『蒼い翼の約束』〜天使の恋は罪に堕ちる〜』

るみ乃。

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第3章『天の剣、地の声』(青年期)

12「君がその剣を握るなら」

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 月の光が、静かに神の庭を満たしていた。
 あの日々と同じ、懐かしい風が頬を撫でていく。
 でも、俺の胸にあるのは、懐かしさじゃない。
 それは、息が詰まるほどに張りつめた痛みだった。

 来るとわかっていた。
 わかっていたのに、願わずにはいられなかった――「来ないでくれ」と。

 足音が、神の静寂を裂く。
 振り返るまでもない。その気配だけで胸が締めつけられる。

「……来たんだな」

 俺の声は、静かに夜を揺らした。
 振り返れば、そこにいたのは――ミカエル。
 青い瞳が揺れている。
 まっすぐに俺を見つめながら、右手には、神より授けられた剣。
 俺を拘束するために、命じられた剣。

「ルシファス。このままでは、僕は神の命令で君を拘束することになるだろう」

 その言葉に込められた冷たさと、壊れそうな苦悩。
 剣を握る指が、小さく震えている。
 それがすべてを語っていた。――君の心は、まだ俺にある。

「……ミカエル。来るのは、お前だと……わかってたよ」

 隠そうとした痛みを飲み込み、微笑んで見せる。
  それを見て、君は眉をひそめた。
  昔のまま、感情を隠せず揺れるその表情が、切なく愛おしい。

「ルシファス、君の思想は容認できない。私たちは秩序を乱す者を、許すわけにはいかないんだ、でも僕は君と剣を交えたくないんだ」

 その声には、明確な矛盾があった。
 正義と愛。使命と願い。
 神の使いである彼は、その板挟みの中で必死に立っている。

「……君は、俺を止めにきたのか?」

 俺はゆっくりと歩み寄り、距離を縮める。
  近づくほど、君の表情の小さな震えや迷いが鮮明に見えた。

「なあ、ミカエル。なぜ君なんだ? どうして俺を止めるのが、君なんだ?」

 この問いは、何度も胸にしまい込んできた想いの断片。
  今はもう、押し込められなかった。

「……わからない。でも、私は、天界の正義であり、守護者なのだから」

 震える声の奥に、迷いも痛みも、そして俺への想いもあった。
  君の視線が、ほんの一瞬、俺の顔を離れ、胸元を見た気がした。
  
「……もう、戻れないんだ」

 小さく呟かれたその言葉は、剣よりも鋭く、俺の心を裂いた。
 
「君に……俺の声は、届いているのか?」
  
 静かに尋ねると、まつげがわずかに震えた。
  答えはない。
  
 ただ、君の手の中で剣がかすかに揺れた。
 その揺らぎがすべてを物語っていた。
  君は迷っている。俺に触れた日々を、神の命令の前に切り捨てきれずにもがいている。
  その姿が、尊く、切なく、愛おしくて、胸が締めつけられた。


「ミカエル……たとえ、お前が俺を斬るとしても――俺は、ずっと……お前を想い続ける」
 
 風が天の庭を吹き抜け、君の金の髪をそっと揺らした。
  俺の言葉は風に乗り、君の胸に届くだろうか。
 
 君は剣を握ったまま、沈黙を守る。
 
 だから俺は――この痛みさえ、愛おしく感じた。
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