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婚約の打診

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デビュタント後、城から戻ったナタリアは、慣れない夜会で体も精神も疲れ果てていた。
兄のクリスが真っ先に父の部屋へと突進していったが、ナタリアは兄に甘え、先に休ませてもらうことにした。

お兄様、帰りの馬車でもなんだか無口だったけど、まだお腹が痛むのかしら?

同情しつつも睡魔に負け、シャワーだけ浴びるとナタリアは眠ってしまった。


翌日、ゆっくり起きるつもりだったのだが、ナタリアはいつも通りに目が覚めてしまった。
覚醒して真っ先に頭に浮かんだのは、昨晩のフェルゼンのことだった。

ふふっ、昨日のダンスは楽しかったわ。
お料理も最高だったし。
もうあんなキラキラした場所に行くこともないし、フェルゼン様とお話しできることもないに違いないけど、いい思い出になったわ。
素敵な思い出を胸に、また今日から地味に生きていこう!

少し胸は痛んだが、フェルゼンとの最後のやり取りは、夜会でよくある貴族特有の冗談だとナタリアはわかっていた。
いくら甘い言葉を紡がれても、それは一夜の夢なのだと小説にも書いてあったからである。
ナタリアは小説の内容をバイブルだと思い、鵜呑みにしていた。

ベッドで寝転がっていると、珍しく階下が騒がしいことに気が付いた。

「おはようございます。朝から何事ですか?」

身だしなみを整え食堂に行くと、ナタリア以外の家族が全員揃っており、重い空気が立ち込めている。
一体どうしたというのだろうか?

「ナタリア、単刀直入に言う。王家からの使者がいらっしゃって、お前を王太子殿下の婚約者にと打診された。うちは身分的にもどうこう言えない為、これは決定事項とも言える」

え?
私が王太子殿下の婚約者?
それってつまり・・・フェルゼン様の婚約者ってこと!?

「はい!?嘘ですよね?ドレスも買えない貧乏子爵家の私が?色々釣り合わなさすぎます!!」

「そんなことは私達が一番わかっているよ。しかし、侯爵家へ養女に入る話まで進んでいるし、もうどうしたらよいやら」

昨夜の内にクリスから話を聞いていた父は、慌てふためき、一睡も出来ないまま朝を迎えた上、早朝から王家の使いを迎えてヘトヘトだった。
目の下に隈を作り、顔色も悪い。
しかし、ナタリアを案じる気持ちは忘れていなかった。

「ナタリアはどうしたい?覆すことは難しいだろうし、さっきはああ言ったが、ナタリアが嫌だったら私としては無理矢理嫁がせたくはない。家を潰される覚悟で断ろう」

いやいや、重すぎるって。
歴史しかないレンダー子爵家を自分の代で潰すのはちょっと。

ナタリアが悩んでいると、母が声をかけてきた。

「ナタリア、ドレスが届いているわよ?王太子殿下から。城まで会いに来て欲しいって。もう一度お会いしてから考えたらどう?」

父と違って本心では賛成なのだろう。
母はルンルンとした雰囲気を隠せていなかった。

「母上、ナタリアを城に行かせたら絶対断れませんって!!」

兄も心配しているのが伝わってきた。

さて、どうしたものか。
また慎ましく生きていこうと思った直後に王家へ嫁ぐ話をされ、ナタリアは正直いっぱいいっぱいだった。
しかし、一つだけ確かめてみたかった。

養女だとか、婚約だとか、もう訳がわからないわ。
でも、フェルゼン様の気持ちは聞いてみたい。
あの優しい笑顔が社交辞令じゃないのなら・・・。
そして、私自身のフェルゼン様に対する気持ちも見極めたい。

ナタリアはフェルゼンと会うことに決めた。


フェルゼンが贈ってくれたドレスは落ち着いたピンク色で、ところどころ臙脂のリボンが編み込んであった。
華やかな色の服など今まで着たことのないナタリアは、似合わないと思いつつも照れながら袖を通した。
ナタリアが可愛いものを好きなことを、フェルゼンは見抜いていたらしい。

侍女だけを連れてナタリアが城に向かうと、庭のガセボへと案内された。
薔薇の盛りは過ぎていたが、美しく手入れされた庭に姿勢正しいフェルゼンが立っていた。

「ナタリア!よく来てくれたね」

あの夜と同じ、少年っぽさの残る純粋な笑顔に、ナタリアも自然と笑顔になってしまう。

「お招きいただきありがとうございます、フェルゼン様」

挨拶を返すとドレス姿を褒められ、ガセボ内のベンチへとエスコートされた。
テーブルにはナタリア好みのお菓子の数々が並び、お城まで来た目的も忘れてテンションが上がってしまった。
フェルゼンに勧められるまま口に運ぶと、あまりの美味しさに頬っぺたが落ちそうだ。

「うーん、美味しい!フェルゼン様、私を餌付けしてどうするつもりですか?」

つい冗談で軽口を叩くと、まさかの返事が返ってきた。

「それは、ナタリアを妻にするつもりだよ。じっくり口説いて、私を好きになってもらった後にだけれどね」

うぐっ

思わずフルーツケーキを喉に詰まらせかけたが、なんとか耐えて飲み込む。

「本気ですか!?何で私を?」

不思議がるナタリアに、フェルゼンは自分の体質について語って聞かせた。

「それは苦労されたんですね。でも、私以外にもフェルゼン様のフェロモン?に強い女性がいると思うんですけど」

あの夜会にいながら、ナタリアは料理に夢中で、人々が倒れる様子を見ていなかった。
その為、自分だけが特別だとは思えなかったのである。

するとフェルゼンが一度立ち上がり、座っているナタリアの隣に跪くと、ナタリアの手を取った。

「私はあの日、料理を頬張る貴女を見てから、貴女しか目に入らなくなった。離れていても浮かぶのは笑うナタリア、ダンスを踊るナタリア、マドレーヌで頬を膨らませたナタリア、怒るナタリア。全部ナタリア、貴女だけなんだ。はっきり言って、体質などもうどうでもいい。私はナタリアが愛おしい。ずっとそばにいて欲しいんだ」

真摯に見つめられ、ナタリアの心は決まった。
元々、夜会でのフェルゼンが演じられた人格ではなく、本来の姿だったら好ましいのにと思っていた。
しかし、王太子のフェルゼンが貧乏子爵令嬢の自分に優しくする理由がわからず、戸惑っていたのである。

「私、フェルゼン様が優しいのはあの夜だけ特別だと思ったんです。たまたま気が向いて相手をして下さったんだと。でもそれが寂しくて、本当はまたお会い出来たらいいのにって。私、気付いたんです。昼間のフェルゼン様もあの夜のフェルゼン様も、同じように好きなんだって。至らないところばかりですが、お嫁さんにして下さい!」

言い終わるや否や、ナタリアは立ち上がったフェルゼンに抱きしめられていた。

「ありがとう、ナタリア!!嬉しくて泣きそうだ」

フェルゼンの震える声に、ナタリアもそっと抱き締め返したのだった。



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