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一組目のカップル誕生
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赤い糸の行方を追跡しようと、おもむろに移動を始めたアリシア。
そしてその後ろを、ジェシカとミシェルが顔を見合わせながら、不思議そうに付いてくる。
糸は、夜会の招待客で溢れるホールの床の上を、扉に向かって緩やかに伸びていた。
もう片方の先は、雑踏に紛れてまだ見ることはできない。
アリシアは糸を見失わないように人をかき分け、時にはダンス中のカップルの間をくぐり抜け……。
ホールを抜けた廊下で、なんとか糸の最終地点とおぼしきところまで行きつくことができた。
見つけたわ!
ジェシカの運命の相手はあの人のはず……。
ジェシカの小指に結ばれた赤い糸を辿った先に、同じく小指に糸を巻き着けた男性を発見したのである。
——後ろ姿だが。
思えば、この建物内にいてくれて良かったと思う。
いくら親友の為とはいえ、暗い夜道にドレス姿で赤い糸を辿るのは勘弁して欲しい。
糸はほんのりと発光して見える為、見えづらさはないものの、問題はそこではないのだ。
危うく不名誉なあだ名が増えてしまうところだった。
「もう、アリシアったら! さっきから何をしているの?」
「あなたが挙動不審な行動をしているせいで、追っているわたくしたちまで変な目で見られましたわよ?」
しっかり追いかけてきてくれたジェシカとミシェルが、怒ったように口を尖らせている。
やってしまった。
すでにおかしな目で見られた後だったらしい。
それでも見捨てずにここまで付いてきてくれたのだから、さすが親友の二人である。
「ごめんなさい。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「何が気になっているというのかしら?」
アリシアが赤い糸の先にいる男性に目をやると、彼女たちの賑やかな話し声に気付いたのか、男性が三人の方を振り返った。
「フ、フレデリク様!?」
アリシアから思わず変な声が出てしまったが、仕方のないことだと許してほしい。
ジェシカの赤い糸の先にいたのは、なんと彼女の想い人のフレデリクだったのである。
ジェシカとミシェルが息を呑むのがわかった。
「やあ、アリシア嬢。ジェシカ嬢とミシェル嬢も。食事の時間はもう終わったのかい?」
少しも嫌味を感じさせない柔らかな口調は、食欲旺盛な彼女たちをむしろ微笑ましいと言わんばかりで、フレデリクは穏やかな微笑を浮かべている。
やはりいい青年だと思う——アリシアの好みではないが。
「え、ええ。とても美味でしたわ」
「わたくしのオススメはサーモンでしてよ」
ひきつった笑顔でなんとか返事をすると、ミシェルも朗らかにフレデリクにサーモンを勧めながら、アリシアに『どういうことなのかしら?』と圧をかけてきた。
確かにこの状況は、ジェシカとフレデリクを引き合わせたとしか思えないだろう。
肘で小突かれているが、アリシアはどうすることもできなかった。
動揺する気持ちはわかるが、アリシアだってまさか糸の先に本当にフレデリクがいるだなんて、予想もしていなかったのだ。
責められても困ってしまう。
その時だった。
「あのフレデリク様、以前の夜会では助けていただきありがとうございました。私、ずっとお礼が言いたくて……」
一人モジモジしていたジェシカが顔を上げ、意を決したように話し始めた。
緊張で頬は赤く染まり、瞳は潤んでしまっている。
「ジェシカ嬢……。いや、もっと格好良く助けられたら良かったんだけど」
「フレデリク様は素敵でしたわ! 私、とても嬉しかったのです!」
「……ありがとう。実は、君とはゆっくり話してみたいと思っていたんだ。その……可愛らしいなといつも思っていて……」
「まあ! 光栄ですわ。ぜひ!!」
二人は肩を寄せ合うと、静かなバルコニーへと消えていった。
もうお互いのことしか目に入っていないようだ。
ええっ!?
何なのよ、この急転直下な展開は!
半信半疑だった赤い糸は、どうやら本物だったらしい。
二人の小指は、心なしかさきほどより太い赤い糸で結ばれている。
アリシアは目を丸くしながら、ジェシカとフレデリクの幸せそうな後ろ姿を見送ったのだった。
そしてその後ろを、ジェシカとミシェルが顔を見合わせながら、不思議そうに付いてくる。
糸は、夜会の招待客で溢れるホールの床の上を、扉に向かって緩やかに伸びていた。
もう片方の先は、雑踏に紛れてまだ見ることはできない。
アリシアは糸を見失わないように人をかき分け、時にはダンス中のカップルの間をくぐり抜け……。
ホールを抜けた廊下で、なんとか糸の最終地点とおぼしきところまで行きつくことができた。
見つけたわ!
ジェシカの運命の相手はあの人のはず……。
ジェシカの小指に結ばれた赤い糸を辿った先に、同じく小指に糸を巻き着けた男性を発見したのである。
——後ろ姿だが。
思えば、この建物内にいてくれて良かったと思う。
いくら親友の為とはいえ、暗い夜道にドレス姿で赤い糸を辿るのは勘弁して欲しい。
糸はほんのりと発光して見える為、見えづらさはないものの、問題はそこではないのだ。
危うく不名誉なあだ名が増えてしまうところだった。
「もう、アリシアったら! さっきから何をしているの?」
「あなたが挙動不審な行動をしているせいで、追っているわたくしたちまで変な目で見られましたわよ?」
しっかり追いかけてきてくれたジェシカとミシェルが、怒ったように口を尖らせている。
やってしまった。
すでにおかしな目で見られた後だったらしい。
それでも見捨てずにここまで付いてきてくれたのだから、さすが親友の二人である。
「ごめんなさい。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「何が気になっているというのかしら?」
アリシアが赤い糸の先にいる男性に目をやると、彼女たちの賑やかな話し声に気付いたのか、男性が三人の方を振り返った。
「フ、フレデリク様!?」
アリシアから思わず変な声が出てしまったが、仕方のないことだと許してほしい。
ジェシカの赤い糸の先にいたのは、なんと彼女の想い人のフレデリクだったのである。
ジェシカとミシェルが息を呑むのがわかった。
「やあ、アリシア嬢。ジェシカ嬢とミシェル嬢も。食事の時間はもう終わったのかい?」
少しも嫌味を感じさせない柔らかな口調は、食欲旺盛な彼女たちをむしろ微笑ましいと言わんばかりで、フレデリクは穏やかな微笑を浮かべている。
やはりいい青年だと思う——アリシアの好みではないが。
「え、ええ。とても美味でしたわ」
「わたくしのオススメはサーモンでしてよ」
ひきつった笑顔でなんとか返事をすると、ミシェルも朗らかにフレデリクにサーモンを勧めながら、アリシアに『どういうことなのかしら?』と圧をかけてきた。
確かにこの状況は、ジェシカとフレデリクを引き合わせたとしか思えないだろう。
肘で小突かれているが、アリシアはどうすることもできなかった。
動揺する気持ちはわかるが、アリシアだってまさか糸の先に本当にフレデリクがいるだなんて、予想もしていなかったのだ。
責められても困ってしまう。
その時だった。
「あのフレデリク様、以前の夜会では助けていただきありがとうございました。私、ずっとお礼が言いたくて……」
一人モジモジしていたジェシカが顔を上げ、意を決したように話し始めた。
緊張で頬は赤く染まり、瞳は潤んでしまっている。
「ジェシカ嬢……。いや、もっと格好良く助けられたら良かったんだけど」
「フレデリク様は素敵でしたわ! 私、とても嬉しかったのです!」
「……ありがとう。実は、君とはゆっくり話してみたいと思っていたんだ。その……可愛らしいなといつも思っていて……」
「まあ! 光栄ですわ。ぜひ!!」
二人は肩を寄せ合うと、静かなバルコニーへと消えていった。
もうお互いのことしか目に入っていないようだ。
ええっ!?
何なのよ、この急転直下な展開は!
半信半疑だった赤い糸は、どうやら本物だったらしい。
二人の小指は、心なしかさきほどより太い赤い糸で結ばれている。
アリシアは目を丸くしながら、ジェシカとフレデリクの幸せそうな後ろ姿を見送ったのだった。
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