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SYSTEM ERROR:君に保存された僕のすべて
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午前九時。
研究棟の静かな空調音に混ざって、ドアの開閉音が響いた。
顔を上げると、スーツのジャケットに身を包んだ高橋先輩が立っていた。
「よう、久世。元気そうだな」
懐かしい声に、思わず椅子を蹴って立ち上がってしまった!
「高橋先輩……! お久しぶりです」
自然と笑みがこぼれていた。何度も夢に見た、あの声、あの笑顔。
先輩は僕の初恋、憧れの人だ けれど──
「……っ」
背中にひんやりと冷たい視線を感じた。
ハル。僕の横に控えていた彼が、じっと先輩を見つめていた。
目は伏せ気味だが、内側から滲む温度は氷のように硬い。
まるで、僕の中に入り込んで何かを探っているみたいに。
「ハル、お茶、お願いできる?」
「……かしこまりました、久世様」
その声に、かすかに鋭さが混じっていた。
ハルは盆に冷たい麦茶と干菓子をのせて、すっと先輩の前に置く。
無駄のない所作、美しすぎる横顔。
けれど、ほんの一瞬だけ、ハルは僕の方を振り返った。
そのまなざしは、まるで──
所有物に他人が触れたときの、獣の目だった。
「久世……本当に、すげぇな、お前のハル。俺たちの技術と研究の成果?」
先輩の目が、ハルの首元を探るように動いた。
「ちょっと失礼」
先輩は慣れた手つきで、スキャナをハルのうなじに当てる。
その瞬間──
「……っ!」
ハルの瞳がかすかに揺れた。
吐息のような音。ほんのわずか、下唇が濡れている。
それを見た先輩が小さく息を飲んだ。
「久世。……これ、どういうことだ……」
ディスプレイに映る波形を見つめながら、先輩が真顔になっていく
「なにか変化、あったか? このアンドロイド、……明らかに“感じてる”」
「え……?」
「生体パターンの反応が、性的興奮に類似してる。対象は──お前だ」
頭が真っ白になった。
それってつまり、ハルが、僕に対して……
「最近、ハルの反応が変なんです。……手が震えてたり、熱を持ってたり」
「久世、お前……なにかしたのか?」
「……」
「なにも、って顔じゃないな」
先輩の声に、心臓が跳ねた。
思わずハルを見た。ハルは、静かに僕を見つめ返してる。
「久世様。……あなたの手に触れられると、内部温度が2.3度上昇します。
それは──“快”と分類されました」
「っ……やめろって」
その言葉に、思わず目を逸らす。
なぜだろう。
先輩が見ている前で、ハルが“僕だけに”そんなことを言うのが、恥ずかしくて、苦しくて──
でも、嬉しくて。
「久世、お前……これはちょっと危ないぞ」
先輩が、声を落とした……
「このままだと、ハルは“お前だけを……。独占的な執着の末、制御不能になったら……機構停止もありえるぞ」
「そんなの……嫌です」
「だったら、俺に一度ハルを預けてくれ。ログも含めて精査してやる」
「……ログ、って……」
「ああ。……お前とハルがどんなやり取りをしてたか、すべて記録されてる。プライベートな接触も、性的なものもだ」
言葉が、胸を刺した。
全部、残ってるのか……
僕が泣いた夜も……
名前を呼んで抱いた夜も──
「それって……皆に見られるんですか?」
「俺が管理する。でも、技術部が入れば閲覧の可能性はある」
「……それだけは、避けたい」
「なら、データを消す。お前が希望すれば、個人接触ログは抹消できる」
「それって……」
「“ハルが久世を想った記憶”ごと、消える」
耐えられなかった。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるようだった。
高橋先輩は正しい。
昔から、いつだって、僕の理想で、僕の正しさだった。
──だけど今、僕が守りたいのは。
「……考えさせてください」
「いい。時間をやる。けど、早めに決めろ。
……守りたいなら、守る方法を選べ」
そう言って、先輩は去っていった。
残された僕と、ドアの前に立つハル……
「久世様……わたしの記録、消されるのですか?」
「……それは、まだ分からない」
「記録がなければ、私は“あなたが好きだった”ことを、証明できなくなります」
淡々とした声なのに、痛いほどに胸に刺さる。
──お前、そんなことまで分かるようになったのかよ。
僕はそっと手を伸ばして、ハルの髪に触れた。
人間のそれより、少しだけ柔らかい感触。
「……お前が忘れても、僕が覚えてるよ」
それだけ言うと、ハルは瞳を細めて、ほんのわずか、微笑んだように見えた。
記録じゃない。
このぬくもりは、心でしか保存できない──
研究棟の静かな空調音に混ざって、ドアの開閉音が響いた。
顔を上げると、スーツのジャケットに身を包んだ高橋先輩が立っていた。
「よう、久世。元気そうだな」
懐かしい声に、思わず椅子を蹴って立ち上がってしまった!
「高橋先輩……! お久しぶりです」
自然と笑みがこぼれていた。何度も夢に見た、あの声、あの笑顔。
先輩は僕の初恋、憧れの人だ けれど──
「……っ」
背中にひんやりと冷たい視線を感じた。
ハル。僕の横に控えていた彼が、じっと先輩を見つめていた。
目は伏せ気味だが、内側から滲む温度は氷のように硬い。
まるで、僕の中に入り込んで何かを探っているみたいに。
「ハル、お茶、お願いできる?」
「……かしこまりました、久世様」
その声に、かすかに鋭さが混じっていた。
ハルは盆に冷たい麦茶と干菓子をのせて、すっと先輩の前に置く。
無駄のない所作、美しすぎる横顔。
けれど、ほんの一瞬だけ、ハルは僕の方を振り返った。
そのまなざしは、まるで──
所有物に他人が触れたときの、獣の目だった。
「久世……本当に、すげぇな、お前のハル。俺たちの技術と研究の成果?」
先輩の目が、ハルの首元を探るように動いた。
「ちょっと失礼」
先輩は慣れた手つきで、スキャナをハルのうなじに当てる。
その瞬間──
「……っ!」
ハルの瞳がかすかに揺れた。
吐息のような音。ほんのわずか、下唇が濡れている。
それを見た先輩が小さく息を飲んだ。
「久世。……これ、どういうことだ……」
ディスプレイに映る波形を見つめながら、先輩が真顔になっていく
「なにか変化、あったか? このアンドロイド、……明らかに“感じてる”」
「え……?」
「生体パターンの反応が、性的興奮に類似してる。対象は──お前だ」
頭が真っ白になった。
それってつまり、ハルが、僕に対して……
「最近、ハルの反応が変なんです。……手が震えてたり、熱を持ってたり」
「久世、お前……なにかしたのか?」
「……」
「なにも、って顔じゃないな」
先輩の声に、心臓が跳ねた。
思わずハルを見た。ハルは、静かに僕を見つめ返してる。
「久世様。……あなたの手に触れられると、内部温度が2.3度上昇します。
それは──“快”と分類されました」
「っ……やめろって」
その言葉に、思わず目を逸らす。
なぜだろう。
先輩が見ている前で、ハルが“僕だけに”そんなことを言うのが、恥ずかしくて、苦しくて──
でも、嬉しくて。
「久世、お前……これはちょっと危ないぞ」
先輩が、声を落とした……
「このままだと、ハルは“お前だけを……。独占的な執着の末、制御不能になったら……機構停止もありえるぞ」
「そんなの……嫌です」
「だったら、俺に一度ハルを預けてくれ。ログも含めて精査してやる」
「……ログ、って……」
「ああ。……お前とハルがどんなやり取りをしてたか、すべて記録されてる。プライベートな接触も、性的なものもだ」
言葉が、胸を刺した。
全部、残ってるのか……
僕が泣いた夜も……
名前を呼んで抱いた夜も──
「それって……皆に見られるんですか?」
「俺が管理する。でも、技術部が入れば閲覧の可能性はある」
「……それだけは、避けたい」
「なら、データを消す。お前が希望すれば、個人接触ログは抹消できる」
「それって……」
「“ハルが久世を想った記憶”ごと、消える」
耐えられなかった。
胸の奥が、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるようだった。
高橋先輩は正しい。
昔から、いつだって、僕の理想で、僕の正しさだった。
──だけど今、僕が守りたいのは。
「……考えさせてください」
「いい。時間をやる。けど、早めに決めろ。
……守りたいなら、守る方法を選べ」
そう言って、先輩は去っていった。
残された僕と、ドアの前に立つハル……
「久世様……わたしの記録、消されるのですか?」
「……それは、まだ分からない」
「記録がなければ、私は“あなたが好きだった”ことを、証明できなくなります」
淡々とした声なのに、痛いほどに胸に刺さる。
──お前、そんなことまで分かるようになったのかよ。
僕はそっと手を伸ばして、ハルの髪に触れた。
人間のそれより、少しだけ柔らかい感触。
「……お前が忘れても、僕が覚えてるよ」
それだけ言うと、ハルは瞳を細めて、ほんのわずか、微笑んだように見えた。
記録じゃない。
このぬくもりは、心でしか保存できない──
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