『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

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48 ジュリオの残した灯り

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 施設の灯りが次第に遠のいていく。
 耳に届くのは、風の唸りと車輪の軋む音だけだった。

 ワゴンの中、俺たちはしばらく無言のままだった。
 静けさの中で、レオンのかすかな呼吸だけが聞こえてくる。

 マルディ医師が装置の反応を見ながら、そっと俺に声をかけた。
「大丈夫だよ、ユリス。彼は意識を取り戻す。君の声が、彼をこの世界に引き留めたんだ」

 胸の奥がきゅっと締めつけられた。
 それでも、ほっとした息をわずかに漏らしたそのときだった。

 ハンドルを握るクラウスが、低く唸るように言った。
「……マルディ先生。ひとつ、聞かせてほしい」
「……なんだい?」

「ジュリオのことだ」
 その名が出た瞬間、車内の空気が微かに張り詰めた。

 クラウス医師は視線を前方の闇へ向けたまま、静かに続ける。
 その瞳が、ゆっくりとマルディ医師に向けられた。

「……先生、ジュリオの行方を知っていたんですか?」

 鋭く、まっすぐな問いだった。
 マルディ医師は一瞬視線を落とし、言葉を選ぶように口を開いた。

「正確には……“知っていたかもしれない”というのが答えだ」
「“かもしれない”? どういう意味ですか──」

「彼はね、10年前に私たちが保護したあと、しばらく施設にいた。
 でもある日、『行くべきところがある』と書き置きを残して、姿を消したんだ」

 ユリスは息を呑んだ。
 クラウス医師は拳をきつく握りしめたまま、口を開く。

「ジュリオ……なぜ止めなかったんですか」

「彼は何も語らなかった。理由も、目的も。ただ、自分の中で結論を出していた。……私には止められなかった。
 彼には、どうしても守らなければならないものがあったんだ」

 マルディ医師の声は静かで、どこか哀しみに満ちていた。

「なぜ、僕に連絡をくれなかった……! なんで、よりによってあいつのところに……」

 胸が痛んだ。
 ジュリオが何を守ろうとしていたのか、ほんの少しだけわかった気がしたからだ。

「彼は……守りたかったんだと思う。
 “大切な誰かへの想い”を、“自分の運命から救わなければならないもの”を」

 クラウス医師は何も言わずに、ゆっくりとうなずいた。

「ジュリオは……変わっていなかった。
 最後まで、すべてを背負って、自分で決めて、誰にも頼らずに……」

「でも、彼がいなければ、レオンもユリスも、ここにはいなかった」

 マルディ医師が目を細めた。

「そうだ。彼は最後の瞬間まで、クラウス、君が知っている“ジュリオ”のままだった。
 そして──誰かの命を、自分の命よりも優先するという選択を、自らしたんだ」

 クラウスは唇を噛みしめ、低く呟く。
 俺は尋ねた。

「……ジュリオは、どうなるんですか?」

 誰も答えなかった。
 ただ、マルディが静かに言った。

「……あの子は、逃げるつもりはなかった。最初から、囮になる覚悟で来たんだ。
 さっきの爆発は──彼が、すべてのルートを閉じた証だろう」

 胸が苦しくなる。
 誰もいない施設の中、一人で残された彼の姿が、頭から離れなかった。


「でもね、ユリス。あの子は一度だって“諦めた”ことはなかったよ。
 ずっと君たちのために動いていた。きっと、無事だと信じよう…」

 レオンの手が、かすかに動く。
 僕は彼の髪をそっと撫でながら、静かに目を閉じた。

 そのとき──レオンが、ゆっくりと目を開けた。

「……ユリ……ス?」
「レオン……!」

 目覚めた彼の瞳には、確かな光が戻っていた。

「おまえの声……夢じゃなかったんだな」

 外の闇が、ほんのりと朝の光に染まり始めていた。
 どこかで、夜が明けようとしている。
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