新たな世界へと導いてくれる人物。
「真実は本人にしかわからないさ」
「そうね」
メリッサはまっすぐにエドワードを見た。
「私もね、見つけたの。天の番人」
メリッサは軽く笑う。
「結婚するの。だから今までのようには会えなくなるわ」
エドワードは少し驚いたようにメリッサをみた。
「そう、おめでとう。お幸せに」
「ありがとう」
メリッサは淋しげに笑い、瞳を閉じる。
「本当はね。あなたが天の番人なのかと思ってたの」
メリッサはゆっくりと目を開き笑んだ。
「でも違ってたみたい。彼女とはうまくいってる?」
「心配かけるつもりはないけど……彼女の目には他の男がうつってるらしいよ」
メリッサは悪戯っぽく笑う。
「それでぼんやりしてたのね」
「まあね」
「たまにはふられてみるものもいいんじゃないの?」
「あまり気分のいいものじゃないね」
「あら、あきらめちゃうの?」
「仕方ないさ」
メリッサはやれやれと肩をすくめる。
「あなたも相変わらず素直じゃないわね」
エドワードは悲しそうな笑みをメリッサに向けた。
「いつでも君は正しいよ。僕は誰も本気で愛せない・・・本当にそうなのかもしれない」
メリッサは穏やかに微笑んだ。
「自分で思いこんでどうするの。困った人ね。いつもの自信はどこへいったの」
エドワードはなおも淋しげに笑う。
「何があってもその人のことが好きであったという事実を認められれば・・・自分の気持ちに正直であればそれは本気なのだと私は思うの」
そう言ってメリッサは静かに立ち上がった。
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