『蒼い翼の約束』〜天使の恋は罪に堕ちる〜』

るみ乃。

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第3章『天の剣、地の声』(青年期)

11「審判と幽閉」

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 神の庭へと続く白金の階段を、一段ずつ踏みしめながら、俺は黙って歩いていた。
 足音は大気に吸い込まれて消え、代わりに、胸の奥で高鳴る鼓動だけがやけに鮮やかに響いている。

 呼び出しの知らせが届いたのは、昨夜のことだった。
 神印が押された、たった一行の文。

 ――「上層へ。審問に応ずること。」

 理由は明白だった。俺の“想い”だ。
 掟を逸れた心。神に隠しきれなかった感情。
 そして……ミカエルへの、名付けようのない愛。

 神の庭に足を踏み入れると、空気は張り詰めていた。
 純白の柱が並ぶ静謐な空間の中央、浮かぶように据えられた天の座に、三柱の上級天使が並んでいた。

 ラファエル。カマエル。そして長老ウリエル。
 神の意志を代弁する、天界の裁定者たち。

「ルシファス。おまえの内に“逸脱”があると報告を受けている。」

 ウリエルの声は静かで、冷たい鐘のように耳を打った。

 俺は一歩前に出る。

「感情を抱くことは、そんなに罪ですか?
 それを否定されたら、俺たちはただの道具だ。天使という名の、感情を持たない機械じゃないか。」

「その思想こそが問題だ。」

 ラファエルの眼差しが、氷の刃のように突き刺さる。

「おまえは“個”を持とうとしている。愛を語り、意志を持ち始めている。
 それは天の秩序にとって――危険だ。」

「じゃあ訊きます。
 なぜミカエルには、光の剣が与えられた?
 なぜ俺たちは、人間たちの愛を見守る立場にある?
 彼らが誰かを愛することが赦されて、俺たちは駄目だなんて――おかしいと思わないか?」

 張り詰めた沈黙が、庭を支配した。

「……ミカエルか。」

 カマエルが、その名を低く呟く。

「おまえの執着の核だな。」

「違う。あれは“想い”だ。」

 震えるほどの感情が、言葉になって溢れる。

「あいつの笑顔に救われた。あいつの傍にいた日々は、俺の中で、確かな光だった。
 それを“愛”と呼んで、なにが悪い?」

 誰も答えなかった。
 ただ、静寂だけが続いた。

 やがて、ウリエルが口を開く。

「ルシファス。おまえには“謹慎”を命じる。」

「……つまり、幽閉だな。」

「言葉を選べ。おまえの思想が広まれば、天の秩序が崩れる。
 それを防ぐための処置だ。隔離こそが、最大限の寛容だ。」

 目を閉じると、胸の奥にふと、ミカエルの笑顔が浮かんだ。

 まだ、終わらない。
 俺の中に、想いは残っている。
 たとえ罪と呼ばれようと、消せるものじゃない。

 そうして、俺は「白の間」に幽閉された。
 外界の光さえ遮る、真っ白な空間。
 四方を壁に囲まれ、時の流れすら遠く感じる場所だった。

「ここで、静かにしていろ。」

 無機質な声を残し、守護天使は扉を閉める。

 カチリ、と鍵の音が響いた瞬間。
 胸の奥が、音を立てて締めつけられる。

 ――でも。

 俺の中で、ミカエルの姿は今も生きている。
 金色の髪。碧い瞳。
 祈るように微笑むその横顔が、何度も胸の奥を焦がした。

「……負けない。」

 声は小さく、けれど確かだった。

 たとえ神に背いた罪人でも。
 この想いだけは、誰にも奪わせない。

 



 それから幾日か。
 白の間には、静寂だけが満ちていた。

 けれどある日、扉の向こうから小さな気配がした。

「……ルシファス?」

 懐かしい声に顔を上げると、そこにはベルゼブが立っていた。

「これ、持ってきた。天界でもっとも甘い菓子だよ。」

 差し出された袋には、ほんのりと蜜の香る焼き菓子。
 その温もりに、思わず胸がふるえる。

「……どうして、来た?」

 問いかけると、彼はふわりと笑った。

「心配してる天使は、俺だけじゃない。
 あんたの想いは、仲間の中にちゃんと残ってる。」

 その言葉に、堰を切ったように問いがこぼれる。

「ミカエルは……どうしてる?」

 ベルゼブは少しだけ目を伏せ、静かに答えた。

「ガブリエルが常にそばにいる。ミカエルは、天の軍の指揮官になるって噂だ。でもきっと彼も心配しているはずだ」
 胸が、締めつけられた。
 俺の想いは、君にまだ届いてるのか?

「ベルゼブ……ありがとう。外や仲間のことはお前に任した、頼んだぞ。」

 そう言うと、ベルゼブはまっすぐな眼差しで俺を見つめた。

「あなたの想いがある限り、俺たちはきっと“自由”を手に入れられる。
 だから、絶対に……諦めないで。」

 そして彼は、静かに扉を閉じて去っていった。

 

 再び静寂が訪れる。
 でも、さっきまでとは違う。

 胸の奥には、確かな灯がともっている。

 ――ミカエルに、また会える日まで。
 たとえ“愛した罪”で裁かれようと、
 この想いは、誰にも奪えない。

 神に背いたその日から、俺の戦いは始まったのだから――。
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