虚弱姫は強面将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ

文字の大きさ
2 / 4

2.常勝将軍の憂鬱

しおりを挟む


 領軍においての将軍職を賜ったマテウスが、辺境伯より立派な屋敷を与えられたのは、ほんの二月ほど前であった。過去何度も打診されていたのを、マテウスはずっと固辞していた。兵舎住まいが気楽であるというのがその理由であった。将軍ともあろう者がそれでは示しがつかぬと部下からも上司からも厳しく説教された。

 その屋敷を新居として、マテウスとその新妻たるエルナ姫が共に住み始め、二週間が過ぎた。

 エルナ姫の挙動は常に不自然だった。目を逸らす、胸を抑える、息を呑む……いつも具合の悪そうな顔色であり、マテウスが見ている前でふらついた回数は、ここ数日の間にも数えきれない。
 

 ――これは、嫌われている。
 マテウスは確信した。
 

 マテウスは挙式の後から一度たりとも姫君に手を触れていない。いつも、近づくだけでその細い肩がぴくりと震えるのだ。
 結婚式の当日、エルナ姫の顔は透き通るように青ざめていた。柔らかな乳白色のドレスは、華奢な体に沿うように流れ、薄いベールを纏った姿はまるで清らかな精霊のようであった。

 その顔が、こちらを一目見た途端に微かに息を飲み、涙を浮かべたのを、マテウスは見た。
 式の間も、震える息をずっと堪えるようにして、胸を押さえていた。

 婚礼の夜、エルナ姫の元を訪れたのは、単に熱を出した姫を見舞おうとしたのと、初夜の訪問を形式だけでも済ませるのが礼儀かと思ったからだ。けれど、扉の向こう、微かに啜り泣くような声が聞こえてしまった。だからマテウスは、戸に手をかけるのをやめ、静かに引き返した。

 ――か弱い姫君が無骨な軍人に下賜される形での結婚である。姫の心に深い傷を作ってしまったとしても、不思議ではない。マテウスはそう結論づけた。

 マテウスは、国境沿いの村生まれである。マテウスの父は、辺境伯の有する兵士の中でも随一の戦士として称えられながら、華々しく戦地で散った。十五の頃には、隣国からの襲撃で何もかも失った。こうして一人になったマテウスは迷わず兵士を志願し、以降は兵舎を家として育った。

 幾多の国と隣り合う辺境領においては、武力衝突は宿命であった。マテウスも、何度も戦地に赴いた。顔にも体にも、無数の傷がある。幼子に泣かれるなんてしょっちゅうで、いくら偉くなろうとも、貴族からはいつも遠巻きにされている。ましてや高貴な女性など、近づこうともしないのが常だ。

 今でこそ常勝将軍などともてはやされているが、所詮は成り上がりである。妻となった姫君が、身分の低い自分を嫌がり、何より見た目を恐ろしがっているのは明らかだった。

 それでも辺境伯たっての願いでこうして結婚することになったのだ。そこに、政略としての意味しかないのを、マテウスは誰よりもわかっているつもりだ。目立ち過ぎた自分を、婚姻という形で傘下に繋ぎ止めておくための。国境沿いの領地では、強い戦士はいくらいても足りない。戦略として正しい、とマテウスは納得していた。

 だからこそ、姫君からの好意が得られずとも構わない、むしろ嫌われて当然だと思っていた。しかしながら、いや、それゆえに、エルナ姫の顔が曇るのを見続けるのは辛かった。彼女に相応しい、美しい若者と結ばれるべきだという思いは、日増しに強くなっていった。

 ――やはり自分のような叩き上げの武人には、すぎた夢だ。

 胸はじくりと傷んだが、マテウスは無視した。ほんのひととき、美しい幻を見ることができた、もう十分だ。忠義の証明は、もっと別の形で捧げさせてもらおう。美しき姫君を犠牲にする形でなく。

 マテウスは、一人静かに、心を決めた。

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〖完結〗愛しているから、あなたを愛していないフリをします。

藍川みいな
恋愛
ずっと大好きだった幼なじみの侯爵令息、ウォルシュ様。そんなウォルシュ様から、結婚をして欲しいと言われました。 但し、条件付きで。 「子を産めれば誰でもよかったのだが、やっぱり俺の事を分かってくれている君に頼みたい。愛のない結婚をしてくれ。」 彼は、私の気持ちを知りません。もしも、私が彼を愛している事を知られてしまったら捨てられてしまう。 だから、私は全力であなたを愛していないフリをします。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全7話で完結になります。

醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい

サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。 ──無駄な努力だ。 こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。

冷遇夫がお探しの私は、隣にいます

終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに! 妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。 シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。 「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」 シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。 扉の向こうの、不貞行為。 これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。 まさかそれが、こんなことになるなんて! 目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。 猫の姿に向けられる夫からの愛情。 夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……? * * * 他のサイトにも投稿しています。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

処理中です...