【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。

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47 空へ続く出口、裂かれた誓い

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 逃げ道は、血のように赤い光に染まっていた。  けれど、俺たちは手を離さなかった。

 レオンはまだ朦朧としていたけれど、その足はしっかりとぼくに着いてきている。  俺の名を──“ユリス”ではなく“フラン”と呼んだその声が、確かに彼の中で何かを動かしていた。

「このまま行けば……!」

 廊下の突き当たり、緊急用の搬出通路。  通常は閉鎖されているはずのそこに、見覚えのある影が立っていた。
「こっちだ、フラン」

 懐かしい優しい声…忘れるはずがない
「……ジュリオ……どうして……ここに……?!」

 こちらに背を向けたまま、電子ロックに何かを接続している。

「やっと来た、遅かったね……でも間に合ったな。よし、開くぞ」

 ピッ、と小さな音を立てて扉が開く。  冷たい夜気が、そこから吹き込んできた。

 ――外だ。自由だ。

 でも、ジュリオは振り向かない。  その背中が、どこか遠く感じた。

「ジュリオ……どうしてここに……」

「質問はまた今度ね。さっさと出て。君たち二人が揃えば、"あいつ"も動く。時間がないんだ…」

 そう言って、彼はぼくの背を押した。

 その手の温度に、記憶の断片が重なる。涙があふれて……

「ジュリオ……生きてたんだね。よかった……」

「“フラン”泣かないで……時間がない。」

 ジュリオの目が、わずかに揺れる。 しかし、そこにあるのは、強い決意と…

「フラン、君だけは──あいつと一緒に、ここから出ろ」

 ドン、と背を押される。  レオンの手を握ったまま、ぼくは夜の外気のなかへと踏み出した。

 

 そこには、ワゴン車が一台停まっていた。  運転席にはクラウス医師。そして助手席には、マルディ医師。

 クラウスがこちらを確認し、リアドアを開けて叫ぶ。

「ユリス、レオン、急げ!」

 俺はレオンの肩を支えながら、後部座席に乗り込んだ。  クラウスがシートを確認し、マルディがレオンの額に装着された装置をそっと外す。

「ギリギリだ。……もう少し遅ければ、レオンくんの精神回路が完全に焼き切れていた。君が声をかけてくれて助かったよ、ユリス」

 俺は息をつき、レオンの手を握り直す。  彼の瞳が、かすかにこちらを追っている。

 もう、大丈夫──

 そう、思ったのに。

 ワゴンが走り出して間もなく。

 前方の道が、突如、封鎖された。

「なんだ……!? 制御ゲートか!?」

 クラウスがブレーキを踏み、車体が軋む。

 その先に、誰かが立っていた。

 黒いコート。硬質なブーツ。整った顔立ちに、冷徹な瞳。

 ──アルク。

「ここから先は通さない」

 その声は、冷たく研がれた刃のようだった。  すでに両サイドには、施設の警備用ドローンと兵が配置されていた。

 逃げ道は塞がれた。

 マルディが運転席に身を乗り出し、叫ぶ。

「アルク! もういいでしょう!? これは彼らの意志だ!」

「意志? そんなもの、被験体に許される選択ではない」

 その言葉に、俺の中の何かが切れた。

「やめてよ、アルク……俺は、もう“被験体”なんかじゃない。俺は“ユリス”で、“フラン”でもある。……そして彼も、ただの鍵じゃない。レオンは──」

「……黙れ」

 アルクの目が、俺を真っ直ぐ射抜く。


 俺は、レオンの手を握る。

「それでも、俺は彼と行く。何が待っていても、ぼくはもう逃げない!」

 その言葉に、アルクの瞳が細くなる。

 ──一瞬の沈黙。

 続くかと思われた対峙の空気を、破ったのは意外な者だった。

「……やれやれ、間に合ってよかった」

 低い、柔らかな声。  施設の非常灯を背に、ジュリオがゆっくりと歩み寄ってきた。

「アレク、道を開けてあげてよ。彼らは、お前の檻じゃ飼えない」

「ジュリオ……! 裏切ったのか」

「最初から、お前の味方をした覚えはないよ」

 銃を構えた兵たちがざわめく。  ジュリオが懐から何かを取り出す──

 それは、かつて施設の起動権を握っていた、旧セキュリティコードの起爆キーだった。

「……止めたきゃ、僕を撃って」

 アルクの目が鋭くなる。

 が──

 その間隙を縫って、クラウスが叫んだ。

「今だ、行け!!」


 アクセルが踏み込まれ、ワゴンが再び走り出す。  後ろで爆音が轟く。ジュリオが囮になって時間を稼いでくれたのだ。

 視界が揺れる。風が肌を打つ。  レオンの手を、強く握りしめる。

 

 ──俺たちはまだ、逃げ切ってはいない。

 でも、ようやく“未来”への扉が、かすかに軋んで動き始めた。
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