異世界ドッペルゲンガー

Ryo

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ドッペルゲンガー編

⒏異世界の街

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 フローライトの好意で、執事服を一着貰える事になった。
 ディアンが昔使っていた物のようで、彼は大分嫌そうだったが。

 彼女が着ていたドレスも家用の物らしく、より華やかで可憐なドレスへと着替えていた。
 先に支度を終え、玄関でディアンと共に待っていた私の前で優雅にクルリと回ってみせたフローライトがニコリと微笑んだ。


「どうでしょうか、ケイ様」
「とてもよくお似合いですよ。フローライト様の可憐さをよく際立たせていますね」
「ふふ、ケイ様は褒め上手ですね。ディアンも見習って欲しいわ」
「お、お嬢様…」


 小悪魔っぽく笑いかけたフローライトに、明らかに動揺しているディアン。少し哀れだ。
 つい同情的な視線を向けるも、誰のせいだと言わんばかりに睨まれてしまった。

 肩を竦める私に、スッと手を差し出してきたフローライト。
 その意図が分かると苦笑しながら、下から彼女の手を取った。


「ケイ様は紳士的ですね」
「そうでしょうか」
「ええ。まるで騎士様のようです」


 クスクスと笑うフローライトは、私をからかっているようだ。
 それにしても、騎士か……ふむ。

 彼女の手を引き、用意された馬車へとリードしながら、少しばかりこれからの道として「騎士」という選択肢を加えておいた。

 馬車に乗り込んだフローライトが、今度は私の手を取り馬車へと引っ張りあげた。
 しかし、見事に前のめりになっていたが。


「申し訳ありません、重かったですよね」
「まさか。ただ、私の力が弱いだけですわ」
「女性なのです、当たり前ですよ」


 そう返すと、フローライトは目をパチクリとさせた後にふふっと笑った。


「嫌ですわ、ケイ様だって女性なのに」
「……それもそうですね」


 無意識に自分を除外した言葉に、目を泳がす。そんなつもりはなかったんだ。

 呉々くれぐれもお嬢様の害にならないように、とディアンから念を押され、馬車のドアが閉められた。
 少しすると、ガタガタと揺れながら場所が動き出す。

 忘れていたが、馬車なんて初めて乗った。
 馬には乗れるが、馬車など今の社会では使わないからな。

 意外と速く流れる窓の外の景色を、興味深げに眺める。


「何か、ケイ様の判断材料になる物があれば良いのですが…」


 物憂げな表情のフローライトに、そういえば、と昨日確信した事を告げた。


「フローライト様。私はここが、私の世界とは違うということは理解できました」
「あら……何か、ありまして?」
「実はーーー」


 昨夜、部屋に案内されてから、窓の外を眺めて月を見た事。
 それが私の元いた世界とは全く違っている事を伝えた。


「ツキ……とは、セレニテスのことでしょうか」
「セレニテス?」
「夜闇に浮かぶ、3つの星のことですわ」
「あぁ、それです。私のいた国では、それを月と呼ぶのです」


 私の話を面白そうに聞くフローライト。
 彼女は私の言葉を嘘だとは思わないのだろうか。

 私は彼女達の言葉を信じ切れなかったものだから、何とも申し訳ない気持ちになる。


「あ、そろそろ街に着きますわ」


 窓の外を見たフローライトの言葉に、私は窓に近付き進行方向先を確認する。
 確かに、前方に柵に囲まれた大きな建物群が見えた。

 煉瓦造りの建物か。フローライトの屋敷を見れば、西洋のような国なのだろうと分かる。
 出された食事も、ヨーロッパ圏のものに似ていた。

 日本に似た国はあるだろうか、と少しだけ期待を込める。

 暫くそのまま馬車に揺られ、街に入る手前で動きを止めた。
 ドアが外からノックされ、フローライトの返事の後に開かれる。

 馬車の下に立ったディアンの手に支えられながら馬車を降りた彼女に続き、よっと飛び降りた。
 私も支えようとしてくれたのか、手を出した態勢で驚いた様子のディアンに手で心配ないと断る。


「いつも街外で馬車を降りるんです。街中で乗ると、他の住民の方々の邪魔になってしまいますから」
「良い事です。小さな子供は馬の下敷きになってしまう事もあるでしょうし」


 私も馬に乗る時の注意事項として、身長の低い子供や障害物には十分に気を配るよう言われたからな。

 頷く私に嬉しそうに笑ったフローライトは、先程のように私に手を差し出した。
 それを、下からそっと支えるようにして掴む。


「私では案内できませんが」
「ふふ、ただ一緒に歩いてくだされば十分です」


 苦笑しながら言えば、楽しそうに返された。
 私と同じ顔ながら、可愛いな、と思う。双子の姉妹がいれば、こういう感じなのだろうか。

 ディアンは並んで歩く私達の後ろを、数歩遅れてついてくる。馬車は近くに預けておく場所があるらしく、運転手と一緒に離れていった。

 街の中は、思ったよりも人が多く歩いていた。
 石畳の綺麗に整備された道が、煉瓦造りの建物の間を縫って敷かれているのは、日本にはない美しさがある。


「どうでしょう? この街は我がハイルシュタイン家が領主も務めているのですよ」
「素敵な街ですね……私の住んでいた国は、木造やコンクリートの建築物が多かったので。我が家もそうでしたし。住民の表情も明るい、きっと良い統治をされているのでしょう」


 ちょうど商店街のような通りなのか、左右に並んでいるのは飲食店や雑貨店、青果店のような物が多い。
 片手に買い物袋を持ち空いた手を繋いで笑顔で歩く母娘、欲しい物があるのか思案顔で棚を睨む少女、カフェのベンチに寄り添って座る老夫婦。

 とても、平和な光景だ。


「ふふ、そう思っていただけたのなら嬉しいですわ」


 ニッコリ微笑むフローライトは本当に嬉しそうだった。彼女にとって誇らしいことなのだろうな。

 そんなフローライトに私もつられるように笑みを浮かべると、近くの店から男の声がかかった。
 声のした方を振り向くと、レストランのような店から一人の男性が出て来るところだった。40代くらいの、人の良さそうな人だ。白いエプロンからして、シェフだろうか。

 彼はフローライトに向かって、さっとお辞儀した。


「フローライト様、おはようございます」
「あら、ヘルネス。おはようございます。今日も繁盛しているようですね」
「それもフローライト様のおかげでございますよ……ところで、そちらのお嬢様は? フローライト様に、ご姉妹がいたとは。まるで映し鏡のような…」


 フローライトから私へと視線が移され、それから私達の間をいったりきたり。
 他にも周囲から同じような視線を感じ、そりゃ気になるか、と内心共感するが。

 どう説明しようか、とフローライトを伺うとニコリと笑みをみせると私の腕にギュッとしがみついた。


「この方は私の遠い親族にあたりますの。幼い頃はよく遊んでもらったのです。最近、私の屋敷に来てくださって」
「そうでしたか。いやはや、あまりにもフローライト様に似ておられるので、先程から皆が気になっておったのです」


 その言葉に何人かの視線が逸らされた気配がしたが、別に気にしていないので問題ない。
 フローライトに腕を取られたままなので、小さく礼を返した。


「ケイ、と申します」
「そこのレストラン・ジルコンで店主をしております、ヘルネスです。顔立ちはフローライト様そっくりですが、ケイ様は随分と凛々しい方のようですな」
「そうでしょう、私自慢の姉のような方です」
「…ん? 私が妹だと思っていたのですが」
「まぁ」


 顔を見合わせ、それからクスクスと笑い合う。
 フローライトの言葉通り、まるで幼い頃から親しかったように。

 それが、本当になれば良いのに。

 この時、私は確かにそう思った。
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