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第4章『交わされた禁忌』
18「裁きの光 —堕天の誓い—」
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裁きの広場へ向かうその道すがら、ガブリエルがぽつりと呟いた。
「……これが君の愛だったのか。お前は……ミカエルの光までも、奪ってしまった」
その声には、怒りよりも、痛みが滲んでいた。
その言葉が、鈍い杭のように胸に突き刺さる。けれど俺は、振り返らなかった。答えなど、とうに失っていた。
神の玉座は、どこまでも白く、どこまでも冷たい。
「審きの間」。そこに立つ者は、裁かれる以外の運命を持たない。
その中心に俺はいた。
天上に響く神の声――その響きは、いつも絶対で、そしてどこまでも無慈悲だった。
「ルシファス。おまえの罪は明白だ」
無数の天使たちの視線が、俺を射抜く。石の床に膝をつき、俺はただ、その声を受け入れていた。
その高みから見下ろす天使たちの列に、ミカエルの姿もあった。
彼は、俺を見ていた。まっすぐに。祈りにも似た目で。
「秩序を乱し、神の掟に背き、禁忌の愛を語った。よって、ルシファスには――“堕天”を命ずる」
静寂が広場を覆う。天すら息をひそめたようだった。
だが、俺の胸の奥に広がっていたのは、恐れではなかった。怒りでも悔しさでもない。
ただ、ひとつ。
――あの日、確かに愛していた。今も、変わらず。
それだけだった。
触れた指先、重ねた唇、ふたりきりの夜、交わした約束。
それは神の意に背いたのかもしれない。それでも、俺にとってあれは「救い」だった。
「……ミカエルだけが、俺のすべてだった」
神の剣が、俺の背に降り下ろされる。
その瞬間、白銀の翼が焼かれ、黒く、鈍く、変質していく。
羽根が一枚ずつ剥がれていくたび、俺は少しずつ、天使でなくなっていった。
それでも、ただひとつ。心だけは、ミカエルの名を呼び続けていた。
そのときだった。
「ルシファス……っ! ルシファス!!」
裁きの場を震わせる声が響いた。
ミカエルだった。
列を抜け、俺に駆け寄るその顔には、涙がにじんでいた。
「どうして……どうして君だけが罰を受けるの……!」
天使たちは視線を逸らし、神も何も言わなかった。
誰も答えないということが、何よりの答えだった。
俺は、小さく笑った。寂しさと、ほんのわずかな誇りとともに。
「もういいんだ、ミカエル。君の光が残るなら、それでいい」
「そんな光なら、俺は要らない……!」
君は俺の前に立ち、真っ直ぐ俺を見つめ返してきた。
ああ――あの瞳だ。俺を信じ、愛し、救ってくれたあの目だ。
「ルシファスだけが罪を負うなんて、間違ってる。愛したのは、僕もだ……!」
震える声の奥に、確かな決意があった。
誰にも届かない、ふたりだけの空間がそこにあった。
「ミカエル……それでも、俺は君を守りたかった」
「守られて、君がいなくなるなら、何も残らない!」
君の手が、俺の頬に触れる。その手は、熱くて、少しだけ震えていた。
「君のいない天界なんて、光なんかじゃない……!」
俺は、そっと君の額に自分の額を重ねる。何度も繰り返した仕草。けれどこれが最後になるとわかっていた。
「……この愛が、罪と呼ばれるのなら」
俺は、君の手をそっと握りしめた。
「罰さえも、俺は誇りに変えてみせる」
ミカエルの唇が近づく。触れ合う直前の、吐息の重なりだけで胸が張り裂けそうになる。
「ルシファス……愛してる」
「俺もだ。永遠に――たとえ天に見放されても」
キスは、祈りのように静かで、痛いほど優しかった。
その瞬間、裁きの光が俺を包み込んだ。
焼かれる翼。剥がれ落ちる名。天の記録から、俺という存在が消えていく。
最後に見たのは、泣きじゃくるミカエルの姿だった。
たとえこの身が何に堕ちようと――愛だけは、誰にも奪えない。
それが、俺のすべてだった。
そして今も――君を愛している、それだけは、変わらない。
「……これが君の愛だったのか。お前は……ミカエルの光までも、奪ってしまった」
その声には、怒りよりも、痛みが滲んでいた。
その言葉が、鈍い杭のように胸に突き刺さる。けれど俺は、振り返らなかった。答えなど、とうに失っていた。
神の玉座は、どこまでも白く、どこまでも冷たい。
「審きの間」。そこに立つ者は、裁かれる以外の運命を持たない。
その中心に俺はいた。
天上に響く神の声――その響きは、いつも絶対で、そしてどこまでも無慈悲だった。
「ルシファス。おまえの罪は明白だ」
無数の天使たちの視線が、俺を射抜く。石の床に膝をつき、俺はただ、その声を受け入れていた。
その高みから見下ろす天使たちの列に、ミカエルの姿もあった。
彼は、俺を見ていた。まっすぐに。祈りにも似た目で。
「秩序を乱し、神の掟に背き、禁忌の愛を語った。よって、ルシファスには――“堕天”を命ずる」
静寂が広場を覆う。天すら息をひそめたようだった。
だが、俺の胸の奥に広がっていたのは、恐れではなかった。怒りでも悔しさでもない。
ただ、ひとつ。
――あの日、確かに愛していた。今も、変わらず。
それだけだった。
触れた指先、重ねた唇、ふたりきりの夜、交わした約束。
それは神の意に背いたのかもしれない。それでも、俺にとってあれは「救い」だった。
「……ミカエルだけが、俺のすべてだった」
神の剣が、俺の背に降り下ろされる。
その瞬間、白銀の翼が焼かれ、黒く、鈍く、変質していく。
羽根が一枚ずつ剥がれていくたび、俺は少しずつ、天使でなくなっていった。
それでも、ただひとつ。心だけは、ミカエルの名を呼び続けていた。
そのときだった。
「ルシファス……っ! ルシファス!!」
裁きの場を震わせる声が響いた。
ミカエルだった。
列を抜け、俺に駆け寄るその顔には、涙がにじんでいた。
「どうして……どうして君だけが罰を受けるの……!」
天使たちは視線を逸らし、神も何も言わなかった。
誰も答えないということが、何よりの答えだった。
俺は、小さく笑った。寂しさと、ほんのわずかな誇りとともに。
「もういいんだ、ミカエル。君の光が残るなら、それでいい」
「そんな光なら、俺は要らない……!」
君は俺の前に立ち、真っ直ぐ俺を見つめ返してきた。
ああ――あの瞳だ。俺を信じ、愛し、救ってくれたあの目だ。
「ルシファスだけが罪を負うなんて、間違ってる。愛したのは、僕もだ……!」
震える声の奥に、確かな決意があった。
誰にも届かない、ふたりだけの空間がそこにあった。
「ミカエル……それでも、俺は君を守りたかった」
「守られて、君がいなくなるなら、何も残らない!」
君の手が、俺の頬に触れる。その手は、熱くて、少しだけ震えていた。
「君のいない天界なんて、光なんかじゃない……!」
俺は、そっと君の額に自分の額を重ねる。何度も繰り返した仕草。けれどこれが最後になるとわかっていた。
「……この愛が、罪と呼ばれるのなら」
俺は、君の手をそっと握りしめた。
「罰さえも、俺は誇りに変えてみせる」
ミカエルの唇が近づく。触れ合う直前の、吐息の重なりだけで胸が張り裂けそうになる。
「ルシファス……愛してる」
「俺もだ。永遠に――たとえ天に見放されても」
キスは、祈りのように静かで、痛いほど優しかった。
その瞬間、裁きの光が俺を包み込んだ。
焼かれる翼。剥がれ落ちる名。天の記録から、俺という存在が消えていく。
最後に見たのは、泣きじゃくるミカエルの姿だった。
たとえこの身が何に堕ちようと――愛だけは、誰にも奪えない。
それが、俺のすべてだった。
そして今も――君を愛している、それだけは、変わらない。
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