『蒼い翼の約束』〜天使の恋は罪に堕ちる〜』

るみ乃。

文字の大きさ
12 / 26
第3章『天の剣、地の声』(青年期)

10「反逆の兆し」

しおりを挟む
 天界の空は今日も、どこまでも透き通っていた。
  けれど、その美しさがかえって、俺の胸をひりつかせる。
 
 神殿の外れにある静かな広場。
  ここでは今、数人の天使たちが羽を伏せ、声を潜めて集まっている。
  皆、顔には不安の色を浮かべながらも、互いに近づき、同じひとつの疑問を胸に抱えていた。


「……感情は、悪じゃない」

 俺の声が空気を震わせる。
 その瞬間、場の空気がぴんと張り詰めた。

「神の秩序のもと、俺たちは守られてきた。それは確かに、事実だ。
 でも……それだけで、本当に俺たちは“生きている”と言えるの?」

 言葉は慎重に選んだつもりだった。けれど、胸の奥からあふれる想いは、もう抑えられなかった。

「誰かを想う気持ち。
 優しさ、憧れ、恋しさや痛み……。
 それを否定されるために、俺たちは生まれてきたのか?」

 沈黙の中、ぽつりと、ベルゼブが口を開いた。

「…僕の手作りのお菓子、また食べたいって言われたとき、嬉しかった。胸が熱くなったんだ。
 あれって、“暴食”なんかじゃないよね。誰かと“美味しい”を分かち合いたかっただけなのに」

 彼の声は震えていた。
 ふるえる羽が、その想いの深さを物語っていた。

「……そうだな」

 俺はそっと目を閉じる。
 胸の奥に浮かぶ、君の姿。

 ミカエル。

 凛とした佇まい、まっすぐな瞳、ふとした笑みに僕の世界は揺れる。
  彼の存在だけで、胸が熱くなる。
  それが、どうして罪だなんて言えるんだろう。

「でも……神は、それを許さない」

 重く低い声を落としたのは、アゼルだった。

「最近、書庫の一部が封印された。“個”を尊ぶ思想や、かつて愛を語った天使の記録が、静かに――消されはじめてる。まるで、それらが最初から“なかったこと”みたいに」

 僕は息を呑んだ。
 それは情報の抹消なんかじゃない。
 感情を、生きた証を、存在そのものを“否定”する行為だ。

「……記録が消えても、僕たちの心まで消せるわけじゃない」

 想わず、そう呟いていた。

 ミカエルと過ごした時間。ふと触れた手のぬくもり。名前を呼ばれたときの声。
  その一つひとつが、俺の中で確かに息づいている。
 
「“愛してはいけない”なんて……誰が決めた?」

 答えはわかってる。
 神だ。神の定めた法と秩序。
 だけど――それが本当に、“正しさ”なんだろうか。

「俺はもう……戻れない」

 あの空虚で冷たい秩序のなかで、何も感じないふりをして生きることなんてできない。
  誰かを想うこと。
  その人の幸せを願い、自分の心が揺れること。
  それは、こんなにも温かく、こんなにも切ない。

「……ミカエルを想うたびに、胸が苦しくなる。
 なのに、それが幸福で、涙が出そうになる。
 この気持ちが“罪”だというなら、僕は――その罪を、喜んで選ぶよ」

 俺の声は、もう震えていなかった。
 それは“迷い”ではなく、“誇り”だった。

 しんとした空気のなかで、ベルゼブが小さく微笑んだ。

「……なんかさ、それって、すっごく、きれいだね」

 俺は彼に、ほんの少しだけ笑い返した。

 静かに、でも確かに――風が、吹きはじめていた。

 感情を持つこと。誰かを想うこと。
 それを“誇り”に変えようとする、まだ小さな“反逆”の芽。

 それはまだ、かすかなさざ波にすぎない。
 けれど、きっと。
 それはいつか、空を揺るがす大きな“波”になる。
 俺は、信じている。

 天の光に背を向けてもいい。
 俺は、俺の心を守る。

 たとえこの想いが、どんな結末をもたらしても。
 俺は――愛する者のために、立ち上がる。

 ミカエル。
 君を想う、この気持ちだけは――誰にも、何にも、奪わせない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

闇に咲く花~王を愛した少年~

めぐみ
BL
―暗闇に咲き誇る花となり、その美しき毒で若き王を  虜にするのだ-   国を揺るがす恐ろしき陰謀の幕が今、あがろうとしている。 都漢陽の色町には大見世、小見世、様々な遊廓がひしめいている。 その中で中規模どころの見世翠月楼は客筋もよく美女揃いで知られて いるが、実は彼女たちは、どこまでも女にしか見えない男である。  しかし、翠月楼が男娼を置いているというのはあくまでも噂にすぎず、男色趣味のある貴族や豪商が衆道を隠すためには良い隠れ蓑であり恰好の遊び場所となっている。  翠月楼の女将秘蔵っ子翠玉もまた美少女にしか見えない美少年だ。  ある夜、翠月楼の二階の奥まった室で、翠玉は初めて客を迎えた。  翠月を水揚げするために訪れたとばかり思いきや、彼は翠玉に恐ろしい企みを持ちかける-。  はるかな朝鮮王朝時代の韓国を舞台にくりひげられる少年の純愛物語。

今日は少し、遠回りして帰ろう【完】

新羽梅衣
BL
「どうしようもない」 そんな言葉がお似合いの、この感情。 捨ててしまいたいと何度も思って、 結局それができずに、 大事にだいじにしまいこんでいる。 だからどうかせめて、バレないで。 君さえも、気づかないでいてほしい。 ・ ・ 真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。 愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜

中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」 大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。 しかも、現役大学生である。 「え、あの子で大丈夫なんか……?」 幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。 ――誰もが気づかないうちに。 専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。 「命に代えても、お守りします」 そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。 そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める―― 「僕、舐められるの得意やねん」 敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。 その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。 それは忠誠か、それとも―― そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。 「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」 最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。 極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。 これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...