20 / 25
遠距離恋愛の始まりと、思い出の品。
しおりを挟むダニエルがバーシャルへと出発する日は、内示を受けてからわずか五日後と決まった。
仕事の引き継ぎや、荷物の準備で忙しいはずだが、ダニエルは時間を作ってはエミリアに会いにやって来た。
バーシャルの話を伝えた時に、珍しくエミリアが取り乱した為、心配をしたのかもしれない。
考えてみれば、彼氏が転勤で遠距離恋愛なんて、良くあることだよね。
私ってば中身まですっかり小娘慣れして、動揺しちゃって恥ずかしい。
一人で大丈夫だってところを見せて、安心してお仕事に行ってもらわないと!
ただでさえ、危険な任務なんだから。
大事なお役目の前にこれ以上負担をかけてはいけないと思い、エミリアは元気に振る舞ってみせることにした。
「あら、ダニー様、またいらしたの?お忙しいんだから、時間ができたなら休んだほうが体のためなのに。」
気合いを入れて、ツンとした素振りで言ってみる。
冷たいと思われるだろうが、これもダニエルの心残りをなくす為だ。
「プッ、そんなこと言うなよ。俺はエミィといる時が一番安らぐんだ。」
ダニエルはやっぱり大人で、エミリアの強がりを笑って聞き流してはエミリアを甘やかす。
短時間一緒に過ごすと、また慌ただしく去っていく。
ダニエルに何も出来ないエミリアは、もどかしくて堪らなかった。
「なあ、エミィ。俺達、もう普通の婚約者だよな?婚約者(仮)はいらないよな?」
バーシャルへの出立前夜、また顔を出したダニエルが唐突に訊いてくる。
余裕がありそうな表情を浮かべながら、チラチラとエミリアを確認してくるあたり、実は自信がないらしい。
今更な質問に笑いそうになるエミリアだったが、ダニエルはずっと気にしていたようだ。
「うーん、そうですねぇ、三年間浮気をせずに、無事に戻ってくると約束してくれるなら、取ってあげてもいいですよ?」
「ヨッシャー!!長かったなー、(仮)!」
この期に及んで交換条件を出してみたが、ダニエルは無邪気に喜んでいる。
こういう、いつまでも子供っぽいところがズルいよね。
もう二十九歳なのに・・・って、あれ?
前世で私はこの頃には死んでたってことは、いつの間にかダニー様に歳を越されてたんだ!
出会った時から、お姉さん気分で接していた部分があった為、エミリアは静かに衝撃を受けていた。
気付かぬふりをしていたが、ダニエルはとっくにエミリアの前を歩き、エミリアの手を引いていたのだ。
「じゃあ、あと三年待てば、エミィは俺の嫁さんか。」
「三年もあるんですよ?」
呆れたエミリアだったが、ダニエルは軽く答える。
「たった三年だ。何年待ったと思ってる?」
ようやくここまで来たかーと小さく呟くダニエルは、感慨深そうに頷いていた。
翌日、エミリアはダニエルの見送りに騎士団宿舎の前まで向かった。
多くの人が旅立つ騎士を一目見ようと、駆けつけていた。
こんなに人がいたら、ダニー様とは話せないかもしれないな。
手を振って気付いてもらえればいいか。
キョロキョロとダニエルを探していると、シーラに声をかけられた。
「エミィ様、こっちこっち!」
呼ばれるまま建物の影へと足を向けると、すぐにルシアンの声も聞こえてきた。
「いいからちょっと顔を貸せ!」
「なんだよ、もうすぐ出発だぞ?」
不満げに現れたのはダニエルで、エミリアの存在に気付くと驚き、目を見開いた。
「ダニー様?」
「エミィ?なんでこんなところに・・・」
見つめ合ったまま動けずにいると、ルシアンが説明してくれた。
「俺達からささやかなプレゼント。少しだけど、別れを惜しんでくれ。」
そう言うと、シーラと共に去っていった。
「あいつ、たまには役に立つよな。」
ルシアンが怒りそうな台詞だが、ダニエルは嬉しそうだ。
エミリアは、バッグからクッキーを取り出すと、ダニエルに差し出した。
「ダニー様、クッキーです。小腹が空いた時にでも。あと、いつものハンカチ。今度渡せるかわからないので、一応。」
五歳の時に初めて手作りのハンカチを渡してから、約束通り毎年ダニエルに贈っていた。
バーシャルの状況がわからない為、一枚だけ先に渡しておくことにしたのである。
「ありがとな!俺のコレクションがまた増えた。」
変なことを言い出すダニエルに、ハテナマークを浮かべていると、種明かしとばかりにダニエルが一枚のハンカチを取り出した。
「あーっ!それは私が最初に縫ったハンカチ!!」
見覚えのあるそれは、五歳のエミリアが小さな手で縫ったハンカチであり、少々歪んでいる。
「そうだ。俺の宝物だな。あとこれも。」
歪なハンカチを取り返そうとジャンプするエミリアをかわし、ダニエルが制服の上着を少し捲る。
そこには、これまた昔見た、オレンジのアップリケが付いていた。
「ええっ!なんでこのシャツを!?ダニー様、正気ですか?これ着ていくつもり?」
上着を戻し、ハンカチやクッキーをしまいながら、ダニエルは当たり前のように言う。
「エミィとの思い出の品だからな。全部持っていく。」
「いやいや、じゃあ何も、今着ていかなくても・・ぶふっ」
まだ文句を言っているエミリアの口を、ダニエルの唇が塞いだ。
何が起きたか理解出来ないまま、口を噤んだエミリアの頭を撫でると、ダニエルはエミリアのおでこにもう一度キスをした。
「行ってくる。」
一言告げると、騎士の群れに合流する為に踵を返した。
は?
ここでする?
喋ってる途中に?
慌てて我に返り、建物の影から通りへ戻ると、まさに騎士達が出発するところだった。
「ダニー様!!」
照れているのか、怒っているのか、はたまた拗ねているのかよくわからない感情で名前を呼べば、ニヤッと笑い、軽く手を振って行ってしまった。
なんだか悔しい!
次会ったら覚えてなさいよ!
赤い顔をしながら、エミリアはいつまでもダニエルの背中を見送っていた。
370
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
【完結】魔法令嬢に変身したら、氷の騎士団長サマがかまってくるのですが。
櫻野くるみ
恋愛
伯爵令嬢のイレーナは、日本で過ごした前世の記憶が蘇って数日後、なぜかカメに話しかけられていた。
カメのペロペロいわく、イレーナには『魔法令嬢』に変身して、この世界を守る使命があるのだとか。
へ? 『魔法少女』なら知っているけど、『魔法令嬢』って何よ!?
疑問ばかりが次々と溢れてくるが、異世界では「気にしたら負け」らしい。
納得できないまま、なんとなく変身させられ、気付けば謎の組織と戦っていたイレーナ。
そんな規格外のイレーナを初めて目にした『氷の騎士団長』は、なぜか胸が高鳴るのを感じ……?
なりゆきで『魔法令嬢』になってしまった伯爵令嬢が、氷の騎士団長に執着されてしまうお話です。
ゆるい話ですので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる