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第2章『愛という名の罪』(少年期)
6「祈りは届かなくても」
しおりを挟む天界の書庫は、空気さえも取り残されたように、深く静まり返っていた。
厚い石壁に囲まれた広大な空間に、神の理が記された無数の書が厳かに並んでいる。
そのすべてが、まるで僕の存在を見透かしているかのようだ……
踏み込んだその奥で、僕は震える指先で一冊の古書に手を伸ばした。
頁の縁は冷たく、まるで“触れてはならないもの”であるかのように、肌に静かな警告を刻んだ。
《天使アゼル記録:罪と赦しの境界》
金の文字が刻まれた背表紙を見つめるだけで、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
そっと頁を開くと、ぱらりと風もないのに紙がめくれ、心臓を撃ち抜くような一文が目に飛び込んできた。
「愛――それは、天に属する者にとって最も深く、最も破滅的な背信である」
一瞬で、息が止まった。
……やっぱり、これは罪なのか。
ミカエルに向けるこの想い。
その笑顔を思い出すだけで胸が熱くなり、君の声、たったひとつの言葉、ひとつの仕草で、僕の心はかんたんに心を奪われてしまう。
それは、愛だった。
どこまでも優しくて、どうしようもなく、甘くて、切なかった。
けれど、教義は冷たく、静かに僕を裁く。
「天使が他者に心を傾けすぎるとき、その秩序は揺らぐ」
秩序。神への忠誠。天界の安らぎ……すべて、大切なものだった。
でも、それ以上に。
どうしてこんなにも、君が、僕にとって“絶対”になってしまったんだろう。――その存在が、僕を形づくってしまった。
ぱたりと書を閉じた。わずかな音さえも、咎められてるようで…指先が熱く、胸の奥が、ざわざわと痛む。
でも、まぶたを閉じれば浮かんでくるのは、君の笑った顔ばかり。
忘れたいのに、忘れられない。
罪だとわかっているのに、手放せない。
僕は、君を――愛してしまった。
神に背いたのは、僕の魂のほうだったのかもしれない。
神殿の祈りの間に足を踏み入れると、夜の天界はまるで呼吸を止めたかのような静寂に包まれていた、祭壇の灯は揺れ、金の装飾がやわらかに光を反射している。
僕はその中央に膝をつき、そっと手を組んだ。祈る僕の手はかすかに震えている。
胸の奥で滲んで止まらない想いが、祈りの言葉を曇らせていく。
「どうか……この気持ちを、奪ってください……」
囁くような声は、宙に溶けることもなく、胸の内側に戻ってくる。
言葉にした瞬間、心の奥がびりびりと裂けていくのがわかった。
この願いが叶えば、きっと少しは楽になれる。
でも、本当は叶ってほしくなんかないと、もうひとつの僕が泣いていた。
「赦されないなら……せめて……せめて、黙って想わせてください……」
祈りというには、あまりにも個人的で、痛ましい願いだった。
これは懺悔でもなければ、赦しを乞う言葉でもない。
ただ、ひとりの天使が神に捧げた――秘めたる恋文だった。
君の前では言えない言葉。
抱きしめることすら許されない感情。
それでも、どうしようもなく、生まれてしまった。
夜の祈りの間で、静かに涙が頬を伝う。
誰にも気づかれず、誰にも知られないまま、
その涙は石の床に落ち、ゆっくりと染み込み、そして……消えた。
僕は今夜もまた、神に許されぬ恋を、密かに祈り続ける。
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