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ドッペルゲンガー編
⒈そこにいたのは
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実家が剣術の道場をやっていたので、幼い頃から竹刀を握っていた。
子供が外で走り回るような時期も、私は道場で竹刀片手に稽古する方が好きだった。
そのせいで同世代の友達は少なかったけど、道場に通う年上のお兄さんやお姉さんが私を構ってくれて、寂しいと感じた事はない。
それは小学生から中学生、高校生へと成長しても変わることはなく。
周囲が恋愛や部活といった青春を謳歌している中、私はせっせと剣術の大会へと鍛錬を積んでいた。
その日も、授業が終わると共に鞄を下げ、足早に帰宅していた。
クラスメイトが帰りにどこへ寄るかという話で盛り上がるのを、羨ましいと思ったこともある。
でも、それ以上に私には剣術が大事だった。
父や母ですら、友達と遊びに行く事なく毎日のように竹刀と手に取る私を心配していたが、私は好きでやっているのだから気にしないで欲しいと伝えた。
去年の大会では、惜しくも2位という結果だった。だから今年はこそは、と気合を入れて胴着を着込み、竹刀を片手に道場へと足を踏み入れた。
するとーーー。
「……えっ」
踏み入れたはずの足の裏には床を踏む感触はなく。
気付けば、私の身体は宙に放り出されていた。
**********
「ん……」
髪が頬を擽る感覚で、私の意識は覚醒した。
鼻に土と草の匂いを感じ、思わず顔を顰めながら目を開けた。
すると、目の前には確かに草が生えていて、私は地面に横たわっているようだ。
…おかしい。私は確かに道場へと向かったはずなのに。
そう思っても、頬に感じるのは土の地面の感触。ひんやりとした硬い道場の床とは全く違う。
ゆっくり体を起こすと、微かに腕が痛んだ。それに愕然としながら、上体を起こし地面に座った。
剣術の大会は明後日。なのに、このタイミングで肝心の腕を痛めるなんて。
道場の名を背負って挑む大会に、腕を痛めて辞退なんて……でも無様に負ける事こそ、避けるべきなのでは……。
そんな風に考え込んでしまうとなかなか浮上できない。それが昔から私の悪い癖だと、父に言われたことを思い出す。もっと自分の外側へ目を向けよ、と。
そうだ、まずはここがどこなのか確認しないと…。
腕の痛みで忘れたいたけど、私は今、どこにいるのだろうか。道場でないことは確かだけど。
よく辺りを見渡すと、ただの野外というわけでもなく、どうやら手入れされた庭にいるようだ。
後ろを振り向くと、まるで教科書で見たような大きな西洋屋敷が建っている。どこかの私有地だろうか。
私は、その手入れされた庭の、ちょうど何も植えられていない場所へ運良く倒れていたらしい。
良かった、見ず知らずの人の家に勝手に入ったばかりか、こんな綺麗な庭まで壊したなんて申し訳が立たない。
そう素直に思うほど、この庭は美しかった。
色とりどりの花が咲き乱れ、それがかなりの広範囲に渡って続いている。
無造作に咲いているわけじゃなく、ちゃんと手のかかったものだと分かるのは、無駄な草が全くと言って良いほど生えていないから。
本当に花だけの花壇なんて見た事がなかった私は思わずボウッと見惚れてしまった。
その時、遠くの方から物音がしたのが耳に入った。首を捻ると、屋敷の角を曲がったところからだ。
屋敷の人がいるのなら、その人に勝手に敷地に入ってしまったことを謝って、ここがどこなのか教えてもらおう。
不審者として通報されないことを祈りながら、私は立ち上がり胴着についた土をパンパンと払い落とす。
そして、ついいつもの癖で摺り足に近い足音を殺すような歩き方で物音の方へと近付き。
角を曲がる直前、あちら側から歩いてきた人物とぶつかってしまった。
「きゃっ」
私はなんとか持ち堪えたけど、ぶつかってしまった相手の方が後ろへと倒れ込んでしまった。
あぁ、勝手に入ったばかりか怪我をさせてしまったか⁉︎
焦りながら、私は倒れた相手に急いで手を差し出した。
見ると、その人物はまた教科書でしか見ないようなドレスを身に纏った女性だった。いや、体格的に少女だろうか。
普通の街中じゃ不釣り合いのそのドレスも、この屋敷と庭の中ではよく似合っていた。
綺麗に結い上げられている髪と俯いているせいで、顔はよく見えない。
「申し訳ありません、大丈夫でしょうか?」
「え、えぇ。大丈夫です…」
その時、私の耳に届いたのは、よく聞き慣れた自分と同じ声で。
スッと顔をあげ私を見返した、その顔は。
「……え?」
私と、全く同じ顔だった。
子供が外で走り回るような時期も、私は道場で竹刀片手に稽古する方が好きだった。
そのせいで同世代の友達は少なかったけど、道場に通う年上のお兄さんやお姉さんが私を構ってくれて、寂しいと感じた事はない。
それは小学生から中学生、高校生へと成長しても変わることはなく。
周囲が恋愛や部活といった青春を謳歌している中、私はせっせと剣術の大会へと鍛錬を積んでいた。
その日も、授業が終わると共に鞄を下げ、足早に帰宅していた。
クラスメイトが帰りにどこへ寄るかという話で盛り上がるのを、羨ましいと思ったこともある。
でも、それ以上に私には剣術が大事だった。
父や母ですら、友達と遊びに行く事なく毎日のように竹刀と手に取る私を心配していたが、私は好きでやっているのだから気にしないで欲しいと伝えた。
去年の大会では、惜しくも2位という結果だった。だから今年はこそは、と気合を入れて胴着を着込み、竹刀を片手に道場へと足を踏み入れた。
するとーーー。
「……えっ」
踏み入れたはずの足の裏には床を踏む感触はなく。
気付けば、私の身体は宙に放り出されていた。
**********
「ん……」
髪が頬を擽る感覚で、私の意識は覚醒した。
鼻に土と草の匂いを感じ、思わず顔を顰めながら目を開けた。
すると、目の前には確かに草が生えていて、私は地面に横たわっているようだ。
…おかしい。私は確かに道場へと向かったはずなのに。
そう思っても、頬に感じるのは土の地面の感触。ひんやりとした硬い道場の床とは全く違う。
ゆっくり体を起こすと、微かに腕が痛んだ。それに愕然としながら、上体を起こし地面に座った。
剣術の大会は明後日。なのに、このタイミングで肝心の腕を痛めるなんて。
道場の名を背負って挑む大会に、腕を痛めて辞退なんて……でも無様に負ける事こそ、避けるべきなのでは……。
そんな風に考え込んでしまうとなかなか浮上できない。それが昔から私の悪い癖だと、父に言われたことを思い出す。もっと自分の外側へ目を向けよ、と。
そうだ、まずはここがどこなのか確認しないと…。
腕の痛みで忘れたいたけど、私は今、どこにいるのだろうか。道場でないことは確かだけど。
よく辺りを見渡すと、ただの野外というわけでもなく、どうやら手入れされた庭にいるようだ。
後ろを振り向くと、まるで教科書で見たような大きな西洋屋敷が建っている。どこかの私有地だろうか。
私は、その手入れされた庭の、ちょうど何も植えられていない場所へ運良く倒れていたらしい。
良かった、見ず知らずの人の家に勝手に入ったばかりか、こんな綺麗な庭まで壊したなんて申し訳が立たない。
そう素直に思うほど、この庭は美しかった。
色とりどりの花が咲き乱れ、それがかなりの広範囲に渡って続いている。
無造作に咲いているわけじゃなく、ちゃんと手のかかったものだと分かるのは、無駄な草が全くと言って良いほど生えていないから。
本当に花だけの花壇なんて見た事がなかった私は思わずボウッと見惚れてしまった。
その時、遠くの方から物音がしたのが耳に入った。首を捻ると、屋敷の角を曲がったところからだ。
屋敷の人がいるのなら、その人に勝手に敷地に入ってしまったことを謝って、ここがどこなのか教えてもらおう。
不審者として通報されないことを祈りながら、私は立ち上がり胴着についた土をパンパンと払い落とす。
そして、ついいつもの癖で摺り足に近い足音を殺すような歩き方で物音の方へと近付き。
角を曲がる直前、あちら側から歩いてきた人物とぶつかってしまった。
「きゃっ」
私はなんとか持ち堪えたけど、ぶつかってしまった相手の方が後ろへと倒れ込んでしまった。
あぁ、勝手に入ったばかりか怪我をさせてしまったか⁉︎
焦りながら、私は倒れた相手に急いで手を差し出した。
見ると、その人物はまた教科書でしか見ないようなドレスを身に纏った女性だった。いや、体格的に少女だろうか。
普通の街中じゃ不釣り合いのそのドレスも、この屋敷と庭の中ではよく似合っていた。
綺麗に結い上げられている髪と俯いているせいで、顔はよく見えない。
「申し訳ありません、大丈夫でしょうか?」
「え、えぇ。大丈夫です…」
その時、私の耳に届いたのは、よく聞き慣れた自分と同じ声で。
スッと顔をあげ私を見返した、その顔は。
「……え?」
私と、全く同じ顔だった。
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