49 / 67
48 ジュリオの残した灯り
しおりを挟む
施設の灯りが次第に遠のいていく。
耳に届くのは、風の唸りと車輪の軋む音だけだった。
ワゴンの中、俺たちはしばらく無言のままだった。
静けさの中で、レオンのかすかな呼吸だけが聞こえてくる。
マルディ医師が装置の反応を見ながら、そっと俺に声をかけた。
「大丈夫だよ、ユリス。彼は意識を取り戻す。君の声が、彼をこの世界に引き留めたんだ」
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
それでも、ほっとした息をわずかに漏らしたそのときだった。
ハンドルを握るクラウスが、低く唸るように言った。
「……マルディ先生。ひとつ、聞かせてほしい」
「……なんだい?」
「ジュリオのことだ」
その名が出た瞬間、車内の空気が微かに張り詰めた。
クラウス医師は視線を前方の闇へ向けたまま、静かに続ける。
その瞳が、ゆっくりとマルディ医師に向けられた。
「……先生、ジュリオの行方を知っていたんですか?」
鋭く、まっすぐな問いだった。
マルディ医師は一瞬視線を落とし、言葉を選ぶように口を開いた。
「正確には……“知っていたかもしれない”というのが答えだ」
「“かもしれない”? どういう意味ですか──」
「彼はね、10年前に私たちが保護したあと、しばらく施設にいた。
でもある日、『行くべきところがある』と書き置きを残して、姿を消したんだ」
ユリスは息を呑んだ。
クラウス医師は拳をきつく握りしめたまま、口を開く。
「ジュリオ……なぜ止めなかったんですか」
「彼は何も語らなかった。理由も、目的も。ただ、自分の中で結論を出していた。……私には止められなかった。
彼には、どうしても守らなければならないものがあったんだ」
マルディ医師の声は静かで、どこか哀しみに満ちていた。
「なぜ、僕に連絡をくれなかった……! なんで、よりによってあいつのところに……」
胸が痛んだ。
ジュリオが何を守ろうとしていたのか、ほんの少しだけわかった気がしたからだ。
「彼は……守りたかったんだと思う。
“大切な誰かへの想い”を、“自分の運命から救わなければならないもの”を」
クラウス医師は何も言わずに、ゆっくりとうなずいた。
「ジュリオは……変わっていなかった。
最後まで、すべてを背負って、自分で決めて、誰にも頼らずに……」
「でも、彼がいなければ、レオンもユリスも、ここにはいなかった」
マルディ医師が目を細めた。
「そうだ。彼は最後の瞬間まで、クラウス、君が知っている“ジュリオ”のままだった。
そして──誰かの命を、自分の命よりも優先するという選択を、自らしたんだ」
クラウスは唇を噛みしめ、低く呟く。
俺は尋ねた。
「……ジュリオは、どうなるんですか?」
誰も答えなかった。
ただ、マルディが静かに言った。
「……あの子は、逃げるつもりはなかった。最初から、囮になる覚悟で来たんだ。
さっきの爆発は──彼が、すべてのルートを閉じた証だろう」
胸が苦しくなる。
誰もいない施設の中、一人で残された彼の姿が、頭から離れなかった。
「でもね、ユリス。あの子は一度だって“諦めた”ことはなかったよ。
ずっと君たちのために動いていた。きっと、無事だと信じよう…」
レオンの手が、かすかに動く。
僕は彼の髪をそっと撫でながら、静かに目を閉じた。
そのとき──レオンが、ゆっくりと目を開けた。
「……ユリ……ス?」
「レオン……!」
目覚めた彼の瞳には、確かな光が戻っていた。
「おまえの声……夢じゃなかったんだな」
外の闇が、ほんのりと朝の光に染まり始めていた。
どこかで、夜が明けようとしている。
耳に届くのは、風の唸りと車輪の軋む音だけだった。
ワゴンの中、俺たちはしばらく無言のままだった。
静けさの中で、レオンのかすかな呼吸だけが聞こえてくる。
マルディ医師が装置の反応を見ながら、そっと俺に声をかけた。
「大丈夫だよ、ユリス。彼は意識を取り戻す。君の声が、彼をこの世界に引き留めたんだ」
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
それでも、ほっとした息をわずかに漏らしたそのときだった。
ハンドルを握るクラウスが、低く唸るように言った。
「……マルディ先生。ひとつ、聞かせてほしい」
「……なんだい?」
「ジュリオのことだ」
その名が出た瞬間、車内の空気が微かに張り詰めた。
クラウス医師は視線を前方の闇へ向けたまま、静かに続ける。
その瞳が、ゆっくりとマルディ医師に向けられた。
「……先生、ジュリオの行方を知っていたんですか?」
鋭く、まっすぐな問いだった。
マルディ医師は一瞬視線を落とし、言葉を選ぶように口を開いた。
「正確には……“知っていたかもしれない”というのが答えだ」
「“かもしれない”? どういう意味ですか──」
「彼はね、10年前に私たちが保護したあと、しばらく施設にいた。
でもある日、『行くべきところがある』と書き置きを残して、姿を消したんだ」
ユリスは息を呑んだ。
クラウス医師は拳をきつく握りしめたまま、口を開く。
「ジュリオ……なぜ止めなかったんですか」
「彼は何も語らなかった。理由も、目的も。ただ、自分の中で結論を出していた。……私には止められなかった。
彼には、どうしても守らなければならないものがあったんだ」
マルディ医師の声は静かで、どこか哀しみに満ちていた。
「なぜ、僕に連絡をくれなかった……! なんで、よりによってあいつのところに……」
胸が痛んだ。
ジュリオが何を守ろうとしていたのか、ほんの少しだけわかった気がしたからだ。
「彼は……守りたかったんだと思う。
“大切な誰かへの想い”を、“自分の運命から救わなければならないもの”を」
クラウス医師は何も言わずに、ゆっくりとうなずいた。
「ジュリオは……変わっていなかった。
最後まで、すべてを背負って、自分で決めて、誰にも頼らずに……」
「でも、彼がいなければ、レオンもユリスも、ここにはいなかった」
マルディ医師が目を細めた。
「そうだ。彼は最後の瞬間まで、クラウス、君が知っている“ジュリオ”のままだった。
そして──誰かの命を、自分の命よりも優先するという選択を、自らしたんだ」
クラウスは唇を噛みしめ、低く呟く。
俺は尋ねた。
「……ジュリオは、どうなるんですか?」
誰も答えなかった。
ただ、マルディが静かに言った。
「……あの子は、逃げるつもりはなかった。最初から、囮になる覚悟で来たんだ。
さっきの爆発は──彼が、すべてのルートを閉じた証だろう」
胸が苦しくなる。
誰もいない施設の中、一人で残された彼の姿が、頭から離れなかった。
「でもね、ユリス。あの子は一度だって“諦めた”ことはなかったよ。
ずっと君たちのために動いていた。きっと、無事だと信じよう…」
レオンの手が、かすかに動く。
僕は彼の髪をそっと撫でながら、静かに目を閉じた。
そのとき──レオンが、ゆっくりと目を開けた。
「……ユリ……ス?」
「レオン……!」
目覚めた彼の瞳には、確かな光が戻っていた。
「おまえの声……夢じゃなかったんだな」
外の闇が、ほんのりと朝の光に染まり始めていた。
どこかで、夜が明けようとしている。
20
あなたにおすすめの小説
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
【完結】まずは結婚からで。〜出会って0日、夫夫はじめました〜
小門内田
BL
ドケチで貧乏な大学生の瀧本 純也は、冷徹御曹司の諏訪 冬悟に交際0日、いや、初対面で結婚を迫られる!?
契約から始まった奇妙な結婚生活は、次第に互いの心を少しずつ変えていく。
“契約から本物へ―”
愛を知らない御曹司×愛されたがりの大学生の、立場も性格も正反対な二人が、不器用に心を通わせていく、ドタバタあり、じんわり甘い、ゆるやかな日常BL。
※最初は少し殺伐としていますが、ゆっくりと変化していく物語です。
※男同士の結婚が、一般的な世界線となります。
※関係性をわかりやすくするため、「嫁」や「妻」といった表現を使用しております。
※同タイトルのpixiv版とは、加筆・修正しておりますので、若干内容が変わっております。
予めご了承ください。
※更新日時等はXにてお知らせいたします
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
祝福を授かりましたが、まるで呪いです。
めっちゃ抹茶
BL
異世界に生まれ変わって出会った、一組の運命の番であるαとΩの話。
※ご都合主義があります
※オメガバースの知識がある人向け/作中で説明は一切ありません
※主人公が可哀想、ハッピーエンドではありません
主人公目線、あまり悲壮感はありませんがタグをご確認のうえ以上の事を念頭に、大丈夫な方のみお進み下さい。
欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる