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シルビア・スカーレット

エピローグ

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「ま、参りました……!」


 私の喉元に、木製の剣が突きつけられる。

 しかし私の降参の声に応じて、私の喉はあっさりと解放された。


「ふっふーん! 剣を握って間もない貴女に、流石にまだ負けてあげられないわよっ?」

「そ、そう思うんなら手加減してよぉチロル……」


 たった今私に剣を突きつけていたチロルは、物凄く嬉しそうな表情を浮かべている。

 チロル、負けず嫌いっぽいとこあるもんなぁ……。


「でもシルも上達してきている。毎日真面目に訓練しているのが分かるわ」

「ホ、ホントかなぁ……? 毎日忙しくて訓練の時間が取れていないチロルに、いつまで経っても敵わないんだけど……」


 今はアンさんの勧めで、チロルとお屋敷の庭で剣術のお稽古をしている。なかなか訓練の時間の取れないチロルの相手なら、素人の私でも充分なのだそうだ。


 アンさんが言うには、これ……剣術も使用人には必要な技術なんだって。

 でもうちで働いていたマリーは、剣術なんて修めてないんだけどなぁ……?




 お父様が正式に勘当の手続きを済ませたそうで、私はもうシルビア・スカーレットではなくなった。

 2人の計画を全て暴露すれば勘当は取り消されるのかもしれないけれど、なぜか私はとてもそんな気にはなれなかった。


 スカーレットを名乗れなくなり、心機一転生まれ変わるつもりで、私はこれからシルと名乗ることになった。

 ふふ、シルなんて可愛く呼ばれるの、初めてだなぁ。


「今さらだけど、シルはどうしてスカーレット家に戻ろうって思わなかったの?」


 私が貴族籍を取り戻そうとしないことを、やっぱりチロルは不思議に思ったようだ。

 だけどチロルを見てるとさぁ。身分ってあんまり気にならなくなっちゃうんだよねぇ。


「そりゃあ今回の件で家族に不信感を抱いてしまったにしてもよ? 貴族の身分を捨てるって、簡単なことじゃないじゃない?」

「ん~。チロルの言い分も分かるし、私もここで暮らしている間に考えたんだけどねぇ。でも私って結局、貴族に向いてなかったんだと思うのっ!」

「…………む、向いてない?」

「だってさ! お父様とお母様の言う通りに生きてきて、家の存続のために生まれた時には婚約者が決まっちゃってて、でもその婚約者にも捨てられちゃったんだよっ!? やってられないじゃない!?」


 ……変だなぁ。あの夜と同じことを思って、同じことを喋っているはずなのに。

 私を内側から焼き尽くすように思えたあの時の感情なんか、やっぱり私の何処にも残ってないの。


「お父様もお母様も尊敬していたけどさ……。やっぱり私、貴族に向いてないんだと思うっ!」


 お父様の言う事を聞きなさい。婚約者の事を考えなさい。己を殺し、相手を立てなさい。

 そうやって生きてきた結果が勘当だもんっ! 私には貴族令嬢なんて無理だったのよ!


 そんな私の憤りをぶつけられたチロルは、呆けた顔が徐々に崩れ、そしてとうとう堪えきれずに吹き出してしまった。


「あは! あはははははは! 向い、向いてないって! 貴族に向いてないって何よ!? そんなこと言う貴族令嬢初めて見たわよ!? 言われる令嬢なら沢山見てきてるけどっ」


 お腹を抱えて大きな口を隠しもしないで笑っているチロルだって、全然貴族令嬢らしくないけどねっ!

 でもやっぱり私は、こっちのチロルのほうが好きだなぁ。


「あはは! でもそんなこと言っちゃうシルは、確かに貴族は向いてなかったかもしれないねっ?」

「私がお仕えしていたシルビアお嬢様は立派な貴族令嬢だったけどね。でもここに来てからのシルの方が、お屋敷に居た頃よりもずっと生き生きしてると思うよ」


 ずっと一緒に居たマリーが言うんだもの。やっぱり私に貴族は合ってなかったのよ。


「あーおかしい。流石はシルね、笑わせてもらったわ。私も貴族令嬢を雇うわけにはいかないから、シルが貴族に向いてなくて助かっちゃったなーっ」

「私を追放した家族と、追放された私に手を差し伸べてくれたチロルのどっちかを選ばなきゃならないなら、考えるまでもなくチロルを選びますよーだっ」


 今回の騒動で、私の家族とチロルの対応はまさに正反対だったのだ。

 苦境に立たされた私に更に追い討ちをかけてきた両親と、全てを失って何も返せなくなった私に、何の躊躇も無く手を差し伸べてくれたチロル。


 ……チロルはその裏でしっかりと利益を回収しちゃったみたいだけど、それもまたなんだか彼女らしくて憎めない。


「2人が正式に働く場所は今検討しているところだから、もう少し待ってね。2人の事をビシバシこき使って、借金を取り立ててやるからね~?」

「……う。お、お手柔らかにお願いしますぅ……?」


 今はチロルの侍女として雇ってもらっている私とマリーだけど、私がチロルに支払わせた賠償金と、マリーがチロルに支払わせた奴隷購入費は、メイドの給料ではとても返済できない。

 チロルは仕事と報酬には一切の情を挟まず、借金返済のために働く場所を用意してくれるのだ。


「でもチロル。このままお屋敷に置いてもらうのはどうしてもダメなの? 仕事なら好きなだけ振ってもらって構わないからさぁ……」

「ええ。それは許可出来ないわ。当分は侍女として過ごしてもらうし、それが終わった後もこのままこの家で寝泊りしてくれて一向に構わないけどね」

「えぇ~……。それならこのまま侍女として雇ってよぉ……」

「ダーメ。貴女達2人は貴族令嬢と、貴族家に仕える侍女としての教育をしっかり受けてきているわ。シルはそれに加えて、ある程度の商売の知識もあるでしょう。そんな人材をこんな小さな屋敷の管理で眠らせておくのは勿体無いわ!」


 チロルに手放しで褒められて嬉しいはずなんだけど、チロルの目が商売人の目をしてるから素直に喜べないよぉ~!


「っていうかこのお屋敷だって言うほど小さくないからねっ!? アンさん、1人で管理するのが大変だって言ってたよっ!?」

「んふふ~。侍女を辞めさせるとは誰も言ってないじゃな~い?」

「……んん?」

「貴女達が望んでくれるなら侍女の仕事は続けて良いわよ? でも今までアン1人でも管理できていた屋敷に、仕事のできるメイドを更に2人も常駐させる意味は無いでしょ?」

「……えと、ということは?」

「メイド3人も居れば時間はいくらでも作れるでしょ。でも有能な貴女達を遊ばせておくなんて、私の中の商売人が堪えられそうもないのっ! 空いた時間でも効率よくお金が稼げるように、色々試させてもらうわよぉ~?」


 つまり副業、もしくは兼業ってことなのかな?

 物凄くイジワルそうな笑顔を浮かべているチロルが気になって仕方ないけど、このお屋敷に居るままで別の仕事をするなら何にも問題ないかなっ。


「でもさチロル。それって結局このお屋敷で働くことを許可してるんじゃないの? このお屋敷に残るのは許可できないってなんだったの?」

「いやいや、侍女なんて生涯続けられる仕事じゃないでしょ? 私たちだってお互いに結婚することもあるかもしれないし、イーグルハート商会が壊滅して貴女達を雇用できなくなることもあるかもしれないしさ」

「いや前半はともかく、後半は全く想像できないんだけど……?」


 チロルに実際に出会うまでは、どんな大商人だって破滅することもあるだろうってぼんやりとでもイメージできたんだけど……。

 実際にチロルに会っちゃうと、この人どんなトラブルでもあっさり解決しちゃう気がして仕方ないんだよなぁ……。


「私はね。好きな人たちには人に頼らないで生きていける力を身につけて欲しいの。そしてシルもマリーも、勿論アンだってその素養は既に身についてると思ってるんだ」

「人に頼らず生きていく……。自立する力……」

「今すぐ侍女を辞める必要は無いけど、いつか辞める事は常に考えておきなさい。そして私は侍女から巣立った後の貴女達に相応しい職場を、今から見つけておいてあげたいのよねーっ」


 チロルの侍女を辞めた後の私達に相応しい職場かぁ……。

 漠然としすぎてて、チロルに言われてもピンと来ないかな。チロルには何か考えがあるのかもしれないけれど。


「それと一応言っておくけど、これ以上は何もするつもりはないわよ。今回貴女達を陥れた人々は、それ相応の罰を受けたと思っているからね」

「「え?」」


 凄く遠い将来の話から突然過去の話題を引っ張り出されて、私もマリーも思わず困惑の声をあげてしまう。

 そんな私たちには相変わらずお構いなしに、チロルは商売人らしく早口で捲し立ててくる。


「ウェイン様は御自身の商会の経営権を失い、更には愛するオリビア様からの愛も失ってしまった。そのオリビア様も今後は一生気が休まらないでしょうね。そして愛を失くした相手に嫁がなければならなくなった。スカーレット家のご両親は娘2人を同時に失ったも同然だし、ハドレット家の当主も、ハドレット商会と次期当主の命運を平民の私に鷲掴みにされてしまったんだもの」

「え、え~と? 親世代は良いとして、あの2人の愛が失われてるって、いったいなんで……?」

「……2人が抱いていた感情が本物の恋愛感情かどうだったか、については議論は控えるわ。同情や理解から始まる愛だって、間違いなくあるでしょうしね」


 ……恐らくチロルの中には明確な正解が浮かんでいるのだろう。

 だけどそれはもう失われたものだからとはぐらかして、愛情ではなく2人の抱いた感情を説明するチロル。


「ただ、あの2人の愛情の根本は、共感から始まったものだと思う。その共感はあの2人の一方的な劣等感によるものだけど、シルに劣等感を抱いていた2人だからこそお互いを理解し合えたし、運命の相手だと盛り上がったんでしょうね」


 以前の私なら、あの2人が私なんかに劣等感を抱いているなんて説明されても、とても受け入れられなかっただろうな……。


 ……なんであの2人は、私なんかに劣等感を抱いてしまったんだろう。

 私なんて簡単に騙されるし、今だってなんの力も無いから、アンさんに仕事を教わっているくらいなのに。


「劣等感は誰もが持っているモノだからねー。私にだってあるし、シルにだってあるでしょう? だから、劣等感を抱くまでは問題ないの」

「「えっ!? チロルに劣等感なんてあるのっ!?」」

「はいはーい。シルもマリーも話の腰を折らないでくださーい」


 思わず驚愕の声をあげてしまった私とマリーを、物凄く雑な感じであしらうチロル。

 だけどいつだって自信満々で、だけど誰よりも遠くを見通して……。そんな姿しか見たこと無いんだから驚くに決まってるじゃないっ。


「でもあの2人が共に劣等感を抱いていた相手のシルが居なくなって、とびっきりの優越感に舞い上がっていたところに、今度は別の問題が起こってしまったの。そしてその問題を、あの2人は共有できなかったのよねぇ」

「えっ? だって2人は愛し合っていて、常に一緒にだって居たはずなのに、なのにどうして……」

「ウェイン様は業績の悪化に悩まされ、オリビア様は計画の発覚に悩まされるようになった。なんでも理解し合えたかつての2人は、もう残っていなかったってわけ」


 あの2人の身に降りかかっていた事は同じことだったはずなのに、2人の受け取り方は違ったんだ……。

 ウェイン様はオリビアのためにハドレット商会を立て直そうとして、オリビアはウェイン様のために計画の発覚を恐れた。


 2人の想いは確かに重なっていたはずなのに、見ているものが違ったせいで少しずつ擦れ違っていったということなのかな……。


「な、なんでチロルはそこまで分かるのかなぁ……? チロルの私見も入ってるんだろうけれど」

「ふふ。商売人はね。お客さんの前では自信満々にこれが正解です! って言い切らないといけない時もあるのよ。私の話は、あくまで私の想像だってことを忘れないでね」


 なるほどなぁ~。

 確かに私がお客さんだったら、商品に自信が無い人よりも、自信満々に商品を勧めてくる人から買っちゃうかも?


「ふふ。ねぇシル。面白いと思わない? あの2人はずっと、貴女さえ居なければ自分は幸せになれると、自分が不幸なのはシルがいるせいだと思い込んでいたのよ?」

「お、面白くないよっ……!? ショックなだけだよぉ~……」

「でも結局あの2人の人生の中心に居たのはシルだったの。2人の恋愛も人生も、全て貴女が居たから成立していたのよ」

「え……」

「憎くて憎くて堪らないシルを追い出した瞬間、あの2人は自分の幸福も将来も一緒に投げ出してしまったの。2人が破滅してしまったのは、結局それが原因なんだよねー」


 私が憎まれていたのは今でも納得がいかないけれど。

 どうして憎んでいた私が居なくなって、あの2人の人生が破綻してしまうのか、これが本当に分からない。


 そんな私の疑問を察したチロルは、少し呆れたように肩を竦めながら、もう少し噛み砕いて説明してくれる。


「これは私の持論なんだけどね。劣等感って、捨てちゃいけないものだと思うんだ」

「えっ? 劣等感なんて無いほうがいいんじゃ?」

「だってさ。人と比べて自分が劣っていると感じる部分って、自分が1番気にしてる部分、自分が1番大切にしている要素ってことでしょう? それって捨てていいものだと思う?」


 チロルの説明に言葉が出てこない……。

 だって私、今まで誰かに明確に劣等感を抱いたことなんて、今まで1度だって……。


「劣等感を持つのは辛いことだし、その辛さに押しつぶされてしまう事だってある。でもそれはきっと、その人がその部分をそれだけ大切にしているってことの裏返しだと思うのよね」

「人の劣等感は、大切な想いの裏返し……」

「劣等感は克服するものであって、排除していいものじゃないの。それは自分で自分を否定する行為に他ならないと、私は思ってるわ。私は、ね?」

「そ、そんなに、私、の部分を強調しなくても……?」

「ううん。シルが私を信用してくれているのは嬉しいけれど、私は絶対の正解者なんかじゃないから。考え方なんて人の数だけあると思わないとダメよ? それが商売人の基本だと思う」


 自信満々に正解だと言い切らないといけないと言いながら、自分は絶対の正解者なんかじゃないとチロルは言う。

 なんだか不思議。表裏一体って、こういう事なのかな?


「人を陥れることで劣等感を克服するのは危険だと思うの」

「危険って……、陥れられる人じゃなくって、陥れる側が???」

「ここは私の経験則で言わせてもらうけど、人の足を引っ張るのって、楽な上に楽しいのよねー! でも、人の足を引っ張って優越感を得てしまうと、もう他のことで劣等感を克服するのが億劫になっちゃうの」


 とびっきりの笑顔を浮かべて経験則と語るチロルが気になって気になって仕方ないけれど、今まさにチロルは今回の事の顛末の核心に触れているように思えた。


「劣等感の克服を止めた人間は成長しなくなるわ。自分が成長しなくても、相手に自分の場所よりもっと下に落ちてきてもらえば、自分はなんの努力もせずに優越感を得られてしまうからね」

「劣等感は、成長の可能性……?」

「今回あの2人がやったことはこれだったでしょ? 本当は2人で手を取り合って貴女や両家を説得し、周囲に自分たちが愛し合っている事を認めさせなければならなかった。でもあの2人は貴女の排除を選んでしまった。だから破綻した。それだけの話よ」


 チロルに今回の騒動の核心を語られた私は、なんだか逆に現実味が感じられなくなってしまった。


 人の足を引っ張るのが楽しい……? それで優越感を得られる……?

 やっぱり私には、チロルの話は少し難しいのかな。


 真相を知ったあの日、全身が燃え上がるかと思うほどの怒りを覚えた次の日の朝、怒りも憎悪もなくなっていて、私は心底ほっとした。

 誰かに怒りを向け、誰かを憎み、誰かの不幸を望む。そんな想いを心の内に秘めているだけでも、私は苦しいと思ったから。


 2人があんな気持ちを私に向け続けていたことを思うと、恐ろしいとも思うし、哀れだとも思う。

 誰かに怒りや憎しみを向けることがあんなに苦しいものならば、私だったら目を背けて、見なかった事にしてしまうかもしれない。


「……今回両家について調査した時に聞いた話なんだけどね。あの2人だって、始めから貴女を憎んでいたわけじゃないのよ」


 ぼうっと考え込んでいた私の耳に、穏やかで優しげなチロルの言葉が届けられる。


「自慢の姉だと慕っていた時期も、なんて素敵な婚約者だと喜んでいた時期も、確かにあったの。シルがあの2人を大切に思っていたように、あの2人も貴女のことを大切に思っていた時期は間違いなくあったんだよ……」

「…………うん。ありがとう、チロル」


 こんなことがあって、なんだか色々なことがひっくり返っちゃったけど。

 オリビアと笑って過ごした日々も、ウェイン様と寄り添って過ごした日々も、間違いなくあったんだ。


 こんな結果になってしまって悲しいけれど、あの2人と笑い合っていたことまで否定しなくていいんだね。


「2人の気持ちを誰かが理解してあげられていたら、あの2人がこんな結末を迎える事はなかったかもしれない。流石にそれを当事者のシルが担うのは難しかったでしょうけどね?」


 最後だけ少し冗談めかして、チロルは会話を切り上げた。

 情け容赦なくあの2人を破滅に導いたチロルが、あの2人の想いを肯定してくれているのが、なんだかとても皮肉に思えた。


「……ねぇチロル。本当に貴女、何もしてないの?」

「んー?」

「なんだかチロルって、何でも知ってるように思えるよ。私とマリーを保護してお金を払っただけにしか見えないのに、貴女はあまりにも全てを知りすぎているように感じるよ……」

「あ、そういう意味ねー」


 私の言葉を聞いたチロルは、特に思うこともなさそうに気軽に返答してくれた。


「今回私が実際にしたことって、貴女達の保護とハドレット家の買収だけよ。これは誓ってもいいわ。ただ、これでも大きなお金を動かすわけだからね? あらゆる情報は集めさせてもらったわよー?」

「情報って?」

「スカーレット家とハドレット家の親交から、勤めている使用人達からの聞き取り、ハドレット商会と取引をしている顧客、シルやオリビア様の交友範囲、ウェイン様が引き篭もっていた時に面倒を見ていたお医者様とか、思いつく限りは全部ね」


 チロルの答えに冷や汗が流れる。

 直接したことはそれほどないのに、その裏でどれ程の調査をしていたのか、私には想像もつかない。


「あははっ。そんなに怖がらないでってばぁ」


 そしてやっぱりチロルは私の心を敏感に察して、直ぐに私の不安を拭い去ってくれるのだ。


「シルはまだ私の底が見極められていないだけ。だから変に私を大きく感じちゃうの」

「見極められていないだけ?」

「でも私は15の小娘でしかないわ。失敗もするし間違いもする小娘よ。たまたま今回シルの前では失敗せずに済んだから、シルは私を完璧な人間みたいに思っちゃってるだけなんじゃない?」


 そう、なのかな? そうとは、とても思えないんだけど。
 
 チロルを知れば知るほどに、底が知れなくなっていくように感じるんだけどなぁ。


「それにね。シルやマリーを助けたのだって、結局は私の趣味だって言ったでしょ?」

「あ、うん……。それは確かに言ってたね、趣味だって……」

「私にもちょ~っとだけ、特別な事情はあるんだけど、基本的には私の趣味なの」


 そう。特別な事情があるらしいことも以前チラッと聞いた気がする。あれは確かアンさんに聞いたんだっけ?


「私の趣味は人助けなんかじゃないわよぉ?」 


 思い悩む私にチロルは、思いっきり意地悪そうな笑顔を見せる。

 なんとなくだけど、このとびっきりイジワルそうな笑顔こそが、チロルの本当の顔のように私には思えた。


「私ってね、人の足を引っ張る人の足を引っ張るのが、すっごーく大好きなのっ!」

「え、えぇ~……?」


 そんなことを満面の笑みで告白されても、どう反応すれば良いのか困っちゃうんだけど……?

 反応に困って隣りのマリーに助けを求めるけれど、そこには反応に困って私に助けを求める、マリーの困り果てた顔があるだけだった。
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