『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

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46 鍵となる声

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 まるで、自分の心が試されているようだった。
 何もない部屋。閉ざされた扉。沈黙。

 そのなかで、ぼくは、自分の名を呼び続ける。
 忘れないために。
 “ユリス”であることを手放さないために。

 

 扉が、音もなく開いたのは、その日の夜だった。
 照明がゆっくりと淡く灯り、廊下の奥へとぼくを誘うように、白い光が差し込む。

 罠かもしれない。
 けれど、今は進むしかない。

 レオンが、どこかで──この同じ空気を吸っているなら。

 ぼくは靴音を立てぬよう、静かに足を踏み出した。
 廊下には誰の気配もなかった。だが監視されていることは確かだった。
 それでも、前へ。

 

 やがて開かれた小部屋の先に、それはあった。

 ──記録室。
 壁一面に配置されたモニター。
 その一つが、ぼくの顔を映していた。

(これは……)

「ようこそ、フラン。いや──ユリスくん」

 機械音声ではない。どこか人間らしい抑揚。
 それでも、冷たい。

「お前は……誰だ?」

 問いに答える代わりに、モニターが切り替わる。
 そこに映っていたのは──

 ──幼い自分だった。

 白衣の男たちに囲まれ、椅子に固定され、何かを無理やり飲まされている。

「やめろ……やめて……!」

 反射的に目を背けた。でも、耳は覚えていた。
 あのときの、檻の金属音。
 奥から聞こえた、小さな叫び。

『フラン! フラン、ダメだ、泣かないで!』

 あの声──やっぱり、レオンだったんだ。

 ずっと前から、ずっと、そばにいた。

 なのに、ぼくはそれを……思い出すことすら、許されなかった。

 目の奥が熱くなる。
 何度も、心を握りつぶされるような痛みが繰り返されたあの場所に、レオンは、確かにいたんだ。

 あの日、唯一、ぼくを人として呼んでくれた声。
 “被験体番号”なんかじゃなく──「フラン」として。

 

「どうして、思い出せなかったんだろう……」

 自分の胸に問いかける。

 だけど答えは出ない。
 きっと、あの記憶は、ぼくを守るために封じられていた。

 

 再びモニターが切り替わる。

 今度は、現在の映像。
 別の部屋に、椅子に座らされたレオンの姿があった。

「……っ!」

 レオンは無事だ。だが、腕を拘束され、額に何か装置のようなものが装着されている。

『この男は、鍵だ。お前の記憶を深く掘り起こすには、彼の“声”が必要だった』

「そんな……」

 ぼくを“目覚めさせるため”に、レオンを利用した?

 違う。彼はただ、ぼくを守ろうとしただけだ。
 自分を差し出してまで──
『偽りのベータか、オメガとしての本当の君か?ユリス、君はどっちを選ぶんだ?』

 画面が点滅し、レオンの表情が映る。
 眠っているのか、目を閉じ、安らかに──いや、違う。
 無理やり意識を閉じられている。まるで過去のぼくのように。

 胸が熱くなった。
 もう、見ているだけなんてできない。

 おれは偽り自分なんて選ばない、本当の俺を選ぶ。だから、彼を解放して──!」

 言い終えた瞬間、壁が静かに動いた。

 扉の奥に、レオンがいた。

 拘束は外されている。
 でも、ぼくに気づかないように、うつろな目でこちらを見ている。

「レオン……っ」

 駆け寄って、肩を抱く。体温はある。けれど──魂が遠い。

「起きて、レオン。ぼくだよ、ユリス。ずっと、ずっと探してた──!」

 その言葉に、彼の瞳が、わずかに揺れた。

 唇が、震える。
 かすかに、声になる。

『……フラン……?』

 ──その瞬間、レオンの目が、まっすぐぼくを射抜いた。

 


 部屋が赤く染まる。警報の音。誰かが、制御を失った。

「急いで!」

 ぼくはレオンの手を取った。彼は、何も言わず、それでも強くぼくの手を握り返してくれた。

 記録室を抜け、廊下を駆ける。

 記憶の檻は、まだ続いている。
 でも、いまは恐くない。

 ──だって、今度は手を離さない。
 ぼくは“ユリス”で、彼は“レオン”で。

 たとえ過去が、どれほど深い闇でも。本当の俺……今の俺、偽りじゃない、ユリスもフランもどちらも本当の俺だ

 この手を、もう二度と、誰にも引き裂かせたりしない。
    
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