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4章 2人のために出来ること
閑話002 地を這う者達 ※ベイクのとある冒険者視点
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「おつかれさん。今日の分だ。また何かあったら頼むからな」
そう言って銅貨3枚渡される。
少なすぎるとか、たったこれだけなのかとか。色んな言葉を飲み込んで銅貨を受け取る。
「……ども」
丸々1日扱き使われた対価がたったの銅貨3枚。
それでも今日の雇い主はまだ良い方だった。
休憩中に食事も出してくれたし、俺のことを見下したりもしなかったんだから。
酷い雇い主に当たると、一日中休憩も無しに働かされて、なんだかんだと難癖をつけて報酬を支払わない、なんてことも普通にあるのだ。
俺は、冒険者だった両親が迷宮で命を落としてしまって孤児になった『迷宮孤児』と呼ばれる子供の1人だ。
ここベイクでは迷宮で命を落す冒険者は珍しくなく、迷宮孤児の数は多い。
世話になっている救貧院では最低限の衣食住は保障してくれるけど、孤児が増えても予算は増えないので、腹いっぱい食事ができることも少なかった。
救貧院で世話になっている子供達の中で、比較的年齢が高くて働ける子供達には、救貧院を通して色々な雑用仕事が任せられることがある。
救貧院にいるということは、親も親戚も居ないようななんの後ろ盾のない子供ということなので、立場が低く扱いも悪い。
常に魔物の脅威に晒されているこの国は、人命が何よりも尊い国の財産であると考えられている。
国民の命を守るために『相互扶助』の考えの下に、最低限の衣食住を国が補償してくれる救貧院などの施設や、犯罪者でない限り誰でも受けられる働き口などが用意されている。
しかし魔物に脅かされる世界だからこそ弱い者の立場は低く、最低限の生活保障の先は『自力救済主義』という考え方によって、自分の力で糧を得ていくのが当然というのが常識なのだ。
子供だから。孤児だから。そんな甘えは許されない。
現状に不満があるならば、自力で抜け出す以外に方法はない。
孤児に回ってくる雑用仕事は毎日あるわけでもなく、報酬も待遇も悪い。
なのでベイクでは仲の良い子供たちでグループを作って、自然と迷宮に入るようになる。
当然俺も暇さえあれば参加している。
ネズミなんて大した儲けにはならないが、それでも雑用仕事に比べれば高額な報酬なのだ。
俺も12になった。救貧院には年齢制限なんてあるわけじゃないけど、新たな孤児を受け入れるために、年長者から救貧院を出て行くのが暗黙のルールになっている。
俺より年上の孤児はまだまだ居るけれど、俺だっていつか救貧院に頼らずに生きていかなければならない日が来る。
俺が救貧院を出て行ったら、2つ下の弟が1人で取り残されてしまう。
俺は兄として、両親の代わりに弟を守ると決めたんだ。それなのにこのままでは弟を守るどころか、自分自身が生活する目処すら立っていない。
国の相互扶助の方針のおかげで俺達は生きることが出来ている。これは間違いない。
なのに自力救済主義のせいで誰にも助けてもらえない。
両親が生きていたら、俺達に何かを教えてくれていたんだろうか。
両親が居ない孤児達は。どうやって生活していけばいいんだろう。
先の見えない毎日に、疲れと不安だけが募っていく。
ある日、冒険者ギルドからの紹介で、ポーターの依頼が救貧院に知らされた。
ポーター仕事は何度も請けたことがある。
依頼人によって、当たり外れのすごく大きい仕事なんだよな。
詳細は冒険者ギルドの担当職員が説明してくれるってことだけど、ポーター経験の有無は不問、健康で、走ることと荷物を運ぶことが出来れば戦闘する必要もなく、なにより報酬が銀板3枚と破格過ぎる額だった。
依頼内容を見て、何か裏があるのではないかと疑う人、救貧院に届いた内容に誤りがあるのではと疑問に思う人、悪戯の類に違いないと相手にしない人など、反応は様々だった。
そもそも依頼が持ち込まれたのが夕方近くで、普段とは色々と勝手が違っていて、俺自身少し不気味に感じてしまった。
俺達のグループも依頼内容が信じられないという奴が多かったけれど、先の見えない生活に焦りを感じていた俺は、ともかくギルドで話を聞いてみよう、とみんなを説得した。
説明を受けてみて、おかしいと思ったら断れば良いんだ、と。
冒険者ギルドに行き、この依頼を担当しているという厳つい男性職員に話を聞く。
仕事内容や報酬に間違いはないのか、ポーターたちに危険はないのか、気になったことを質問する。
「依頼内容に間違いはない。報酬も荷物を換金した時点で俺から支払うから、冒険者ギルドの名にかけて、間違いなく支払うと約束しよう。
危険性については、迷宮に入る以上はどうしたってゼロにはならない。
ただ今回の依頼人は腕も悪くないし、お前らに無茶させるような奴でもないからな。
むしろお前らが今までこなしてきたポーター仕事と比べると、安全かも知れねぇぞ」
希望者は明日、朝食が終ったくらいの時間にギルドに集まってくれ、と言われて説明が終った。
ギルドを出た俺達は請けるかどうか話し合った。
冒険者ギルドの名にかけて銀板3枚払うと約束してくれたので、報酬は嘘じゃないはずだ。
依頼人の腕も保証してくれたので、請けても良いんじゃないか?
そうして俺達のグループは、8人全員がポーターを引き受けることにしたのだった。
そして当日の朝、担当の職員の案内で依頼人と顔合わせをした。
依頼人は結構年がいってる感じの中年の男だった。
それにしても、ポーター5人を引き連れて8階層に行くっていうのに、たった1人で俺達を守りきるなんて出来るんだろうか?
「ほ、本当に戦えなくても守ってくれるんだろうな……!?」
不安から、つい我慢できずに依頼人に食って掛かってしまう。
しかし相手は怒るでもなく静かに俺達全員を見渡した後、守ってやると約束した上で、指示に従わないやつは俺が殺してやると言い放った。
そのあまりに自然な口調に、守ってくれるという言葉も殺してやるという言葉も、そのどちらも完全に本気の言葉であると理解させられた。
急に目の前の男が怖くなって、この依頼を請けたことを少し後悔してしまう。
そんな俺のことなど気にした風もなく、男は更に依頼報酬に食事も追加すると言いだした。
銀板3枚貰えるだけでも破格なのに、更に食事も付いてくるなんて信じられない。
背嚢も本当に用意してくれていて、俺達が準備することなど何もなかった。
迷宮の入り口で、初めて目にする魔法薬。勿論飲むのだって初めてだ。
……でもあんまり美味しくなかった。
普段2階層で活動している俺達が、8階層に足を踏み入れるのは本当に恐ろしかった。
でも入り口で飲んだ魔法薬のおかげで、視界は2階層を回っている時よりもはっきりしてる。
大した距離を移動しないうちに、依頼人は「見つけた」と小さく呟く。
暗視の使えない俺は、ポーターとしても3階層までしか足を踏み入れたことがない。
前方には俺が目にしたことのない魔物が、群れをなして蠢いていた。
汗が噴き出し、体が勝手に震えだす。
そんな俺に構わず、男は「あいつら倒してくるから、お前達はここで待機していろ」といった指示を出して、魔物の群れに躊躇いもなく1人で突っ込んでいってしまう。
男はある程度の距離で突然立ち止まって、何か道具を取り出した。どうやら射撃武器のようだ。
男は外すこともなく、後方にいた1匹のアリの魔物と、でかいイノシシの魔物を撃ち殺してしまう。
イノシシを殺し切ると男は武器を持ち替え、右手に棍棒のようなもの、左手にショートソードのような武器を握って、残った魔物を次々と殺していく。
……うそだろ?
以前俺がポーター仕事を頼まれたときに3階層で出た魔物には、依頼人達は集団で戦っていたっていうのに。
その時に見たレッサーゴブリンとかいう魔物が、依頼人の動きについていくことも出来ず、次々に命を散らしていく。
その時魔法薬のおかげではっきりしている視界の端で、白くて小さな魔物が頭上から依頼人に飛び掛ってくるのが見えた。
あぶない!思わず叫びそうになってしまう。
しかし次の瞬間、依頼人は白い魔物を一瞥することすらなく、すれ違いざまに叩き潰してしまった。
30は居た魔物の集団が瞬く間に皆殺しにされてしまった。依頼人は汗もかかずに平然とした様子で、ポーターの俺達にドロップアイテムの回収を指示した。
これが本当の冒険者の姿、本当の冒険者の力なのか……!
俺はドロップ品を回収しながら、恐怖ではない理由で震えだす体を抑えることが出来なかった。
その後も何度も魔物との戦闘、いや魔物の殲滅と言った方がいいような一方的な虐殺を繰り返して、ポーター5人の背嚢がいっぱいになった。
その間、1度たりとも魔物が俺達に向かってくることはなかった。
帰りは行きと比べて少しゆっくりとしたペースで進みながら、依頼人の男は俺達に話しかけてきた。
「お前ら仕事してみてやっていけそうだと思えたならさ。知り合いでも友達でも良いから、この仕事に誘ってみて欲しいんだ。
この先8人だけで回すのは厳しそうだし、全部で20人くらいがちょうど良いと思う。多少前後しても良いから、お前らの知り合いを集めてほしい。
オーサン……、ギルドの担当職員に、人員の募集をやめて、お前らの紹介した相手だけを採用するって伝えておいてくれ。
多分疑われることはないはずだから」
もうこの依頼人の言葉を疑う奴なんて、誰も居なかった。
「じゃあここで解散。換金して報酬を受け取ったら交代。続けて次も参加するやつも、食事を済ませたら入り口で待っててくれ。俺は装備を整備してくるから。
じゃあまた頼む。さっき言った話は確実に職員に伝えてくれ」
そう言って依頼人は足早に去っていった。
冒険者ギルドで換金の手続きをして、換金額の確認作業をしている間に、先ほど言われたことを担当の職員に伝えた。
「はっ!全くトーマらしい話だな。
じゃあ次に参加しない3人で人を集めてこれるか?
それぞれ誰に声をかけるか確認して、人数が増えすぎないように気をつけるんだぞ」
今回参加した奴が人集めにいった方がスムーズだろう、ということで話が纏まった。
「それじゃ報酬の銀板3枚だ。受け取ってくれ」
そして本当に銀板3枚が渡された。しかも1人1人に3枚ずつだなんて。
自分の手の中に収まっている銀板を見ても、未だに信じられない。
「それと訓練場の一角に参加者の休憩スペースと食事を用意してある。
ロビーでお前らに騒がれると迷惑になるからな。
こっちに来てくれ」
そう言われて、俺たちはロビーの奥に案内された。
「あ、兄ちゃん!大丈夫だった!?」
弟が駆け寄ってくる。心配をさせてしまったらしい。
「じゃあちゃんと食事をして休んでおけよ。呼びに来るまではゆっくりしてろ」
ギルドの職員は戻っていった。
俺達だけが残されると、なんだか色んな感情がこみ上げてきて抑えられなくなった。
どうやら一緒に参加してきた奴らもみんな俺と同じ様子だ。
「すっげーんだよ!8階層なんて初めて行った!見たことねぇでかい魔物がいっぱい居てさぁ!」
「魔法薬なんて初めて飲んだけどすげーんだぜ!迷宮の中なのに、まるで昼間みたいに明るいんだ!」
「私達なんて本当に立ってるだけだったの!依頼人の人が1人でどんどん魔物を倒しちゃうのよ!」
待っていた3人は俺達の興奮についていけないようだったけれど、俺達は話したくて話したくて仕方がなかった!
「しかも全然怒ったりもしないんだよ。俺らなんてただ立ってるだけだってのにさ」
「それどころか、移動を俺達の足に合わせてくれてたよな」
「そうそう!絶対に私達より大変なのに、私達がアイテムを回収してるときなんて、周囲の警戒までしてくれてるのよね」
「それでちゃんと報酬も貰えたし……、ってかそうだよ!お前ら信じられるか!?報酬って俺達1人当たり銀板3枚貰えたんだぜ!?」
「それなー!?
俺達全員合わせて、1日中働いたって銀貨1枚にすらならないのに、たった1回仕事しただけで1人銀板3枚、5人で金貨1枚半だぜ!?
しかも今日もまだ使ってくれるって言うんだから!」
話しても話しても話し足りない!
「おらお前らちゃんと休めっつったろ!メシも食ったのかー?
興奮するのは構わねぇが、依頼人に迷惑かけて仕事外されても、俺は責任持たんからな?」
担当の職員が声をかけてきた。
あれ!?もう次の仕事の時間なのか!?
「早めに様子見に来て良かったぜ。まだ時間あるから用意されたメシはちゃんと食えよ。
その食事代だってトーマが払ったのは、お前らだって見てただろ。
依頼人の配慮を無駄にするような奴は、外されても文句は言わせねぇからな」
そうだった!この料理も全部用意してもらったものだったのだ。
絶対に無駄にするわけにはいかない。
あ、それと相談したいことがあったんだった!
「あ、ちょっとギルドの人!
俺達こんな大金持つの初めてで……。
出来れば依頼が全部終るまで、預かっていてもらうことって出来ないかな」
俺がそう切り出すと、他の4人も同じことをお願いした。
今まで銀板どころか、銀貨だって触ったことがないんだ。
それを聞いたギルドのおっさんは、本当に遠慮なく爆笑した後に、責任を持って預かってやると、俺達全員の名前を控え、報酬を入れる袋を個別に用意してくれたのだった。
そう言って銅貨3枚渡される。
少なすぎるとか、たったこれだけなのかとか。色んな言葉を飲み込んで銅貨を受け取る。
「……ども」
丸々1日扱き使われた対価がたったの銅貨3枚。
それでも今日の雇い主はまだ良い方だった。
休憩中に食事も出してくれたし、俺のことを見下したりもしなかったんだから。
酷い雇い主に当たると、一日中休憩も無しに働かされて、なんだかんだと難癖をつけて報酬を支払わない、なんてことも普通にあるのだ。
俺は、冒険者だった両親が迷宮で命を落としてしまって孤児になった『迷宮孤児』と呼ばれる子供の1人だ。
ここベイクでは迷宮で命を落す冒険者は珍しくなく、迷宮孤児の数は多い。
世話になっている救貧院では最低限の衣食住は保障してくれるけど、孤児が増えても予算は増えないので、腹いっぱい食事ができることも少なかった。
救貧院で世話になっている子供達の中で、比較的年齢が高くて働ける子供達には、救貧院を通して色々な雑用仕事が任せられることがある。
救貧院にいるということは、親も親戚も居ないようななんの後ろ盾のない子供ということなので、立場が低く扱いも悪い。
常に魔物の脅威に晒されているこの国は、人命が何よりも尊い国の財産であると考えられている。
国民の命を守るために『相互扶助』の考えの下に、最低限の衣食住を国が補償してくれる救貧院などの施設や、犯罪者でない限り誰でも受けられる働き口などが用意されている。
しかし魔物に脅かされる世界だからこそ弱い者の立場は低く、最低限の生活保障の先は『自力救済主義』という考え方によって、自分の力で糧を得ていくのが当然というのが常識なのだ。
子供だから。孤児だから。そんな甘えは許されない。
現状に不満があるならば、自力で抜け出す以外に方法はない。
孤児に回ってくる雑用仕事は毎日あるわけでもなく、報酬も待遇も悪い。
なのでベイクでは仲の良い子供たちでグループを作って、自然と迷宮に入るようになる。
当然俺も暇さえあれば参加している。
ネズミなんて大した儲けにはならないが、それでも雑用仕事に比べれば高額な報酬なのだ。
俺も12になった。救貧院には年齢制限なんてあるわけじゃないけど、新たな孤児を受け入れるために、年長者から救貧院を出て行くのが暗黙のルールになっている。
俺より年上の孤児はまだまだ居るけれど、俺だっていつか救貧院に頼らずに生きていかなければならない日が来る。
俺が救貧院を出て行ったら、2つ下の弟が1人で取り残されてしまう。
俺は兄として、両親の代わりに弟を守ると決めたんだ。それなのにこのままでは弟を守るどころか、自分自身が生活する目処すら立っていない。
国の相互扶助の方針のおかげで俺達は生きることが出来ている。これは間違いない。
なのに自力救済主義のせいで誰にも助けてもらえない。
両親が生きていたら、俺達に何かを教えてくれていたんだろうか。
両親が居ない孤児達は。どうやって生活していけばいいんだろう。
先の見えない毎日に、疲れと不安だけが募っていく。
ある日、冒険者ギルドからの紹介で、ポーターの依頼が救貧院に知らされた。
ポーター仕事は何度も請けたことがある。
依頼人によって、当たり外れのすごく大きい仕事なんだよな。
詳細は冒険者ギルドの担当職員が説明してくれるってことだけど、ポーター経験の有無は不問、健康で、走ることと荷物を運ぶことが出来れば戦闘する必要もなく、なにより報酬が銀板3枚と破格過ぎる額だった。
依頼内容を見て、何か裏があるのではないかと疑う人、救貧院に届いた内容に誤りがあるのではと疑問に思う人、悪戯の類に違いないと相手にしない人など、反応は様々だった。
そもそも依頼が持ち込まれたのが夕方近くで、普段とは色々と勝手が違っていて、俺自身少し不気味に感じてしまった。
俺達のグループも依頼内容が信じられないという奴が多かったけれど、先の見えない生活に焦りを感じていた俺は、ともかくギルドで話を聞いてみよう、とみんなを説得した。
説明を受けてみて、おかしいと思ったら断れば良いんだ、と。
冒険者ギルドに行き、この依頼を担当しているという厳つい男性職員に話を聞く。
仕事内容や報酬に間違いはないのか、ポーターたちに危険はないのか、気になったことを質問する。
「依頼内容に間違いはない。報酬も荷物を換金した時点で俺から支払うから、冒険者ギルドの名にかけて、間違いなく支払うと約束しよう。
危険性については、迷宮に入る以上はどうしたってゼロにはならない。
ただ今回の依頼人は腕も悪くないし、お前らに無茶させるような奴でもないからな。
むしろお前らが今までこなしてきたポーター仕事と比べると、安全かも知れねぇぞ」
希望者は明日、朝食が終ったくらいの時間にギルドに集まってくれ、と言われて説明が終った。
ギルドを出た俺達は請けるかどうか話し合った。
冒険者ギルドの名にかけて銀板3枚払うと約束してくれたので、報酬は嘘じゃないはずだ。
依頼人の腕も保証してくれたので、請けても良いんじゃないか?
そうして俺達のグループは、8人全員がポーターを引き受けることにしたのだった。
そして当日の朝、担当の職員の案内で依頼人と顔合わせをした。
依頼人は結構年がいってる感じの中年の男だった。
それにしても、ポーター5人を引き連れて8階層に行くっていうのに、たった1人で俺達を守りきるなんて出来るんだろうか?
「ほ、本当に戦えなくても守ってくれるんだろうな……!?」
不安から、つい我慢できずに依頼人に食って掛かってしまう。
しかし相手は怒るでもなく静かに俺達全員を見渡した後、守ってやると約束した上で、指示に従わないやつは俺が殺してやると言い放った。
そのあまりに自然な口調に、守ってくれるという言葉も殺してやるという言葉も、そのどちらも完全に本気の言葉であると理解させられた。
急に目の前の男が怖くなって、この依頼を請けたことを少し後悔してしまう。
そんな俺のことなど気にした風もなく、男は更に依頼報酬に食事も追加すると言いだした。
銀板3枚貰えるだけでも破格なのに、更に食事も付いてくるなんて信じられない。
背嚢も本当に用意してくれていて、俺達が準備することなど何もなかった。
迷宮の入り口で、初めて目にする魔法薬。勿論飲むのだって初めてだ。
……でもあんまり美味しくなかった。
普段2階層で活動している俺達が、8階層に足を踏み入れるのは本当に恐ろしかった。
でも入り口で飲んだ魔法薬のおかげで、視界は2階層を回っている時よりもはっきりしてる。
大した距離を移動しないうちに、依頼人は「見つけた」と小さく呟く。
暗視の使えない俺は、ポーターとしても3階層までしか足を踏み入れたことがない。
前方には俺が目にしたことのない魔物が、群れをなして蠢いていた。
汗が噴き出し、体が勝手に震えだす。
そんな俺に構わず、男は「あいつら倒してくるから、お前達はここで待機していろ」といった指示を出して、魔物の群れに躊躇いもなく1人で突っ込んでいってしまう。
男はある程度の距離で突然立ち止まって、何か道具を取り出した。どうやら射撃武器のようだ。
男は外すこともなく、後方にいた1匹のアリの魔物と、でかいイノシシの魔物を撃ち殺してしまう。
イノシシを殺し切ると男は武器を持ち替え、右手に棍棒のようなもの、左手にショートソードのような武器を握って、残った魔物を次々と殺していく。
……うそだろ?
以前俺がポーター仕事を頼まれたときに3階層で出た魔物には、依頼人達は集団で戦っていたっていうのに。
その時に見たレッサーゴブリンとかいう魔物が、依頼人の動きについていくことも出来ず、次々に命を散らしていく。
その時魔法薬のおかげではっきりしている視界の端で、白くて小さな魔物が頭上から依頼人に飛び掛ってくるのが見えた。
あぶない!思わず叫びそうになってしまう。
しかし次の瞬間、依頼人は白い魔物を一瞥することすらなく、すれ違いざまに叩き潰してしまった。
30は居た魔物の集団が瞬く間に皆殺しにされてしまった。依頼人は汗もかかずに平然とした様子で、ポーターの俺達にドロップアイテムの回収を指示した。
これが本当の冒険者の姿、本当の冒険者の力なのか……!
俺はドロップ品を回収しながら、恐怖ではない理由で震えだす体を抑えることが出来なかった。
その後も何度も魔物との戦闘、いや魔物の殲滅と言った方がいいような一方的な虐殺を繰り返して、ポーター5人の背嚢がいっぱいになった。
その間、1度たりとも魔物が俺達に向かってくることはなかった。
帰りは行きと比べて少しゆっくりとしたペースで進みながら、依頼人の男は俺達に話しかけてきた。
「お前ら仕事してみてやっていけそうだと思えたならさ。知り合いでも友達でも良いから、この仕事に誘ってみて欲しいんだ。
この先8人だけで回すのは厳しそうだし、全部で20人くらいがちょうど良いと思う。多少前後しても良いから、お前らの知り合いを集めてほしい。
オーサン……、ギルドの担当職員に、人員の募集をやめて、お前らの紹介した相手だけを採用するって伝えておいてくれ。
多分疑われることはないはずだから」
もうこの依頼人の言葉を疑う奴なんて、誰も居なかった。
「じゃあここで解散。換金して報酬を受け取ったら交代。続けて次も参加するやつも、食事を済ませたら入り口で待っててくれ。俺は装備を整備してくるから。
じゃあまた頼む。さっき言った話は確実に職員に伝えてくれ」
そう言って依頼人は足早に去っていった。
冒険者ギルドで換金の手続きをして、換金額の確認作業をしている間に、先ほど言われたことを担当の職員に伝えた。
「はっ!全くトーマらしい話だな。
じゃあ次に参加しない3人で人を集めてこれるか?
それぞれ誰に声をかけるか確認して、人数が増えすぎないように気をつけるんだぞ」
今回参加した奴が人集めにいった方がスムーズだろう、ということで話が纏まった。
「それじゃ報酬の銀板3枚だ。受け取ってくれ」
そして本当に銀板3枚が渡された。しかも1人1人に3枚ずつだなんて。
自分の手の中に収まっている銀板を見ても、未だに信じられない。
「それと訓練場の一角に参加者の休憩スペースと食事を用意してある。
ロビーでお前らに騒がれると迷惑になるからな。
こっちに来てくれ」
そう言われて、俺たちはロビーの奥に案内された。
「あ、兄ちゃん!大丈夫だった!?」
弟が駆け寄ってくる。心配をさせてしまったらしい。
「じゃあちゃんと食事をして休んでおけよ。呼びに来るまではゆっくりしてろ」
ギルドの職員は戻っていった。
俺達だけが残されると、なんだか色んな感情がこみ上げてきて抑えられなくなった。
どうやら一緒に参加してきた奴らもみんな俺と同じ様子だ。
「すっげーんだよ!8階層なんて初めて行った!見たことねぇでかい魔物がいっぱい居てさぁ!」
「魔法薬なんて初めて飲んだけどすげーんだぜ!迷宮の中なのに、まるで昼間みたいに明るいんだ!」
「私達なんて本当に立ってるだけだったの!依頼人の人が1人でどんどん魔物を倒しちゃうのよ!」
待っていた3人は俺達の興奮についていけないようだったけれど、俺達は話したくて話したくて仕方がなかった!
「しかも全然怒ったりもしないんだよ。俺らなんてただ立ってるだけだってのにさ」
「それどころか、移動を俺達の足に合わせてくれてたよな」
「そうそう!絶対に私達より大変なのに、私達がアイテムを回収してるときなんて、周囲の警戒までしてくれてるのよね」
「それでちゃんと報酬も貰えたし……、ってかそうだよ!お前ら信じられるか!?報酬って俺達1人当たり銀板3枚貰えたんだぜ!?」
「それなー!?
俺達全員合わせて、1日中働いたって銀貨1枚にすらならないのに、たった1回仕事しただけで1人銀板3枚、5人で金貨1枚半だぜ!?
しかも今日もまだ使ってくれるって言うんだから!」
話しても話しても話し足りない!
「おらお前らちゃんと休めっつったろ!メシも食ったのかー?
興奮するのは構わねぇが、依頼人に迷惑かけて仕事外されても、俺は責任持たんからな?」
担当の職員が声をかけてきた。
あれ!?もう次の仕事の時間なのか!?
「早めに様子見に来て良かったぜ。まだ時間あるから用意されたメシはちゃんと食えよ。
その食事代だってトーマが払ったのは、お前らだって見てただろ。
依頼人の配慮を無駄にするような奴は、外されても文句は言わせねぇからな」
そうだった!この料理も全部用意してもらったものだったのだ。
絶対に無駄にするわけにはいかない。
あ、それと相談したいことがあったんだった!
「あ、ちょっとギルドの人!
俺達こんな大金持つの初めてで……。
出来れば依頼が全部終るまで、預かっていてもらうことって出来ないかな」
俺がそう切り出すと、他の4人も同じことをお願いした。
今まで銀板どころか、銀貨だって触ったことがないんだ。
それを聞いたギルドのおっさんは、本当に遠慮なく爆笑した後に、責任を持って預かってやると、俺達全員の名前を控え、報酬を入れる袋を個別に用意してくれたのだった。
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