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第1章『心を焦がす名前のない想い』(少年期)
2「天使たちの午後」
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天の午後はゆるやかに流れ、
光の風が木々を揺らし、空にはゆったりと雲が流れている。
大きな森の広場に、少年の天使たちが集まっていた。
小天使ベルゼブが焼いたクッキーを囲んで、わいわいと無邪気に笑っている。
「ルシファス、何食べてるの? おいしそうだね」
ミカエルが無邪気な声で近づいてきた。金の髪が陽に透け、長い睫毛の影が頬に落ちている。ルシファスは一瞬、手に持っていたクッキーを見てから、彼の顔を見た
「これ、ベルゼブが焼いたクッキーだよ。ミカエルも食べたい?」
「うん、食べたい! ベルゼブ~、僕にも!」
ミカエルは弾む声でベルゼブに手を振った。
ベルゼブは笑いながらクッキーを差し出す。
「はいはい、君の分もちゃんとあるよ。ほら、ガブリエルの分も」
そうして、ミカエルは隣に腰を下ろした。手にしたクッキーを一口――サク、と可愛らしい音がした。
クッキーを頬張るミカエルの横顔を、僕はまた、目で追っていた。
そんなつもりじゃなかったのに……気づけば、見てしまっている。
「ん~、これ美味しいね。ベルゼブ、すごいね」
そう言って、ミカエルはほころぶように笑った。
小さな指でクッキーを割って、ふわりと膨らむ頬。
リスのように口を動かす仕草が、ただ、愛おしい。
何気ない一瞬のすべてが、僕の胸をきゅうっと締めつける。
(……まただ)
彼が笑うだけで、僕の心はぐらついてしまう。
視線が勝手に君を追いかけてしまう。
「……いつからだろう」
そう――思い出す。
あの日からだ。
君と初めて出会った、あの光の中の午後から。僕はもう、君に囚われていたんだ。
あの日も、今日と同じように穏やかな天界の午後だった。
ぼくら小さな天使たちは、剣を初めて手にし、森の稽古場に集められていた。
みんな、きらきらと目を輝かせ、戸惑いながらも楽しそうだった。
でも――僕は違った。
剣の持ち方もわからず、何度構えても、すぐに崩れてしまう。
手が汗ばんで、指も滑る。
周囲の目が気になって、声もかけられない。一人きりで、ただもがいていた。
そんなとき――
空気がふわっと変わった。
広場の中央で、少年が一人、剣を振るっていた。
金の髪が陽光に透けてきらめき、白くしなやかな腕が剣の軌道に光の弧を描いていた。
その姿はまるで舞のようで、柔らかくも鋭い光が、空間を染めていた。
(……綺麗だ)
気づいたときには、その姿から目を離すことができずに見つめていた。あっ!彼と目が合った……
そして、僕に……笑った。
世界が一瞬だけ止まったような気がしたんだ。
稽古が終わった後、その少年はまっすぐに僕のもとへやってきた。
「君の名前は?」
少しだけ息を呑んで、僕は答えた。
「……ルシファス」
すると、彼はふわりと目を細めて――微笑んだ。
「僕はミカエル。君の黒髪、とても綺麗だね」
僕は、絶句した。
天使たちの髪色は、皆光を含む色をしている。金、白銀、やわらかな栗毛――そのなかで、僕だけが漆黒だった。
影のようなこの髪が、ずっと嫌いだった。みんなと違うことが、怖かった。
でもミカエルは、それを迷いなく「綺麗だ」と言った。
真っ直ぐな眼差しで、何のためらいもなく。
その瞬間――僕の世界が、変わった。黒髪のことも、自分のことも、少しだけ好きになれた気がした。
そして何より。
あのとき、確かに思った。
君のことが、もっと知りたいって
今、隣でクッキーを食べる君は、あの日と変わらぬ笑顔を浮かべている。無防備で、誰にでも優しくて。
……お願いだから、他の誰かにその笑顔をあげないで……なんて思ってしまう自分がいて、胸がギュッーとつかまれたように痛むんだ……変なんだ……
ミカエルの笑顔は、甘いクッキーよりずっと胸に残る。目を逸らすほどに、焼きついて離れない。
――僕はあの日からずっと、君に心を奪われたままなんだ。
光の風が木々を揺らし、空にはゆったりと雲が流れている。
大きな森の広場に、少年の天使たちが集まっていた。
小天使ベルゼブが焼いたクッキーを囲んで、わいわいと無邪気に笑っている。
「ルシファス、何食べてるの? おいしそうだね」
ミカエルが無邪気な声で近づいてきた。金の髪が陽に透け、長い睫毛の影が頬に落ちている。ルシファスは一瞬、手に持っていたクッキーを見てから、彼の顔を見た
「これ、ベルゼブが焼いたクッキーだよ。ミカエルも食べたい?」
「うん、食べたい! ベルゼブ~、僕にも!」
ミカエルは弾む声でベルゼブに手を振った。
ベルゼブは笑いながらクッキーを差し出す。
「はいはい、君の分もちゃんとあるよ。ほら、ガブリエルの分も」
そうして、ミカエルは隣に腰を下ろした。手にしたクッキーを一口――サク、と可愛らしい音がした。
クッキーを頬張るミカエルの横顔を、僕はまた、目で追っていた。
そんなつもりじゃなかったのに……気づけば、見てしまっている。
「ん~、これ美味しいね。ベルゼブ、すごいね」
そう言って、ミカエルはほころぶように笑った。
小さな指でクッキーを割って、ふわりと膨らむ頬。
リスのように口を動かす仕草が、ただ、愛おしい。
何気ない一瞬のすべてが、僕の胸をきゅうっと締めつける。
(……まただ)
彼が笑うだけで、僕の心はぐらついてしまう。
視線が勝手に君を追いかけてしまう。
「……いつからだろう」
そう――思い出す。
あの日からだ。
君と初めて出会った、あの光の中の午後から。僕はもう、君に囚われていたんだ。
あの日も、今日と同じように穏やかな天界の午後だった。
ぼくら小さな天使たちは、剣を初めて手にし、森の稽古場に集められていた。
みんな、きらきらと目を輝かせ、戸惑いながらも楽しそうだった。
でも――僕は違った。
剣の持ち方もわからず、何度構えても、すぐに崩れてしまう。
手が汗ばんで、指も滑る。
周囲の目が気になって、声もかけられない。一人きりで、ただもがいていた。
そんなとき――
空気がふわっと変わった。
広場の中央で、少年が一人、剣を振るっていた。
金の髪が陽光に透けてきらめき、白くしなやかな腕が剣の軌道に光の弧を描いていた。
その姿はまるで舞のようで、柔らかくも鋭い光が、空間を染めていた。
(……綺麗だ)
気づいたときには、その姿から目を離すことができずに見つめていた。あっ!彼と目が合った……
そして、僕に……笑った。
世界が一瞬だけ止まったような気がしたんだ。
稽古が終わった後、その少年はまっすぐに僕のもとへやってきた。
「君の名前は?」
少しだけ息を呑んで、僕は答えた。
「……ルシファス」
すると、彼はふわりと目を細めて――微笑んだ。
「僕はミカエル。君の黒髪、とても綺麗だね」
僕は、絶句した。
天使たちの髪色は、皆光を含む色をしている。金、白銀、やわらかな栗毛――そのなかで、僕だけが漆黒だった。
影のようなこの髪が、ずっと嫌いだった。みんなと違うことが、怖かった。
でもミカエルは、それを迷いなく「綺麗だ」と言った。
真っ直ぐな眼差しで、何のためらいもなく。
その瞬間――僕の世界が、変わった。黒髪のことも、自分のことも、少しだけ好きになれた気がした。
そして何より。
あのとき、確かに思った。
君のことが、もっと知りたいって
今、隣でクッキーを食べる君は、あの日と変わらぬ笑顔を浮かべている。無防備で、誰にでも優しくて。
……お願いだから、他の誰かにその笑顔をあげないで……なんて思ってしまう自分がいて、胸がギュッーとつかまれたように痛むんだ……変なんだ……
ミカエルの笑顔は、甘いクッキーよりずっと胸に残る。目を逸らすほどに、焼きついて離れない。
――僕はあの日からずっと、君に心を奪われたままなんだ。
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