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第1章『心を焦がす名前のない想い』(少年期)
1「朝の光とざわめき」
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天界の朝は、どこまでも透きとおっている。薄青の空には羽音だけが淡く揺れ、空気の中に溶けていく。
神の庭園の奥にある、小さな書庫。その窓辺は、僕にとって誰にも触れられない秘密の場所。
ここで本を読むと、不思議なくらい気持ちが落ち着いて、この世界が、ほんの少し優しく思えてくるんだ。
穏やかな時間のなか、ページをめくる手がふと止まる。
耳に届いたのは、柔らかく、どこか春の風を思わせる声だった。
「おはよう、ルシファス。……やっぱりここにいたんだ!」
あたたかくて、心の奥まで染みてくるような声色。
朝の光を受けたミカエルの金髪が、風にふわりと揺れている。その姿を見た瞬間、僕は息を呑む。
……何度見ても、この感覚には慣れそうにない。
「おはよう、ミカエル。どうしたの?」
君が花がほころぶような笑顔で僕に近づいてくる。
距離が近すぎて、息の仕方を忘れそうになっちやう。
僕の鼓動が君に聞こえてしまうんじゃないかって……
「ルシファスは、本当に本が好きなんだね。何を読んでたの?」
隣にちょこんと腰を下ろして、君が僕の本に目を向ける。
その眼差しが真っ直ぐすぎて、僕は目を逸らして本を見つめる。
ほんの少し迷ってから、そっと本を差し出した。それは古代の詩だった。天と地が重なり、光と闇が交わって世界が目覚めたという、静かな言葉の連なり。
「へぇ……ちょっと難しそうだけど、きれいな詩だね。光と闇が混ざり合うなんて……なんだか、宿命みたい」
ぽつりとつぶやいた君の横顔から、僕は目が離せなかった。
光を帯びた睫毛がふるえ、肌は朝露みたいに白くて繊細で――
その存在すべてが、現実離れしていて、目が眩む。
――ねぇ、君はきっと知らないんだろうね。僕にとって、君が“運命”みたいな存在になってること。
『天使の微笑みは、祝福のしるし』
でも、君の笑顔はただの祝福なんかじゃない。それは、僕の奥底にしまっていた何かを、優しく引きずり出そうとしてくる。
「ルシファス? どうかした?」
ミカエルが小首を傾げた。
不思議そうに、それでもどこまでも穏やかなまなざしで僕を見つめてくる。
「……ううん。ただ……君の笑顔が、眩しかっただけ」
取り繕う間もなく、胸の奥からこぼれ落ちた言葉。
ミカエルのまつげが一瞬だけふるえて――そのあと、唇がやさしく弧を描く。
「えっ?そんなこと言われたの初めて、僕の笑顔が眩しいなんて……恥ずかしいなぁ。だってルシファスは、“天界一の美貌”って言われてるのに」
その言葉が、自分とはまるで関係のない誰かに向けられたものみたいに聞こえた。そんな称号に、意味なんてない。君がただ笑うだけで、僕の世界は簡単に揺らいでしまうというのに。
その微笑みに触れるたび、胸の奥が熱を帯びて焦げついていく。
どれほど危うい感情か、自分が一番わかっている。
僕たちは、神に創られた存在。
秩序の中に生き、心を乱してはいけない。
“誰かを特別に想ってはいけない”――
それが、この天上界の絶対の掟。
……なのに、君は。
その無垢な笑顔一つで、そんな掟をあっさり壊してしまう。なんの悪意もない、澄んだまなざしで。
「ねぇ、ルシファス? ちゃんと聞いてる……?」
また名前を呼ばれただけで、胸が高鳴る。耳の奥に残るその響きが、ずっと離れない。
もっと聞いていたい。もっと近くにいたい。そんな想いを抱くたび、僕は少しずつ、引き返せない場所へと進んでいる気がする。
それでも。
君の隣にいたいと願ってしまうのは、どうしてなんだろう。
君の笑顔は、僕の心を乱す。
それだけなのに、どうしてこんなにも苦しくて、甘いんだろう。
……これが、僕にとっての最初の“ざわめき”。
神の庭園の奥にある、小さな書庫。その窓辺は、僕にとって誰にも触れられない秘密の場所。
ここで本を読むと、不思議なくらい気持ちが落ち着いて、この世界が、ほんの少し優しく思えてくるんだ。
穏やかな時間のなか、ページをめくる手がふと止まる。
耳に届いたのは、柔らかく、どこか春の風を思わせる声だった。
「おはよう、ルシファス。……やっぱりここにいたんだ!」
あたたかくて、心の奥まで染みてくるような声色。
朝の光を受けたミカエルの金髪が、風にふわりと揺れている。その姿を見た瞬間、僕は息を呑む。
……何度見ても、この感覚には慣れそうにない。
「おはよう、ミカエル。どうしたの?」
君が花がほころぶような笑顔で僕に近づいてくる。
距離が近すぎて、息の仕方を忘れそうになっちやう。
僕の鼓動が君に聞こえてしまうんじゃないかって……
「ルシファスは、本当に本が好きなんだね。何を読んでたの?」
隣にちょこんと腰を下ろして、君が僕の本に目を向ける。
その眼差しが真っ直ぐすぎて、僕は目を逸らして本を見つめる。
ほんの少し迷ってから、そっと本を差し出した。それは古代の詩だった。天と地が重なり、光と闇が交わって世界が目覚めたという、静かな言葉の連なり。
「へぇ……ちょっと難しそうだけど、きれいな詩だね。光と闇が混ざり合うなんて……なんだか、宿命みたい」
ぽつりとつぶやいた君の横顔から、僕は目が離せなかった。
光を帯びた睫毛がふるえ、肌は朝露みたいに白くて繊細で――
その存在すべてが、現実離れしていて、目が眩む。
――ねぇ、君はきっと知らないんだろうね。僕にとって、君が“運命”みたいな存在になってること。
『天使の微笑みは、祝福のしるし』
でも、君の笑顔はただの祝福なんかじゃない。それは、僕の奥底にしまっていた何かを、優しく引きずり出そうとしてくる。
「ルシファス? どうかした?」
ミカエルが小首を傾げた。
不思議そうに、それでもどこまでも穏やかなまなざしで僕を見つめてくる。
「……ううん。ただ……君の笑顔が、眩しかっただけ」
取り繕う間もなく、胸の奥からこぼれ落ちた言葉。
ミカエルのまつげが一瞬だけふるえて――そのあと、唇がやさしく弧を描く。
「えっ?そんなこと言われたの初めて、僕の笑顔が眩しいなんて……恥ずかしいなぁ。だってルシファスは、“天界一の美貌”って言われてるのに」
その言葉が、自分とはまるで関係のない誰かに向けられたものみたいに聞こえた。そんな称号に、意味なんてない。君がただ笑うだけで、僕の世界は簡単に揺らいでしまうというのに。
その微笑みに触れるたび、胸の奥が熱を帯びて焦げついていく。
どれほど危うい感情か、自分が一番わかっている。
僕たちは、神に創られた存在。
秩序の中に生き、心を乱してはいけない。
“誰かを特別に想ってはいけない”――
それが、この天上界の絶対の掟。
……なのに、君は。
その無垢な笑顔一つで、そんな掟をあっさり壊してしまう。なんの悪意もない、澄んだまなざしで。
「ねぇ、ルシファス? ちゃんと聞いてる……?」
また名前を呼ばれただけで、胸が高鳴る。耳の奥に残るその響きが、ずっと離れない。
もっと聞いていたい。もっと近くにいたい。そんな想いを抱くたび、僕は少しずつ、引き返せない場所へと進んでいる気がする。
それでも。
君の隣にいたいと願ってしまうのは、どうしてなんだろう。
君の笑顔は、僕の心を乱す。
それだけなのに、どうしてこんなにも苦しくて、甘いんだろう。
……これが、僕にとっての最初の“ざわめき”。
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